#101 不運な遭遇
東陸街道――大陸の東方面へと続いている街道のひとつだ。グランゼリアを中心として各大都市間を繋いでいるグランゼ大街道と違って、街道は最低限の整備しかされていないし、王国騎士団による警備も行われていない。
東陸街道は、都市間の移動に使う……と言うよりかは、大陸東側の秘境――“炎帝の渓谷“などに訪れる時に使われる街道。ということらしい。当然、この街道を利用する者は限られてくる。
都市間の移動には、グランゼ大街道を利用するのが普通だ。
そんな東陸街道に足を踏み入れてから、数日が経った。
既に魔物や魔獣とは何度か戦闘になったが、幸いなことにそれほど高レベルな奴との遭遇は無く、今のところ苦労はしていない。
――山岳都市イナリへの旅は、順調そのものだ。
周囲の景色は、既に草原地帯を抜けてゴツゴツとした岩肌が目立つようになっている。
“炎帝の渓谷“に近付いている。ということだろう。
そして再び、街道は北と東へと別れている。
北へ続く街道の先は炎帝の渓谷だ。そちらの方へ目をやってみると、少し進んだ所に小屋があるのが見える。
冒険者組合員の詰所……だろうか。あそこから先は『危険指定区域』、通るのなら組合員の許可が必要ということだ。俺達は通ることが出来ない。
渓谷を通れば、かなりの近道になるんだが……こればっかりは仕方ない。もう少し東から迂回するしかない。
~
岩肌に囲まれた街道。危険指定種も多く生息しているらしいこの街道で、それは突然のことだった。
――ドロン。と、念のために姿を消してもらっていた玉藻前が、俺達の目の前に唐突に姿を現した。
「止まれ! 何か来よるぞ」
腰を落とし、前方を警戒している様子。狐耳がピコピコと動き、九つの尾が逆立っている。
一応、周囲の様子を確認してみるが……幸運なことに近くに他の人間の姿はない。
「玉藻前、一応言っておくけど……俺達がお前の護衛なんだからな?」
まるで俺達を護ろうとする立ち位置の玉藻前にそう言いながら、前に出る。
ルエルも、可笑しそうに笑いながら俺に続いてくれた。
「いや、その……済まぬ……つい」
イナリ山の護り神……だもんな。ついつい護ってしまいたくなる。とか?
少し照れ臭そうにしてる姿が、ちょっと可愛いらしくもある。
それはそうと――
前方に視線を向けてみた。
岩肌に囲まれた街道。周囲にはゴツゴツとした岩場に、少しばかりの木が生えたなんともみすぼらしい街道がずっと奥まで続いているだけで……玉藻前の言う“何か“の姿は見えない。
しかし、玉藻前がわざわざ警告しに出て来てくれたんだから、何もないなんてこともないだろうな。
俺達は足を止めたまま、様子をみることにした。
すると――
「――――」
前方から、何かが聴こえてくる。
「――――――」
次第に大きく、鮮明になり、聴こえていた物が咆哮なのだと気付いた時に、姿を現した。
「翼竜?」
「……そうみたいね」
間違いなく翼竜だ。前方から翼竜がコチラに向かって来ている。危険指定レベルは7。危険指定種ではあるが……俺とルエルにとっては正直、今更感がある。
しかし、その翼竜に追われる形で、二人の人間が走っていることに気付いた。
「玉藻前、一応姿は隠しておいてくれ」
「うむ。しかし、何かあれば我も手伝うからな」
再び玉藻前は姿を隠した。
「どういう状況だ? コレ」
「さぁ? でも、あの翼竜……少し様子が変よ」
前方から近付いてくる翼竜に目を凝らす。
なんだ? 翼竜の目がおかしい。充血していて、まるで正気じゃないような……そんな感じ。歪な牙が立ち並んだ口内を晒して、なりふり構わず目の前の二人に食らい付こうとしている。
率直な感想が――これまで見てきたどの翼竜よりも、狂暴そう。といったところだ。
そして――そんな翼竜に追いかけられているうちの一人と、目が合った。
「チッ! おいフィリス! 前に人がいやがる。しょうがねぇ、この翼竜……ここで仕止めんぞ!」
「はい兄さん。ここなら楽に討伐可能です」
見た限りでは、全力で翼竜から逃げているような構図だが……意外にも余裕がありそうな会話が聞こえてくる。
二人はその場で急停止して……意識を集中するような素振りを見せた。どうやら収納魔法を使用するようだ。
前からは翼竜が迫って来てるのに、肝が据わっているなと感心する。
男が取り出したのは槍だ。右手と左手に一本ずつ。
そしてもう片方――小柄な少女が取り出した物を見て、少し驚いた。
少女が収納から取り出した物、巨大な斧。黒と金を基調とした、物々しい装飾の施された斧。
――あんな少女が……あんな斧を振り回すのか。
「いつもので頼むぜ、フィリス」
「はい」
二人は、翼竜へと向かって行った。
~
翼竜は見事に討伐された。
男が二本の槍で翼竜を翻弄し、適度に動きを封じた所に……少女の強烈な一撃が炸裂しての、正に一撃必殺が決まった形だ。
俺とルエルは、そんな様子を見守っていた。
倒れ伏した翼竜が起き上がって来ないことを確信すると、二人が俺達の方へと近付いてくる。
「悪いな、ビビらせちまったか? まぁ安心しろ、見ての通りぶっ倒してやったよ」
男前だ。
赤い髪をオールバックにまとめた、見た目は少しチャラそうな雰囲気の男。左耳には三連のリングピアスが光っている。
「もう兄さん! 初対面の方に失礼ですよ? すみません、兄が……」
可憐な少女……と表現すればいいのか?
男と同じく赤い髪。ふんわりとした髪が、肩の上程度の長さで切り揃えられた少女……歳下に見える。
だが、少女の傍らには巨大な斧がズシリと置かれている。
「あぁ? 別に礼儀を正す必要なんてねえよ……冒険者じゃあるめいし――って、あ?」
っと、そんな会話をしながら、男は俺達の方へと視線を向けた。視線の先は俺でも、ルエルでもなく――空中。いや、強いて言うなら、そこは玉藻前が立っている場所……か? 姿は見えない筈だが……。
「臭ぇな。魔獣の匂いがすんぞ。それもさっきの翼竜が糞雑魚に思える……強力な奴の匂いだ」
男の視線は、周囲を見回している。
玉藻前のほんの僅かな気配を、この男は感じ取っているらしい。
「気のせいじゃないですか? 兄さん。私にはそんな気配感じませんし……見える範囲にはそれらしい魔物や魔獣もいません」
「そうか? んー、いや、コレは流石に気のせいじゃねーと思うんだが」
「悪いけど、私達は先を急いでいるわ。どこの誰だか知らないけど、通してもらえる?」
二人の会話を遮るように、ルエルが一歩前に出る。
そのおかげか、男の意識はルエルへと向けられた。
「――なっ!?」
アングリと大きく口を開けて固まる男。かと思えば――
「お、おいフィリス! ちょっと来い」
「えぇ? 何ですか?」
男は少女を連れて俺達から少し距離を取る。チラチラと、ルエルの方を振り返りながら。
「やべーぞ。とんでもねぇ美女だ、乳もデケェ」
「……キモいですよ、兄さん」
丸聞こえだ。
チラリとルエルの表情を確認してみると、ヒクヒクと頬が痙攣している。一応は笑顔だが、目が笑っていない。多分、怒ってるな。
「コホン。まーなんだ、危なかったな! 先を急いでるってことは……お前らもイナリへ向かってんのか?」
男の口から出てきた『イナリ』という言葉に、思わず反応してしまった。
表情に出てしまったのだろう。男は「やっぱりなっ」と呟いてから更に言葉を続けた。
「今この街道を通ってる奴が行く所と言やぁイナリしかねーだろ。立ち入り制限が解除されるし、イナリ山に住んでた超強力な妖獣も――」
「兄さん!」
気分よく話していた男の言葉を、少女が遮った。そしてその子の視線は俺の首当たりに向けられ、次にルエルの腕へと移動する。
冒険者証だ。俺とルエルの冒険者証を確認したように見える。
「兄さん、先を急いでいるようですし……あまり時間を取るのは良くないです。それにこの人達……冒険者ですよ」
「あ? マジじゃねーか。しかも一本線……“初“級冒険者かよ」
ほんの少しだけ、俺達を見下したような表情。隣の少女も似たような物だ。
そして見た限りでは、この二人は冒険者証を身に付けていないようだが、何処かに隠し持っているのだろうか。
「あぁ。俺達は初級冒険者だが、ソッチは?」
さっきの二人の息ピッタリな連係と個人技は、俺の知る中では“上“級冒険者並の実力に見える。“超“級には遠く及ばないだろうが、“上“級冒険者と言われても納得する。
しかし、男の答えは――
「俺達は冒険者じゃねーよ」
当然のように、そう話す。
冒険者じゃなかったら、なんなんだ? 一般人……ってことか?
「貴方達……狩人ね」
「え、狩人?」
初耳だった。
「えぇ。冒険者組合に属さず……魔物や魔獣の討伐や、秘境の財宝の獲得を専門として生計を立てている者達のことよ」
「ま、俺達のことをそう呼んでいる奴は多いな。その姉ちゃんの言ってることは何も間違っちゃいねえよ」
そう言ってから、まるで話はこれで終わりだとばかりに、背中を向ける男。
「俺達もイナリへ向かってる。あまり冒険者とは馴れ合いたくねぇ。忠告しておくぞ、もしイナリ山で会っても……俺達の邪魔はすんじゃねーぞ。イナリ社の宝は、俺達がもらう」
「はい。私達は冒険者の方と馴れ合いたくはありませんが、敵対もしたくはありません。“超“級……そして“絶“級と呼ばれる冒険者の方々には、ハッキリ言って勝てる気がしませんので」
「はっ! 行くぞ、フィリス」
「はい、兄さん」
一方的にそれだけ告げてから、二人はさっさと走って行ってしまった。
街道を真っ直ぐとイナリ方面へと向かって。
少し、嫌なことを聞いてしまったな。
どうやら本当に、あまりゆっくりしている時間は無いのかも知れない。
「ルエル、俺達も先を急ごう」
「ええ、そうね」
あなたのその評価のおかげ的な。




