#108 《三人の狩人》
まず、少し更新が滞っていてしまい申し訳ありませんでした。
そして、4/15に第2巻が無事発売しました。これも皆様の応援のおかげです。これからもよろしくお願いしますー!
2巻は、大きく加筆したシーンもありますので是非読んでみて欲しいです。
今後とも、よろしくお願いします!
山岳都市が、傾いた日に照らされ始めていた。
日の光が届かなくなり、イナリ山の雰囲気は激変する。
山の主である玉藻前が不在にしているせいか、魔物や魔獣の気配は少ない。とは言え、夜の山や森特有の不気味とも感じ取れる空気に、冒険者や狩人はイナリ山の探索を一旦切り上げる。
広く巨大な山。初めから、一日で探索出来る場所ではないことくらい、イナリ山を探索に訪れた冒険者や狩人は分かりきっていた。いや、この巨大な山を一目見れば、誰もが容易にそう判断するだろう。
「兄さん、イナリ社って本当にあるんです……よね?」
「…………」
妹のフィリスは兄に問いかける。日の陰になりつつある、さっきまで歩き回っていたイナリ山を背中越しに眺めながら。
それらしい存在の影も形も見つからなかった。気配すらもなければ、とても危険指定レベル18の妖獣が住んでいた場所とは思えない――――ただの巨大な山にしか見えなかった。
まだまだ山の探索を始めたばかり。イナリ山をどれだけ調べたなどと言えた物でもない。
しかし、イナリ社が存在するのなら、見つけられなくとも"何か"は感じ取れると思っていた。にもかかわらず、今日一日探索したのは正真正銘、ただの大きな山だった。
――予想していた所と違う。それがフィリスの率直な感想だ。
「確実にある筈だ。実際に目撃情報もあるし、なによりイナリ社と妖獣は有名だ」
「目撃情報……ですか?」
大通りを歩きながら、フィリスは再び背後に聳える山を振り返った。
「あぁ。何が切っ掛けかは知らんが、イナリ山を探索していたら……目の前の景色が突然変わっちまうって話だ」
「景色……ですか?」
「ある狩人の話だよ。イナリ社を探して、山をひたすら荒らし回ったらしい。で、夜の山で突然景色が変わったかと思うと……目の前にいたんだとよ……」
「な、何がいたんですか?」
暗くなりつつある通りで、兄はゆっくりと話す。
そんな兄の脅かすような雰囲気に、後ろを歩いていたフィリスは少しの悪寒に襲われた。
自然と動かす足が速くなり、兄の横に並ぶ。
そして――ゴクリと喉を鳴らし、兄の言葉の続きを待った。
「おびただしい数の死霊系統の魔物。そしてソイツらを従えてる妖獣――玉藻前だよ」
「――ッ!」
『おびただしい数の死霊』それを聞いて、フィリスは露骨に嫌な顔を浮かべた。
一体や二体ならまだしも、おびただしい数とは……あまり想像したい物ではなかった。
「そ、それで……その人はどうなったんですか?」
「なんとか、無事だったらしいぜ」
ホッ――と小さな胸を撫で下ろす。
「必死に命乞いしたんだとよ。武器を捨て、土下座して、必死に懇願したってな。すると、目の前の景色はまた……突然変わっていたらしい。ただの山の景色によ」
昔の話だ、と付け加える兄。
今となっては、立ち入りの制限まではされていないものの、イナリ山を過度に荒らす行為は冒険者組合によって禁止されている。
冒険者組合の規則に縛られない狩人である彼等は、それに従う義務は無い。とは言え、冒険者組合を敵に回すことは避けるべきである。それが、彼等だけではなく一部を除く全ての狩人の共通認識だ。
「とにかく、山の探索はまた明日だ。今日はこのまま情報収集だな」
「はい、兄さんっ」
二人は、大通りに数多く存在する宿酒場。その一つである『蓮華亭』へと足を向けた。
◇◇◇
酒場である蓮華亭の一階は、多くの冒険者と狩人で賑わっていた。
いつも通り目立たぬ席に座り、雑音にも似た会話から可能な限り話を盗み聴く二人だが、聴こえてくる会話にはこれと言って興味を引く物は存在しなかった。
どうやら、皆も自分たちと似たような結果だったらしい。
イナリ山を探索していた冒険者と狩人は皆、「イナリ社の影も形も見つからなかった」と、表現の仕方は違えど、そんなことを話している。
「兄さん、これってもしかして……」
多くの冒険者と狩人がイナリ社を探した結果……誰も発見することが出来なかった。その状況に、フィリスは一つの可能性に思い至る。
「あぁ。玉藻前……もしかしたら、戻って来てるのかも知れねーな」
問い掛けた先の兄が、軽く頷いて見せた。
昨日から念入りに冒険者達の会話も盗み聴いてはいるが、玉藻前が戻って来ているという情報は無かった。
しかし、これだけ集まった狩人や冒険者達の誰一人としてイナリ社を見つけた者はいない。その気配すらも察知出来ていないのは、強力な妖術が働いているとしか考えられない。
つまりは、このイナリに……危険指定レベル18の妖獣――玉藻前が帰って来ているということではないだろうか。
十分に考えられる可能性だった。
「兄さん、どうしますか? 明日も山の探索は行うのですか?」
「勿論だ。まだ玉藻前が戻ってきたと確定した訳じゃねーしな。もし他の狩人に先を越されたら、ここまで来た意味がねーしな」
「……わかりました」
イナリ社の宝。
危険な妖獣が守護する社に隠された宝がいったいどれ程の物なのか、多くの冒険者や狩人が興味を持っている。
特に狩人である彼等にとっては、『宝』と呼ばれる物なら是が非でも手に入れたいのだ。
「よし、じゃぁ今日はさっさと宿に戻って休むとするか。情報収集はここまでだな!」
ひとまず、ここでこれ以上得られる情報は無いだろうと、兄が立ち上がる。
フィリスも、賛成と言わんばかりに続いて立ち上がるが――
「おや? おやおや? これはガレスにフィリスちゃんじゃないかい?」
二人の名を呼ぶ声に、動かそうとした足は止まる。
「……チッ」
近付いてくる女性の顔を確認して、兄のガレスが嫌悪感を露にする。舌打ちは、女性にまで聞こえているだろう。
「ちょっと、そんな露骨に嫌がらないでよぉ。同じ狩人同士でしょ?」
そんな兄の拒絶だったが、女性には一切の効果もない。短めに切り揃えられた茶髪を指先で弄びながら、二人の下へと歩み寄ってきた。
「ハッ! 冒険者組合から『要注意指定』されてるお前らと一緒にすんじゃねーよ」
「えぇ!? 酷い! それでも同じ狩人でしょ? 仲良くしようよぉ」
可愛いらしい顔を表情豊かに変化させる女性。
感情豊かな表情ではあるが、どこかわざとらしい印象がある。その表情程に、彼女の真意は読み取れない。
「勘弁してくれよ。誰が好きで、冒険者組合に喧嘩売るような奴等と仲良くするかよ。さっさと失せろ」
「まぁまぁ、そう言わないでよぉ。ねぇ? フィリスちゃん?」
「――え? えっと」
突然振られてしまい、フィリスは視線で兄に助けを求める。
「チッ。で? なんだよ? お前らのギルドに入れってんなら、答はノーだ! 分かったならとっとと帰れ」
「違う違う! 私達のギルドにも入って欲しいけど、今回はそういうのじゃないから」
大袈裟に両手を振りながら、女性は更に言葉を続ける。
「ここにいるってことは、君達二人の目的もやっぱり……イナリ社なんでしょ?」
「だったらどうだってんだ?」
兄の言葉に、女性は軽く笑う。――やっぱりね。と言った具合に。
「まぁ私もなんだけどぉ――情報は共有しておいた方がお互いのためだと思ってさぁ。もしかしたら……玉藻前、戻って来てるかも知れないでしょ?」
兄とフィリスは互いに顔を見合わせる。
今日一日イナリ山を探索して、更に周囲の状況にも気を配っている者なら、その可能性を考えるだろう。
彼女も、自分たちと同じように情報を収集しているということだ。
「たしかに情報共有は大切だが、俺達はお前らと馴れ合うつもりはねぇ。それに、俺達はお前に渡せるような情報を持ってねーよ」
「そうなの? じゃぁ私が持ってるとびっきりの情報、先に渡してあげようか? 勿論、だから私達のギルドに入れって訳でもないし、一緒にイナリ山を探索しようって訳でもないよ?
あくまで情報の共有だけだよ」
「…………」
兄とフィリスはまた、顔を見合わせる。
――明らかに怪しい。
こちらは渡せる情報を持っていないと言っているにもかかわらず、一方的に何らかの情報を渡すと言っている。
もともと信頼などしていないが、更に怪しさが増してしまう。
しかし――
「聞くだけなら、聞いてもいいんじゃないですか?」
「ま、そりゃそーだな」
いくら怪しいと言っても、聞くだけなら無料である。
どんな情報かは分からないが、その情報を信じるか信じないかを決めるのも、結局は自分たちだ。ならば、ここで彼女からの提案を断る理由などなかった。
「やった! 決まりだね。ちょっとちょっと」
そんな二人の返答を聞いて、チョイチョイと二人に顔をコチラに寄せるように合図してくる。
そして女性は、蓮華亭の酒場にいる冒険者や狩人達に視線を向けながら、小さめに話し出した。
「ねぇ、君達二人は最近、"超"級冒険者を見た?」
そんなことを話す。
フィリスは首を傾げる。ここ数日の記憶を探る。
――そう言えば見ていない。
「思い出してよ。"超"級冒険者どころか"上"級冒険者も、あまり多くは見かけていないんじゃない?」
思い返して見れば、その通りだった。
"超"級冒険者は数があまり多くはない。とは言え、この山岳都市イナリのこの日に一人も見ていないというのは少しおかしな話だ。
そして"上"級冒険者。見ていない訳ではないが、数が明らかに少ない。
イナリ山の探索と、それに関係することばかりに意識を向けていたせいで、上位の冒険者の少なさに二人は疑問を感じなかった。
「どういうことだ?」
兄のガレスは、真剣な表情となる。
「大きな依頼任務が動き出してるって話だよ。その任務に、"絶"級冒険者は勿論、"超"級冒険者と実力のある"上"級冒険者まで集まられてるって話」
「…………」
「つまり今、このイナリには上位の冒険者は存在しないんだよ。多少は無茶したって、"超"級や"絶"級の冒険者に狙われることはない。君達なら、"上"級くらいの冒険者なら相手にしたって何の問題もないでしょ?」
ニヤリと笑って話す。
まるで、イナリ山で暴れても問題ない。と言われているようだった。
「ハッ、馬鹿が。それじゃ冒険者組合を敵に回すことになるだろーが。どっかのイカれた狩人ギルドの馬鹿共みたいによ」
「あらら、残念。でも、知っておいて損はない情報だったでしょ?」
「知ったところで何にも変わらねーよ。ま、一応礼は言っとくぜ」
あからさまに肩を竦めて、兄は歩きだす。
フィリスは女性に軽く頭を下げてから、兄の後を追った。
「じゃーね、フィリスちゃんっ」
そんな女性の声を背中に聞きながら、フィリスは蓮華亭を後にしたのだった。




