シークラブ
もうすぐ中学生になれると、翔太少年は胸を弾ませていたのだ。自分も大人に近づけると思うと嬉しいのだろう。
ここ最近、家では夫婦喧嘩が毎日と言っていいほど勃発している。翔太は毎夜、耳を押さえながら過ごしているのだ。
そして、ある日のことだった。母は大きな荷物を持って玄関に居た。
「翔太、ごめんね。お母さん、出て行かなきゃいけないの。本当にごめんね。バイバイ……」
「お母さん、行かないで!」
翔太が手を伸ばそうとすると、父は翔太の体を強く掴んだ。そのせいではばかれ、母は出て行ってしまった。
「お母さん!」
「翔太、黙れ」
いつものような優しい父親ではなかった。そんな父を見て、翔太は黙った。
それから毎日、翔太は父親から暴力を受けるようになった。父は翔太にたくさん溜まったストレスをぶつけてくるのだ。
「痛っ、止めて、お父さん……」
「うるせぇ!テメェは黙ってろ!」
翔太はいつも思っていた。どうして、お父さんは俺を嫌うのだろう、と。
中学生になっても、異様なアザでいじめられていた。
「親にも嫌われて可哀想!さすがアダルトチルドレン!」
「さっさとリスカしろ!」
親に虐待を受けてきた翔太をみんなはアダルトチルドレンと呼んでいた。そのあだ名も翔太にとっては辛いものだった。
助けを求めても誰も助けてくれない。
みんな俺を嫌うんだ。
こんな俺を誰も愛してくれない。
俺なんか生まれない方が良かったのか?
みんながもらってる愛って、どんなものだったっけ?
俺も普通の人間に生まれたかった。
二年生になって、新しい先生が入ってきた。誰でも優しい男の先生だった。須田先生だ。
「何か辛いことがあったらたくさん相談してほしいです。俺は、みんなを救える教師を目指しているのです」
須田の言葉を信じて良いか迷った。けれど、誰でも優しく接していて翔太は決意した。
ある日の放課後。他の生徒は部活に行き、教室には翔太と日誌を点検する須田が残っていた。
翔太は体を震わせながら、須田に言った。
「助けて、ください……」
翔太はずっと言いたかった言葉を放つと、涙が止まらなくなった。
「翔太……良いよ。じゃあ、全部聞かせて?」
須田はそんな翔太に微笑んだ。翔太は泣きながら、全てを話すことが出来た。
「じゃあ、児童相談所に電話しておくよ。とりあえずさ、俺の家に来る?君と同い年の娘が居るんだ」
あんな地獄から抜け出せると思うと嬉しく思えて、翔太は迷わず頷いた。そんな翔太に微笑んでから須田は職員室に向かった。
須田の家は普通に住宅街にある一軒家だった。ボロボロの安いアパートに住んでいた翔太とは正反対な家だった。
須田と共に入ると、須田の妻と思われる女性が目を見開いて固まっている。
「ちょっと、虐待されてるみたいだから預かった。彼はボロボロだ。俺らが癒してあげるしかないよ」
須田が妻に説得してくれていた。本当に自分はここに居ていいのか、不安になる翔太。そんな翔太を察した須田はニコリと微笑んだ。
リビングに行くと、須田の娘と思われる少女が翔太を見て固まった。
「これから一緒に住む山本翔太君だ。菜奈、仲良くしてやってな」
「はーい」
須田は着替えに自室に行った。翔太はどうしていいか分からず、ただそこに突っ立って居た。
「えーと、翔太。何でここに来たの?お父さんがあそこまでするから相当ヤバいんだろうけど。無理に言わなくていいけどね」
翔太は菜奈に全てを話した。菜奈はそんな翔太の過去に息を飲んだ。夕食を作りながら聞いていた須田の妻でさえ、動きを止めてしまうくらいだったのだ。
「そりゃ、お父さんが引き取ろうとするね。翔太、君は偉いと思うよ」
「えっ?」
菜奈の言葉に翔太は首を傾げた。そして、菜奈は言った。
「だって、助けを求めることが出来たんだから。相当な勇気出したよね?すごい!」
菜奈の言葉を聞いて、涙腺が破壊したように涙がたくさん溢れ出していく。菜奈はそんな翔太の涙の驚いていた。
「えっ、泣くほど?」
「うん……誰も、ほめてくれなかった。だから、嬉しくて……」
「ああ、そっか」
菜奈を泣いている翔太の頭を優しく撫でていた。そんな様子を、須田とその妻は嬉しそうに見ていた。
翔太は出された夕食に目を見開いた。小さい頃に一度だけ食べたハンバーグだったのだ。
翔太は夕食をあまり食べさせてもらえず、学校の給食で生き延びてきた。
そして今、目の前のハンバーグは自分に出された物だと理解するほど、涎が口から溢れ出そうになるのだ。
「美味しい!」
美味しい美味しいハンバーグの味に翔太はまた涙を流した。そんな様子を須田と菜奈は幸せそうに眺めていた。
「こんなに美味しいの食べたの初めてです!」
「そっか。喜んでくれて良かったよ」
須田の妻もとても喜んでいた。翔太はあまりの美味しさに、人生で初めてご飯二杯を食べ尽くしたのだった。
それからというと、翔太は菜奈と同じ高校に行った。
毎日がとても楽しくて、翔太にとってとても幸せなことだったのだ。
たくさんの生徒を救う須田に憧れ、翔太には教師を目指したいという夢が出来た。
翔太の左手首に出来た傷も消えていた。そんな翔太を菜奈は心配していたが、今はすっかり仲良しだ。
高校の卒業式。翔太は菜奈を体育館裏の倉庫に呼び出していた。
翔太は不思議そうな顔をする菜奈を見て、言ったのだ。
「好きです!あの、こんな俺でも結婚してください!」
翔太は口走ってしまい、告白というよりプロポーズになってしまった。
菜奈は眉間にシワを寄せた翔太に笑った。翔太はそんな彼女を見て首を傾げた。
「ありがとう。私も、出会った時から好きだったよ。お父さんなら結婚を許してくれるはずだよ。だって、ずっと一緒に生きてきたんだから」
翔太は菜奈を抱き締めて泣いていた。そんな翔太に菜奈はクスッと笑う。
「もう、翔太は泣き虫なんだから」
そんな彼女の言葉を聞いて、翔太は泣きながら微笑んだ。
翔太と裕也は居酒屋に居た。翔太の話に裕也は笑った。
「中学生からの恋で現在妻だろ?純粋過ぎるだろ!」
「笑わないでよ!俺だって、いろいろあったんだから」
「虐待はヤバいね」
翔太と裕也は、あんなこともあって仲良くなっていた。飲み仲間として、一緒に居酒屋に行くことも多くなってきた。
「若いのに辛かっただろうね。それもあったから、赤月を助けようとしたんだろ?」
「はい……」
俺の話を聞いていた美那はとにかく静かで、目を丸くしていたな。
「だけど、栞奈を救ってくれてありがとう。大切なヤツなんだよ」
「俺の過去言ったなら、先生の過去も聞かせてください!」
「ダメだよ。君とは真逆過ぎて、逆に傷付ける」
「えっ……」
裕也は頑なに自分の過去を言おうとしなかった。
あの頃と比べれば、今は幸せだ。あの先生が居てくれたから。菜奈が居てくれたから、今があるんだ。
「ただいま」
帰ると、菜奈が走ってきた。そして、満面の笑みで言ってきた。
「おかえり、翔太!」




