君と心を奪われて 2
今日も花菜は翼の秘密基地に居た。二人は勉強を教え合っていた。というより、翼が花菜に教えているだけだ。
「そう、これはこうなって、こうなるんだ」
「おお!ありがとう!」
花菜の笑顔はとても輝いていた。翼はその笑顔を独り占め出来ているような気がして、優越感に浸る。
「明日は体育祭だね」
「ああ、絶対に成功させてやろうな」
「うん!」
体育祭なんてつまらないと思っていた。だけど、私は翼に出会って変わった。翼が幸せになれるのならば、私は全力で頑張ってみせる。
「じゃあ、また送って行くよ。レディファーストさ」
「なんか久しぶりに聞いた気がする」
花菜の家まで他愛ない話をして歩いていた。花菜の家に到着すると、翼は少し悲しくなる。
抱き締められるのは、体育祭が終わった後だ。
「じゃあね、翼」
「うん、またな」
花菜を見送り、翼は家に帰らず、秘密基地に戻った。
花菜は目を覚ますと、大雨が降っていた。
「花菜、体育祭は中止よ」
母親の言葉に目を見開いた。花菜はガタッと肩を落とした。そんな時に携帯が鳴った。翼からだ。
「もしもし?」
『もしもし、花菜?体育祭、中止だってな』
「残念だね」
本当に残念だ。輝いている君を見たかったのに。
『後で秘密基地に来てね。じゃあ、後で』
「うん、またね」
花菜は電話を切って、また眠りに落ちた。
本当に翼と一緒に居て良いと思ってるの?
あの子は忌み子、この世界に居てはいけない。
貴方は彼と一緒に居ると、必ず不幸になる……。
花菜は慌てて起き上がった。誰かが自分に警告するような夢だった。
花菜は服を着替え、身支度を整えて翼の秘密基地に向かった。雨の中、早足で歩く。
秘密基地には、ビニール傘が立て掛けてあり、花菜は隣に自分の傘を置いた。
中に入ると、翼がベッドでぐっすりと寝ていた。寝顔が可愛いなぁ、と花菜は思っていた。すると、翼の目蓋から涙が落ちた。
「泣いてる……」
花菜は親指で翼の涙を拭った。きっと悲しい夢でも見ているのだろうか。
「うん……花菜……」
「おはよう、翼」
翼は寝惚けているようだ。そんな癖毛が立った翼が可愛い。
「もっと寝よ……」
「えっ、ちょっと!」
翼の抱き寄せられ、ベッドに入れられた。
「花菜、可愛いなぁ……」
甘い翼も良いと思って、眠りに落ちた。
「……花菜」
花菜は翼の声に目を覚ました。すぐ目の前に翼の顔があって、花菜は顔を赤く染めた。そんな花菜が可愛いと思って、翼を頭を撫でた。
「花菜、今日はどうする?この後、なんかある?」
「うーん、ないかな」
翼がニヤリと笑った。花菜はなぜか嫌な予感がした。そんな時に花菜の母親から電話が来た。帰って来いという内容の電話だった。
「朝から昼まで寝てたら心配するよな。普通の親は……」
翼が聞いてみては当たり前にしか思えないことを言っていた。彼の家庭事情を知らない花菜はあまり気には止めなかった。
「花菜、部活はないの?」
「私は軽音部だからね。そんな目立ったことはしてないよ」
「すごっ……。俺なんかサッカー部だぜ」
「運動部も良かったけど、ギター弾いて歌いたかったからな」
翼は花菜の耳元で囁く。今度俺に聞かせてよ、と。花菜は顔を真っ赤にした。
「じゃあ、俺が送って行くよ」
例の如く、翼は花菜を送って行く。花菜は少し寂しくなるが、一緒に居れることが嬉しいと思えた。
「じゃあな、花菜」
「うん、またね」
お互いバイバイとは言わない。また会いたがっている女々しさがあるのだ。二人はそんな奥底の気持ちなど気にせず、それぞれの自宅へ帰った。
翼は自宅に帰ると、父が出てきた。
「話がある」
その話を聞いてしまった後、翼は部屋に閉じ込もっていた。
『お前は人間じゃない。お前は――』
俺は人間だ。俺は人間なんだろ。俺は花菜に心を奪われた普通の健全男子だよな。俺は人間なんだ!
翼が自室で泣いていたのを花菜は知らない。
雨だと思うくらい暗い朝。なのに体育祭はあるそうだ。
花菜は身支度を整えて来ると、翼が玄関で待っていた。この幸せそうな光景に花菜の母親は慣れた。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「翼、行こう!」
花菜がいつになく上機嫌なのは、今日が体育祭だからだろうか。対照的に翼は非常に暗い。そんな翼に花菜は気付いていなかった。
それにしても雨が降った後という感じで地面がじめじめとしている。これからも降って来そうだ。
翼は教室に入ると、優樹と翔が話し掛けて来た。
「翼、おはよう」
「翼君、おはよう!僕とても楽しみ!」
優樹と話は通じるが、翔とは話が通じない。聞いてみると、翔は記憶喪失らしい。中学校までの記憶が無いみたいだ。
グラウンドが濡れているため、体育館で開会式を行った。校長の話と一斉応援が終わり、どんよりとしたグラウンドに行った。
雨が降る。降り続けてもなお、翼は叫ぶように歌った。花菜はそんな翼に目を奪われていた。いや、既に心も奪われているだろう。
好きだなぁ。お互いを見て、そう思っていた。しかし、お互いがそう思っているのを知らない。
「花菜、大丈夫?寒くない?」
翼の言葉に花菜は首を横に振った。寒いけど、我慢だ。楽しい体育祭になりますように。
そんな二人の願いも空しく、雨が降り続けた。そんな時にアナウンスが流れた。
『本日の体育祭は中止です。続きは後日行います』
そう告げたアナウンスに二人は涙が出そうになった。そして、翼が叫んだ。
「翼……」
空を見上げ、雨に当たりながら絶叫する翼を落ち着かせようにも出来なかった。
「ねぇ、翼!」
「うっ……花菜……」
「ヤダよね、こんな雨なんてね……」
二人は雨の中で静かに涙を流していた。二人は秘密基地に寄らず、そのまま家に帰った。
月曜日。本当は体育祭の振替休日。開催出来ていなくとも休みは休みだ。とにかく暇だ。
花菜は暇を持て余していると、携帯が鳴った。翼からだ。
「もしもし?」
『花菜、どこか行きたいところってある?』
「えっ、この雨の中で?」
外は横殴りの大雨が降り注いでいる。こんな天気でどこかに出かけるのは少し気が引ける。せっかく翼が誘って来たのだから断れない。拒否権など最初から無いだろう。
「じゃあ……ショッピング」
『おお、行こう!えっと、電車とバスを乗れば、あのショッピングモールに行けるよね?』
「うん」
中学生の時、よく友達とショッピングに行っていた。あの時の友達は今どこで何をしているか分からない。
花菜は翼との通話を止め、自室を出て母親のところに行った。
「お母さん、翼とショッピングに行って来る」
「えっ、あのイケメン君と?そんなところまで行ったの?」
「行ってないから。じゃあ、行って……」
「待って!お母さんが送って行くわ」
花菜の母親が準備をしていると、玄関のチャイムが鳴った。翼が来たということだ。花菜は先に玄関を出た。
「翼、ごめんね、遅くて。お母さんが送って行ってくれるって」
「えっ、そうなの?なんか、申し訳ない」
翼にとって、好きな人の親と一緒に出かけるなんて緊張してしまうものだ。
花菜の母親の準備が終わり、車に乗った。終始緊張していた翼だが、明るい母のおかげで少し解けたようだ。しかし、どこか寂しそうにも見えた。
その後、二人は存分にショッピングを楽しみ、また花菜の母親に送ってもらった。
次の日の一時間目の授業。本当は体育祭の振り返りだったが、嬉しいことに応援練習になった。一緒に登校したにも関わらず、花菜はまた会えると喜んでいた。
唯一エアコンが効いた会議室に我らが白軍が集まった。花菜は並んでいる時に翼と目が合った。翼の微笑みに花菜も微笑みで返した。
最後のフォーメーションの練習の時、花菜は考えてしまった。この体育祭が終われば、この関係も終わる、と。そう思って、悲しくなってきた。
私は君に心を奪われてしまった。どんなに抗っても消えることは無い。この体育祭が終われば、この関係も終わってしまうのだろう。そんなの嫌だ。
ついに来た、本当の体育祭。今日は清々しいほどに快晴だ。神様は本当に願いを叶えてくれたのだろう。
翼は迎えに来なかった。それは翼が団長で朝から忙しいのだ。前日に謝りの電話が来ていたので、花菜は了解済みだ。毎日迎えに来る必要は無いと思うが、やはり誰かが居ないと寂しい。
開会式は先日に終わらせているので、割愛されていた。私の学年競技の直前に翼が駆け寄って来た。
「花菜、頑張ろうな」
「うん!頑張ろうね、翼」
花菜は翼とハイタッチして、みんなが並ぶ場所へ向かった。
「あんなに先輩とイチャイチャして気持ち悪い」
「羨ましいなぁ」
そんな卑劣な言葉など今は聞こえない。
「花菜!頑張れ!」
翼が居るから大丈夫。というか、その応援は私情丸出しなのでは?
女子競技の綱引きの時。翼と翔のコントのような応援に誰もが爆笑した。
選抜リレーで走る翼は格好良かった。花菜を必死に応援をした。
楽しい体育祭がついに終わりを告げる。白軍は見事優勝したのであった。
この体育祭が終われば、この関係も終わってしまう。嫌だ。終わらないで。花菜は心の中でそう訴えていた。
そして、解団式を迎えた。翼の番になり、あれこれ話すと、翼は花菜の方を見た。
「花菜、君に伝えたいことがあります。叫んでいいですか?」
花菜は何のことか分からず、とりあえず頷いた。翼は深呼吸をして叫んだ。
「好きだーーー!!」
花菜は翼の言葉に目を見開いた。翼は台から降りて、花菜のところに駆け寄った。
「こんな俺ですが、付き合って下さい」
「……はい、喜んで」
翼は花菜の顎を持ち上げ、唇を重ねた。歓声も愛し合う二人には聞こえない。
「おめでとう。花菜、翼君」
「翼、花菜ちゃん、おめでとう」
唇を離すと、二人の母親がそう言ってくれた。
最高の体育祭として、幕を閉じた。




