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#105 鈴の音

 

「うわ……」


 無意識に口から出たのは、間の抜けた声だった。


 鳳凰の聖火で焼かれたと聞いていたイナリの街だが、少なくとも俺の視界に飛び込んで来た景色は……とても綺麗で、心地良さすらも感じさせる物だ。


 カルディアの街とは少し違って、背の高い建物や家屋は見た限りでは多くない。あちこちにある大きな木々の、その緑豊かな景観を損なわないようにした結果だろうか。


 それよりも、まるで狙ってそうしたかのような……この下通りの脇に並んで立っている桃色の木が凄いな。どうしてもソチラの方に視線がいってしまう。


「る、ルエル……あの桃色の木はなんだ?」


「ちょ、ちょっと待ってね」


 あれ? もしかしてルエルも知らないのかな。


 いつもならすぐに答えてくれるのに――なんて思っていたら、ルエルはモゾモゾと、どこからか冊子のような物を取り出した。


「『桜』という名前の木らしいわ。イナリの名物のひとつ。と、これに書かれているわ」


『イナリ攻略本』そう記された冊子を得意気に見せてくる。


 コイツ……蓮華亭で何か買っていたのは知ってたけど、まさかこれだったとは。


「おい。俺達は観光に来たわけじゃないぞ。これは指名依頼なんだからな? それもロゼ姉の。わかってんのか?」


「わ、分かってるけど! 依頼が終わったら、ちょっとは街を見て回っても良いんじゃない?」


「……ま、まぁ。それはそうだけど」


 正直、イナリの街を見て回りたい気持ちは俺も同じだ。その『桜』という木も、向こうにある――背は低いがやたらと太い木。遠くに見える、五つの屋根が重なっている木造の塔も本当はもっと近くで見てみたい。


 でも、今は姉からの指名依頼の途中。これを先に終わらすべき。そう、思った瞬間――


 ――チリン。


 という音が、背後から聞こえた。


「失礼します」


 そして、そう声をかけられた。


 女性の声。丁寧な口調だが、少しだけ違和感のある話しかた。


 振り向いてみると、着物姿の女性がお辞儀をしながら立っていた。


「イナリへよくぞお越しくださいました。シファ・()()()()()様。そして、ルエル・イクシード様」


 サラリとした黒髪がよく似合う、綺麗な女性。

 ――チリン。という音は、彼女の腰に飾り付けられた鈴から鳴っているようだ。


 名乗ってもいない名前。それもフルネームで呼ばれたことで、少しだけ身構えてしまう。


「申しおくれました。わたし、冒険者組合イナリ支部の組合員――音無(おとね)と言います」


 そう言いながら、再び丁寧にお辞儀をしてくれた。

 冒険者組合員――と言われても、俺の知ってる組合員の装いとは少し違っているように見える。

 カルディアの支部とイナリの支部で、制服が違うということだろうか。

 と、ルエルの方を窺ってみるも、俺とよく似た反応をしている。


「支部長に、お二人を連れてくるように仰せつかっております。イナリ支部までご案内致します」


「いや、いきなりそんなこと言われても」


 今すぐは少し不味い。玉藻前も一緒にいる状態だ。

 冒険者組合の判が押された今回の依頼書を持ってはいるものの、万が一……他の冒険者に玉藻前の存在を気付かれでもしたら少しややこしいことになりそうだ。


「心配する必要はありません。悪いようには致しませんので」


 ニコリと上品な笑みを浮かべながら、またしても丁寧なお辞儀をする音無さん。


「すいません。ちょっと今は行けません」


 それに、知らない女の人にはついて行くなって、いつか姉に言われた気がするし。


「心中御察ししますが、支部長からの指示ですので――」


「はい。後で行きますので――」


「いえ、今でなければ駄目なのです」


「すいませんが――」



「もうええて! 分かってるから! 君ら冒険者やろ!? 支部長の指示や言うてるやん! 黙ってついて来ーや! ()()()や!」



「「――え」」


 途端に声を荒げる音無さん。

 急変した彼女の雰囲気と、妙に怖い話し方にギョッとする。それに――()()()。そう言った。


 玉藻前に気付いているのか。


◇◇◇


 下通りを真っ直ぐ進み、大通りに出たところで冒険者組合が目に入ってきた。

 場所は、街のど真ん中と言ったところだろうか。


「先程は失礼しました。お見苦しいところを見せてしまいましたね」


「い、いえ」


 ほんと、さっきのは一体なんだったんだよ。と言いたくなるくらい上品に笑って見せる音無さん。


 そして、俺達は音無さんに案内されて冒険者組合へと足を踏み入れた。

 中はカルディアの支部とよく似た雰囲気だが……。


「今はまだ、依頼書の発行をおこなっておりません。ですが、討伐の報酬はお渡ししております。討伐証明部位をもしお持ちなら対応致しますので、気軽にお声掛け下さい」


 言われてみれば、イナリが開放されたのはついさっきだし、冒険者が少ないのは当たり前のことだ。依頼書の発行もしていないという話なら、ここにやって来ている冒険者達は情報交換が目的といった所だろう。

 玉藻前に気付かれることは無さそうだ。


「コチラです」


 案内されて、組合二階奥の扉の前へ。

 扉をノックしてから、音無さんが扉を押し開ける。

 引き連れられる形で俺達も足を踏み入れた。


 ――支部長室だ。

 入ってみてまず感じたのは、独特な香り。不快ではなく、寧ろ気分を落ち着かせてくれるような……良い香りだ。

 音無さんは、部屋に入るなり一歩下がり隅の方へと移動する。自分の役目は終わったと言わんばかりに、目を伏せた。


「いらっしゃい、よー来たね」


 そんな俺達に声をかけてきたのは――


「私がイナリの支部長、紅葉(もみじ)です。まぁ座りーや」


 大きな長椅子に寝そべるようにして座っている、そう名乗る女性だった。


 音無さんとよく似た着物を纏った女性。

 朱色の長い髪がダラリと椅子に広がっている。カルディアのコノエ様とは違って……普通に大人の女性だ。そして、やたらとダラけた雰囲気。


 促されるまま、椅子に腰を落ち着ける。


「話は聞いてるで。指名依頼やんな? 危険指定レベル18の妖獣、玉藻前の護衛やろ? ソコにおるな? 隠れんでもええよ」


 思わずルエルと顔を見合わせる。

 コノエ様から伝わったのか、はたまた姉からなのかは分からないが、今回の依頼について事前に話が伝わっていたようだ。

 しかし、言われるままに玉藻前の姿を晒しても良いのだろうか。


「そんな怯えんでもいいやん。確かに玉藻前は危険指定レベル18やけど、敵意の少ない妖獣なんは知ってるし。せやから、組合から討伐依頼は出たこと無いんやで?」


 寝そべったまま、支部長の紅葉様は続ける。


「やし姿を見せてくれな、コッチも依頼書の処理……できひんよ?」


「…………」


 俺達をここへ呼んだのは、つまりは俺達を気遣ってのことらしい。

 たしかに呼ばれなければ、俺達は警戒してこの支部に訪れなかったかも知れない。

 その場合は、玉藻前に依頼書に一筆書いてもらってから、再びカルディアの組合で依頼書の処理をしていたことだろう。まぁ、別にそれでも良かったのだが。


 幾らか逡巡したが、それならばとルエルと互いに頷きあってから、玉藻前に姿を現してもらうことに。


「玉藻前――」


 俺がそう言うのと――


「あ、言い忘れてたわ」


 紅葉様が再び口を開いたのはほぼ同時だった。

 そして――ドロン。と、青い炎が空中に出現したかと思えば――


「討伐依頼は出さへんけど、護る義務も無いし、手の届く距離に無防備な状態でおったら――討伐しようとするかもなぁ」


 ダラけたような口調ではあるものの、明確な敵意が込められた言葉が耳に入ってくる。

 その敵意が向けられているのは俺ではない。玉藻前だ。


「待て! 玉藻前――」


 慌ててそう言った時には既に、玉藻前は姿を現していた。そして妖術を解いた直後だからなのか、あまりにも無防備に見えた。

 時間が、ゆっくりと流れるような感覚に襲われる。そんな中、再び聞こえてきた声。


「音無――」


「はい」


 冷たい声に応えたのは、部屋の隅に立っていた音無さんで……彼女のその声もまた、冷たい。


 ――チリン。という音がしたかと思ったら、音無さんは目にも止まらぬ速さで距離を詰めていた。

 体を捻り、力いっぱい振るおうとしている腕の先に握られているのは、『刀』と呼ばれる武器。

 おそらく、俺達が支部長に意識を向けている隙に収納から取り出したのだろう。


 刀の向かう先は玉藻前の首。

 普段なら、すぐに青い炎で防いで見せる玉藻前だが、そうもいかないらしい。

 姿を現した直後が玉藻前の弱点。ということなのだと、俺も初めて理解した。

 この二人は、ソレを知っていた。


 ――騙されたのか? 俺達は。


 そんな思いが頭を過るも、俺に出来ることは――無我夢中で、体を投げ出すことだけだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 予想になっちゃうけど、これ護衛能力のテストで本気じゃないでしょ。 本気なら何も言わずに殺して、後から理由を言えばいいのだし。 先に弱点を教えてあげている時点でいい人だよね。
[一言] 護衛依頼だから、これは未遂とか関係なしでいいだろ。潰そうぜこんな支部。これは許すとかありえない。未遂とかだとしても即退室安定。なんか、ヘイト高いキャラが多いなぁ。話聞く価値もないようなキャラ…
[一言] 裏切られてた場合支部ごと潰せばいいだけだと思う。シファでもそれくらいなら出来るでしょ。 護衛依頼だからね。敵対者が誰であろうと、殺しても文句言われる筋合いは無いし。
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