レッツハッピー
夕陽が差す中。深瀬結衣は、自宅へ向かっていた。
今日の朝、母は仕事の都合で海外に行った。母の友達と一緒に行くみたいで、その友達の子供が家に来るようだ。
その子供と共に住むことになる。良い人だと願うばかりだ。
気付けば、家の近くまで来ていた。結衣の自宅の前に同じ学校だと思われる男子が立っていた。それを見て、結衣はなんとなく察した。
「もしかして、この家の子?」
顔が整っている男子に話しかけられ、結衣は肩をビクリとさせた。結衣はその問いに頷いた。
「やっぱりか。俺は保科春翔」
「あっ、私は深瀬結衣。よろしくね」
「へぇー、結衣か。よろしく」
春翔はニコッと笑った。その笑顔に結衣は思い出した。学校で超有名なイケメンであることを。
告白しても断られる、誰も付き合ったことが無い孤島のイケメン。そんな噂はよく耳にしている。
この人と住むと思うと怖くなる。女子のブーイングを避けることが出来るのか。
とりあえず、結衣は春翔を家に入れた。春翔は普通に入っていく。
「キレイな家だね」
「あっ、ありがとう……」
イケメンを家に入れて褒められるということはすごいことだ。他の女子が羨ましいと思うヤツだ。
「じゃあ、適当にご飯作っておくね」
「おっ、サンキュー」
結衣はキッチンにある食材を探し、夕食を作り始めた。それを食卓に出した。
「美味しそう、いただきます!おっ、美味しい!」
春翔は美味しそうにご飯を頬張る。そんな様子を見て、結衣は安堵する。結衣もご飯を食べ始めた。
二人は順番にお風呂に入った後、寝室に向かった。結衣は自室、春翔は余った部屋だった。
「おやすみ、結衣」
「おやすみ」
結衣は布団に入って、目を強く瞑った。あんなイケメンと一緒に住むのは心が持たない。
――春翔……。
「ああああ!!」
隣の部屋から叫び声がして結衣は急いで起き上がる。隣の部屋に居るのは春翔だ。心配で居ても立っても居られない。結衣は春翔の部屋に入った。
春翔は大量の汗を流していた。結衣を見た瞬間、泣き出した。結衣は突然のことでどうして良いか分からず、ただ春翔の頭を撫でるだけだった。
「彩希……」
「えっ?」
聞いたことがない名前に結衣は顔を歪める。春翔は泣いていた。その彩希という人を想うように。
「春翔、どうしたの?」
「夢に、彩希が……」
彩希とはもしかして、好きだった人なのだろうか。結衣はそんな仮説を立ててみた。彼が誰とも付き合わない理由にも一致しそうだ。
結衣が色々と考えていると、春翔が結衣を抱き寄せた。結衣は突然のことに驚き、状況を理解していくほどに体が熱くなる。
「結衣、しばらくこのままで……」
辛い過去の夢でも見たのだろうか。結衣は春翔の我が儘を了承した。こんなイケメンでも残酷な過去ってあるのだろう。
「あっ、学校……」
結衣は思い出したかのように呟いた。そして、春翔が言った。
「サボろう……行きたくない」
「でも……」
結衣は言いかけたところで止めた。春翔がそんなに辛いなら無理に行かせるのも苦だ。暗い彼なんて見たくないのだ。いつも輝く爽やか癒し系イケメンで居てほしい。
誰かが辛そうにしていたら話しかける、道徳の授業でよく聞いたものだ。結衣はただのエゴだと分かっているが、春翔を楽にさせるために話を聞こうと思ったのだ。
「春翔。話、聞かせてくれない?私、何でも聞くから。秘密にするから」
春翔の瞳は震えていた。そして、結衣は言った。
「全部話してスッキリしようよ。明るい春翔の方が好きだよ」
結衣はハッとした。つい、好きと言ってしまった。話の流れで分かってくれるだろう。
「ありがとう、結衣。じゃあ、話すよ」
小学六年生の春翔には幼なじみが居た。その子の名前は、彩希。彩希はとても明るく元気な少女だった。
春翔はいつも彩希と遊んでいた。あの時も、そうだったのだ。
ある日のこと。春翔と彩希は学校帰りに公園で遊んでいた。そろそろ帰ろうと歩き出していた。その瞬間、車が目の前に飛び込んで来た。目を開くと、彩希が車に潰され、血を流して倒れていた。彩希は病院に運ばれ、死亡が確認された。あの現場で生き残っていたのは、春翔だけだった。
齢十二歳の春翔にとって、とても衝撃的なことだったのだろう。数日間、学校に行けずに泣いていた。
「俺、アイツのことが大好きだったんだ。なのに、何で……」
春翔の壮絶な過去に結衣は何も言えなくなってしまった。
大切な人を失うのはきっと辛いはずだ。しかも、自分の目の前で奪われたらもっと辛いはずだ。
春翔はきっと、それがトラウマなのだろう。だから、あまり女の子と接しないのだろう。
「彩希が好きだったのに、彩希が好きなのに……」
「春翔……」
まだ春翔は過去に捕らわれている。彩希のことを忘れられずに、苦しい気持ちを抱えながら生きている。
「辛かった、よね?私は春翔を救いたい。春翔、泣いて良いんだよ」
結衣は思い付いた言葉で場を繋げると、春翔は思いっきり泣き出した。結衣は震える手で泣いている春翔を抱き締めた。
きっと、私には計り知れないほど辛かったはず。目の前で事故が起きて、大切な人の命を奪われたら怖いはずだ。
「ありがとう、結衣。なんかスッキリした」
しばらくすると、いつもの春翔に戻っていた。結衣はそれが嬉しかった。
「じゃあ、ご飯食べようか」
結衣の言葉に春翔は頷いた。二人は春翔の部屋を出た。
次の日。体育の授業で、女子が興奮して見ていたのは、バスケをしていた春翔の姿だった。
一つ一つの動きがとても上手く決まっていて、シュートを連続で決める姿は、女子が興奮するのも納得出来る。
自分だけが彼のこと深く知っているような気がして嬉しかった。
試合が終わると、春翔は嬉しそうにこちらに駆け寄って来た。結衣は顔を蒼白させる。周りの女子の目線が怖い。
「結衣、見てくれた?」
「あっ、スゴかったよ」
「良かった!部活の征也先輩みたいになれるように頑張るよ」
春翔はニコッと笑った。結衣は後ろの女子達の目線にビクッとしてしまう。
「結衣、寒いの?大丈夫?」
「大丈夫だよ!」
さすが、鈍感無自覚イケメン。これから女子のブーイングに付き合わされると思うと怖い。
授業が終わり、女子更衣室で着替えていた時だった。イマドキの女子が結衣に話し掛けてきた。
「深瀬さん、後で来てくれる?話があるんだけど」
「あっ、いいけど……」
「うん、ありがとう!じゃあねぇ!」
結衣は嫌な予感がした。嫉妬を買ってしまったようだ。
結衣が呼び出されたところは、体育用具室。いわゆる、倉庫と同じだ。体育で使う道具などが仕舞ってあるのだ。
そこには、結衣に話しかけた女以外に数人の女が居た。
「何で、春翔君と仲良しなの?」
結衣は嘆息を吐いた。仕方ない、本当のことを言うしかない。
「ウチのお母さんの友達の息子で、お母さん達は海外出張で居なくて、なぜか同居されてる」
「はっ?嘘言わないで!このクソ女、春翔君は私達の物よ!」
どんな仕打ちでも受けてやる。私は、君の過去など話さない。だけど、君だって人間だ。どうして、貴方達に春翔の人間関係を決める必要があるのか、私は分からない。だから、私は言ってやるんだ。
「あまり反抗したくなかったけど言うね。春翔だって人間なんだ。春翔が誰と居ようと普通のことじゃない?誰が春翔が君達の物だって決めたの?別に春翔の人生は私の物でもなく、貴方の物でもない。彼の人生なの!彼の自由を奪おうとするな!彼の大切な物をこれ以上……失わせないで」
途中で春翔が言っていたことを思い出し、結衣の瞳から涙が零れた。
目の前の女は悔しそうに顔を歪めていた。結衣が言ったことは、まさに正論なのだ。
「うるさい!居なくなれ!」
ああ、殴られる。そう思って目を閉じた時だった。
「止めろ!」
目を開けると、目の前には春翔が居た。
「全部聞いてたよ。女って、群れて最低なことするよね。俺だって、好きな人と一緒に居て良いじゃねぇかよ!」
女達は泣きながら逃げ出して行った。そんな様子を見届けた後、春翔は後ろに居る結衣の方に振り返った。
「ありがとう、結衣」
「春翔……」
今度は結衣が泣き出してしまった。そんな結衣を春翔は抱き締めた。
「好きだよ、結衣」
「……私もだよ」
二人を顔を見合わせて、涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑った。




