ReachOut
「お前なんか死ねばいいんだよ!このブス女が!」
大きなポニーテールをした松山栞奈は赤月美那にいじめを受けていた。栞奈は美那を腹を蹴られ、苦しそうに蹲る。
「止めて!栞奈ちゃんをいじめないで!」
「うっせぇ、テメェは引っ込んでろ!」
一年生の時からの親友、工藤清香が止めに入ろうとすると、美那に腹を殴られて蹲った。
「死ね。クソ女」
「止めて……」
美那は栞奈の体を踏みつけた。その顔は恐ろしいほど歪んでいた。清香が必死に手を伸ばそうとすると、美那に踏まれてしまう。
恐ろしいほど歪んだ笑顔をしてから、美那は歩き去って行った。栞奈達の震えは止まらなかった。
清香はゆっくりと立ち上がり、ゆらゆらと栞奈の方に歩き、手を伸ばした。
「ごめん、サヤ……巻き込んで」
「いいよ。あの人は何回叱っても繰り返す人だから仕方ないもん。栞奈ちゃん、立てる?」
栞奈は清香の手を取ろうとしたが、痛みで体が動かなかった。
「サヤ……」
そんな時だった。後ろから駆け足で誰かがやって来た。
「栞奈!清香!」
担任の山本翔太が倒れている栞奈の体を持ち上げた。
「何かあったのか?大丈夫か?とりあえず、保健室に行こう」
栞奈を抱える翔太と共に清香は保健室に向かった。保健室の先生はとても心配そうな様子だったが、彼女達の傷を処置してくれた。
「貴方達、よく赤月さんにいじめられて来ますよね。去年は……」
保健室の先生、河口は翔太の顔を見て口を瞑った。そんな不自然な河口の様子に、翔太はよく分かってなかったが、栞奈達は察していた。
「あの……去年のことも教えてくれないかな?なんとかして君達を助けたいんだ」
翔太が解決してやろうと思って言った言葉が、栞奈達には余計苦しくさせるものだった。なぜならば、去年のことを思い出したくないことと、いつも助けてくれたあの先生が居ないからだ。
「栞奈ちゃん……」
「ちゃんと話すよ。この痛みが無くなるならね」
栞奈には、入学して早々に仲良くなった先生が居た。毎日一緒に居て、とても楽しい日々を過ごしていたはずだった。
ある日から、美那は栞奈に暴力を加えるようになった。その先生はそれでも必死に庇おうとしてくれた。何度も担任と一緒に美那を叱ってくれた。しかし、彼女はそれでも栞奈を傷付けた。
そんな時はいつまで続いて、いつも栞奈を支えてくれた彼は居なくなってしまった。違う学校に行ってしまったのだ。
「今年になって無くなって、やっと終わったと思ったのに……」
栞奈達は何もしていないのにいじめられる。それはあまりに理不尽にひねり曲がった話だ。
「そうか。その先生の名前を教えてくれる?」
「山本先生、どこまで聞いているんですか?」
翔太は河口に叱れてしまう。あまり、生徒の深い闇に突っ込むなということだと察したが、翔太は彼女達を救いたい一心で答えを待った。
「篠原裕也先生……現在は、姉妹校の松島高校に居ます」
「篠原先生か……教えてくれてありがとう」
翔太はボロボロな栞奈達を帰らせるべく、親を呼んだ。迎えに来た二人の母親達は血の気が引いた顔をしていた。
「噂で聞いたことがあるんですけど、あそこの家って虐待しているらしいです」
栞奈の母親が言った。翔太はなぜか肩が震えた。
「どうか、早く解決してください。私達はこれで帰ります」
栞奈と清香の親子が帰った後、翔太は河口に一礼して保健室の外を出た。そこには、ヘアピンを付けている少年、倉上陽太が居た。
「何で、ここに居るの?」
翔太が陽太に聞いた。陽太はとても悲しい顔をしていた。
「アイツらをなんとかして救えねぇかって思っただけっす……」
陽太はそう言って、早足で翔太の前から去った。翔太は教務室に向かった。
外が暗くなり始めた頃だった。翔太は夜勤をすっぽかして、姉妹校の松島高校へ向かった。松島高校は、翔太が以前働いていた場所だった。
インターフォンを押し、事務員が出て来た。
「あの、篠原先生って居ますか?話があるんですけど……」
「じゃあ、今……」
「もしかして、私のことですか?」
メガネをしている男がそこに居た。翔太は緊張のあまりに固まってしまう。男はそんな翔太に微笑んだ。
「じゃあ、こちらの会議室で話しましょうか」
翔太は懐かしい会議室に案内された。
「俺は、篠原裕也です。まぁ、西宮高校の先生が俺のところを訪れたってことは、栞奈のことですよね?」
翔太は裕也に言い当てられ、内心驚いていた。
「あの子とは深い関わりを持ってますよ。いつも俺は、赤月から守ろうとして大変だったんだ」
裕也は翔太に語るように当時のことを話していた。
「俺はそんなボロボロの彼女を愛してやろうって頑張っていました。けど、逆に俺が好きになってたんですよ。貴方もそうだったりしません?あの子、何かしら惹かれるものがあるでしょう?」
裕也に言われ、翔太はビクッとした。
確かにあの子の笑顔はとても美しい。いつも凛とした姿で居て、とても優しい女の子だ。俺も惹かれてしまいそうになる。
「明日、俺も学校に来ます。久しぶりに栞奈に会いたいからね。赤月にも怒ってやりますよ」
裕也はそう言って、ニコッと笑ったのだ。そんな裕也に、翔太は「はい!」と大きな返事をした。
次の日の昼休み。翔太は学校に来てくれた裕也を出迎えた。翔太は談話室に裕也を案内した。
談話室には、栞奈と清香、美那が居た。裕也はそのメンバーを見て苦笑いを浮かべた。
「三人共、久しぶり。また何かやらかしたって?ねぇ、赤月」
美那は眉間にシワを寄せ、小さく舌打ちをした。教師にもこの態度だというのは去年から分かっていたことだ。特に裕也には。
「ねぇ、どうしてさ、栞奈達をいじめるの?」
裕也が聞いても美那は黙ったままだった。翔太は思い出した。
『あそこの家って虐待しているらしいですよ』
昨日、栞奈の母親が言っていたことだった。翔太は美那を見つめた。
「赤月さん、ちょっと別室で話そうか」
翔太の言葉に美那は立ち上がった。翔太は隣のもう一つの談話室に入った。
「赤月さん。虐待とかされてる?」
翔太の言葉に、核心を突かれたように美那は固まった。翔太はそれでなんとなく察した。
「赤月さん、話すのが嫌なら言わなくていい。代わりに俺の話を聞いてくれないかな?もちろん、内緒だよ」
翔太は美那に微笑んだ。
「栞奈、会えて良かった!」
「篠原先生!」
別の談話室では、涙の再会みたいなことになっていた。栞奈と裕也が嬉しそうに抱き締め合っていた。その隣で、清香は愛想笑いをする。
「アザだらけじゃないか、大丈夫か?」
「少し痛みますが大丈夫です」
栞奈と裕也が幸せそうに話していると、扉が開いた。そこに居たのは、倉上陽太だった。
「テメェら、大丈夫なんか?」
陽太は裕也を一瞥し、清香を見た。栞奈達は予想外の刺客に驚いて固まっている。
「君は……よく暴走してた倉上君」
「はぁ?暴走は失礼過ぎるだろ」
陽太の行動は、如何にもヤンキーというのを醸し出してくる。その態度に、栞奈と清香は怖がっている様子だった。
「別に俺はあのクソ女と同じことをテメェらにはしねぇよ」
陽太は栞奈達の怖がっている姿に呆れて、そう言った。そんな陽太に裕也は警告するように言った。
「君はこの問題に関わらない方が良い。僕ら、教師の裏まで見えてしまうよ」
「そんなの知ってる。どうせ、栞奈と先生がそういう感じだろ?見てりゃ分かる」
「あっ、バレてたのね……」
裕也は陽太の言葉にボソッと呟いた。それも陽太には聞こえていた。
「俺だって救いてぇと思うことはあるんだ。特に清香、テメェはそいつらの隣に居て、いつも巻き込まれてただろ?」
「別に、巻き込まれてたんじゃない。栞奈ちゃんを……」
「分かってる。だから……」
清香の反論に戸惑っている陽太を見て裕也は察した。コイツ、清香が好きなのか、と。
「要するに、倉上君は友達になりたいんでしょ?素直になりなよ」
「ああ、俺がテメェらを守ってやる」
陽太は裕也を方を見た。裕也はニヤリと笑った。クソ、バレてたのか。
そんな時に陽太の真後ろの扉が開いた。振り向くと、翔太と美那が居た。
「陽太、何でここに……」
「彼女達を救いたかったみたいですよ」
翔太の質問に、裕也は陽太をフォローするように代わりに説明した。翔太はかなり驚いていたようだ。
「陽太、なんか意外だな」
「はぁ?別に、友達になっても良いだろ」
「昨日、そんなこと言ってたもんなぁ」
翔太はしかめっ面をしてる陽太を茶化していると、栞奈達の表情が変わった。そして、栞奈が言った。
「美那は?消えてるんだけど……」
「えっ!」
翔太と陽太の後ろには美那は居なかった。翔太は不味い予感がして走り出した。
案の定、屋上には美那が居た。翔太は屋上の扉を開けた。美那は既に手すりに座っていた。
「おい!美那!」
「先生……ありがとう……」
目の前で美那は倒れて落ちて行った。翔太が手を伸ばした時は遅かった。
「先生!」
後ろには走って来た栞奈達が居た。栞奈はなんとなく察してしまった。
「嘘、でしょ……」
「栞奈、美那は落ちて行ったよ……」
状況を理解した裕也は急いで電話を掛けて、救急車を呼ぶ。栞奈はへたりと座り込んだ。
「彼女も俺と同じだったよ」
翔太は空を見上げ、あの頃のことを思い出していた。