#106 三人
追記――作者の都合により、場面転換を『~』から『◇◇◇』に変更しております。過去分も改めて変更させてもらいます。
必死に体を動かした。
無我夢中で玉藻前の体を掴んで引き寄せ……代わりに自分の体を前へと押し出す。
玉藻前が狙われている。理由は分からない……いや、危険指定種だからと言われれば納得するしか無いのかも知れない。
しかし、俺達は姉からの正式な指名依頼を受けて、ここまでやって来た筈。依頼書にはカルディア支部の押印もされているのに、どうしてこんなことになるんだ?
なんて様々な考えが頭の中で入り乱れるも、今の俺に使える武器は自分の体のみだ。
収納から聖剣を取り出したとしても――間に合わない。あまりにも速い音無さんの動きにそう直感して、とにかく体を前へ突き動かすという選択しか取れなかった。
「――ッ!」
ピクリと一瞬、音無さんの眉が動いたように見えたが、振るう刀を止める気は無いらしい。
――邪魔をするなら斬る。
音無さんの瞳は、そう訴えかけているような気がした。
しかし――
「だっ……ダメっ!!」
「――ちょっ」
前に出たが、逆に玉藻前に引っ張られてしまう。そして覆い被さるようにして、刀から俺を庇おうと身体を預けて来た。
刀で斬られることを覚悟したのか、ギュッと力いっぱい瞼を閉じている玉藻前に、押し倒される。
咄嗟に、俺も手を伸ばすが――
「…………」
「…………」
目の前には、乱れながら垂れ下がった銀色の髪と、玉藻前の綺麗な顔。未だギュッと目を瞑っている。
こうして近くで見ると、凄く睫毛が長い。それに……睫毛も綺麗な銀色なんだな。
いや、そんなことよりも――無事だ。玉藻前の首はちゃんと繋がっている。
――な、何がどうなったんだ? 玉藻前の顔と髪で、周りの状況がよく分からない。
「あらまぁ、ホンマに人間を庇うんやなぁ……危険指定レベル18、玉藻前。斬られることも覚悟の上かいな」
横から聞こえてきたのは紅葉さんの声。
「いやぁごめんなぁ。ちょっと確かめたかっただけやねん。やし、お嬢ちゃんもその剣……しまってくれる?」
相変わらずやる気の無さそうな声だ。
そして――
「まず、ソチラが刀を引くべきだと思いますが?」
ルエルの声も聞こえるな。
首を動かして周囲を確認してみた。
音無さんの振るった刀は、玉藻前にまで届いていない。その少し手前で止められている。
前にもこんな状況あったな――と思うが、俺の時とは違って少しばかり余裕を持って止められているようだ。玉藻前の髪一本も斬られていない。
そして、そんな音無さんに向かって……ルエルが氷で造り出した剣を向けていた。
見たところ、音無さんが刀を止めたのはルエルに剣を向けられたから。という訳では無さそうだ。音無さんの速さと刀の位置から察するに、ルエルの剣は間に合っていなかっただろう。
……となると、初めから止めるつもりだった。ということになるが――さっきの音無さんの目は、本気だったように思える。
「失礼しました。危険指定レベル18の妖獣――玉藻前の現状を、どうしても確認する必要がありました。無礼をお詫びします」
スッ――と刀をゆっくりと引いてから一歩下がり、深々と頭を下げた。
「私も謝るわ。お嬢ちゃんが怒るのも無理ないけど、イナリの冒険者組合を預かる身としては、ホンマに玉藻前に危険がないことを確認する必要があったんよ。勘弁な」
「それで、確認は済んだ。ということで良いんですか?」
紅葉さんの言葉に、厳しい口調で答えるルエル。その手には未だに剣が握られている。
「ま、依頼書を処理出来る程度にはな」
やはり『危険指定レベル18』は、並のレベルじゃないということか。
いくら敵意を持たない玉藻前だとしても、簡単に信用することは難しいのだろう。
そう言えば姉も……高森林で玉藻前に刃を突きつけていたな。
それはそうと――
「玉藻前、そろそろ退いてくれ」
さっきから押し倒されたままだ。
そして何故か、俺に覆い被さるような体勢のまま玉藻前は固まっている。だが、ギュッと閉じていた瞳はしっかりと開かれている。今の紅葉さんとの会話は聞こえていた筈だが。
「し、シファよ……」
「どうした?」
恐る恐ると言った感じに口を開く。
なんだ? 少し様子がおかしい。妙に頬が赤いのは、刀を向けられた恐怖心からか?
「お主の手……少し不味い所を掴んでおるのじゃが」
「え――」
そ、そう言えば……妙に柔らかい感触だと思っていた。意識すると、自然と力が入ってしまう。
「――はうっ!」
再び、玉藻前はギュッと目を瞑った。
そして――
「ちょっとシファ……どさくさに紛れて、どこ揉んでんのよ」
「あらぁ、玉藻前もラブコメするんやなぁ」
「…………」
ルエルの冷ややかな視線が突き刺さり、紅葉さんの楽しそうな声が耳に入ってくる。
音無さんは、部屋の隅で相変わらず目を伏せていた。
◇◇◇
「はい。依頼書の処理しといたから、これでこの指名依頼は完了や。ご苦労様」
そしてあっさりと、依頼書は処理された。
相変わらずダラけた雰囲気の紅葉さん。カルディアのコノエ様とはまた違った意味で……考えが読めない人のようだ。
「これで、君らはもう玉藻前を護衛する必要はない訳やけど、このままイナリ山まで送って行くん?」
姉からの指名依頼は、玉藻前を山岳都市イナリまで護衛することだ。イナリ山まで連れていくことまでは含まれていない。
しかし、玉藻前が本当に帰りたいと思っている場所は、イナリ山にあるイナリ社。
「もし君らが望むんやったら、組合の者が引き継いで、玉藻前をイナリ山まで連れていくけど?」
一応、玉藻前には再び姿を消してもらっている。しかし、この会話は聞こえている筈。
俺が呼ばなければ玉藻前は出てこない。どうしたいか訊ねるには、姿を見せてもらう必要がある訳だが――その必要はないか。
玉藻前の答も、俺達の答も決まっている。
「俺達で、玉藻前はイナリ社まで送りますよ」
きっと玉藻前も、俺達が良いと言ってくれるだろう。
「そうか。ほな気をつけてな」
全く驚くこともなく、紅葉さんは軽く肩を竦めて見せた。
――やっぱりな。と言った具合だ。
「はい。依頼書の処理、ありがとうございます」
なんとか終わった。
依頼書の処理をしただけなのに、ドッと疲れた気がする。
寝そべりながら手をヒラヒラと振る紅葉さんに、軽く頭を下げてから、扉の方へと進む。が、部屋の隅に立つ音無さんの前でふと足が止まった。
綺麗な着物姿の音無さん。静かに俯いて佇んでいるが、さっき刀を振るった時のあの目は――本気だった。
もし、玉藻前が俺の体を引き戻さなければ、どうなっていたのか……分からない。
「シファ様……」
静かに、音無さんが口を開いた。
「玉藻前様をイナリ山までお送りするのなら、夜が望ましいと思われます」
「え……」
「現在、イナリには多くの冒険者……そして狩人が立ち入っております。そして、そんな彼等が探索しやすい時間はやはり……日の出ている時間です」
その場で姿勢良く佇み、目を伏せたまま話し出す。何も握られていない両手は、お腹あたりで小さく重ねられている。
「彼等の目的は言うまでもなくイナリ山。我々――冒険者組合は、玉藻前様の討伐依頼を出すことはありませんが……現段階ではまだ、玉藻前様の討伐を禁止することも、御護りすることも出来ませんので、イナリ山へ向かうのなら……夜まで待つのがよろしいかと」
そしてスッ――と、顔を上げた。
「勿論、お決めになるのは貴方様ですが」
「えっと……一応、参考にはさせてもらいます」
「はい。道中、お気をつけて」
再び深く下げられた音無さんの頭を見ながら、俺達は今度こそ支部長室を後にした。
◇◇◇
「それでシファ、結局イナリ山にはいつ行くのよ。音無さんはああ言ってたけど……」
イナリ支部を出た途端、ルエルが問い掛けてきた。
どうやらルエルは、音無さんと紅葉さんのことが少し気に入らないらしい。というより信用していない。と言った感じだ。
さっきのことを根に持っているな。
「もしかしたら、また何か試すようなことを考えているのかも知れないわよ?」
試すようなこと……か。
仮に試されていたとしても、玉藻前を無事にイナリ社まで送り届けたいという気持ちは変わらない。
「とは言っても、音無さんの言うとおり……夜の方が冒険者も狩人も少ないんだろ?」
「それはそうでしょうけど……」
だったら、無事にイナリ社にまで帰ったもらうためにも、少しでも人の少ない時間帯を狙う方が良いだろう。
玉藻前が言うには、玉藻前がイナリに入ってさえしまえば、社が見つけられる可能性は更に低くなるらしい。
あの時――初めて玉藻前と会った時にやられた妖術。収納魔法陣を見えなくされたのと似た力という話だ。
となれば、今すぐ向かう必要もない。
「シファは、今日初めて会ったあの人のことを信用しているのね。あんなことされたのに」
「悪い人ではないと思うけどな」
かなり機嫌の悪いルエル。どうやら気付いていないようだ。
「音無さん、イナリの下門前で会った時、俺達になんて言ってた?」
「え? ようこそお越しくださいました――みたいなことを言ってたわ」
「違う違う。もっと後。口調が変わって怖かった時」
「――?」
眉間に皺を寄せて首を傾げるルエルの顔が面白い。
「『三人共』。玉藻前のことを含めて、そう言ってた」
少なくとも、玉藻前を俺達と同じように数えてくれていた。
『所詮は魔物』。そう言っていた上級冒険者もいたし、狩人にとっては強力な妖獣で、討伐すれば高価な部位が手に入る存在だ。
「……そ。シファがそう言うのなら、私は構わないわ」
少しだけ考える素振りを見せたが、ルエルは小さく息を吐いてから歩き出した。
今夜。イナリ山に向かおう。
そう決めて、俺達は宿を探すことにした。




