お妃様からの問いかけ
令和2年7月6日(月)
加筆訂正を行いました。内容に変更はありません。
そこの者、答えておくれ。
妾、ナルシスト?
あ、待ってくれ。帰らないでくれ。どうか妾の話を聞いてほしい。
うむ。戻ってきてくれ、感謝する。
そうよのう、お主の言う通りだ。最初から話そう。魔法の鏡と違い、開口一番に問いかけられれば、人は戸惑う生き物よな。
いやな。先日、昔話で語られる悪人が集う会が開催されてな。
あるのだよ。各国に継がれる昔話で、人から悪人と言われる者が集う定期的に開かれる会が。そこで互いに愚痴を言い合ったり、共感したり、慰めあったり……。日々悪人として世界中から嫌われている妾たちの、息抜きのような会である。
その会で、菓子の家で子どもを呼び寄せ、その子どもを食らおうとした魔女のババアに、突然言われたのだ。
お前さん、ナルシストだよねと。
失礼な話であろう? もちろん大ゲンカになったわ。
あんな人食いババアに、とやかく言われとうない!
え? 白雪を殺そうとしたから、魔女と大差ない?
うむ、まあ……。しかしだな、人数が違う!
あのババア、過去に何人も食っているのだぞ? 腹を満たしたいのなら、大人しく自分で作った菓子の家でも食っとけばいいであろうに! そうは思わんか?
挙句の果てには、あのババア。視力が衰えたからと、人間と動物の骨を見分けられん。食おうとした子どもにやり返され、自分が焼かれて死におったし。間抜けにも程がある。そうであろう?
なに? 脱線せず続きを話せ?
そうだな。あのババアについては、後でゆっくり話すとして……。よかろう、続きだ。
ともかくそんな出来事があったせいか、会から帰ってきてからずっと、あのババアの言葉が頭を離れんのだよ。
だから魔法の鏡ではなく、お主に答えてほしいのだ。
妾、ナルシスト? 自分では違うと思うのだが。
うん? 魔法の鏡に尋ね、自分の美しさに満足するのはナルシストだと思う?
ほぉう、そうか。そう思うか。
それだけ聞けば、そう誤解されても仕方あるまい。認めよう。
では、お主。世界一と言われたことはあるか?
美しさだけではない、どの分野でもいい。世界一になったことはあるか?
無い? まあそうだろう。どの分野であろうと世界一の座につける人間など、そうはおらんからな。
想像してみろ。
もしお主が世界一美しい人と言われたら、どう思う? しかもそれを告げるのは、古今東西、あらゆる人物や事柄を知り尽くしている、魔法の鏡ときた!
浮かれて当然だろう? 己の美しさが誇らしくなろう?
なにしろ世界一だぞ? 世界で一番ということは、自分より美しい者は存在しておらんということなのだぞ?
世界一。それは、一位!
一位というのはな、文字通り頂点で、それを超える位が存在しない!
一度一位になれば、その座を死守し続けるか、落ちるかの二者択一しかない!
だから妾は努力した。
見た目や化粧、服装はもちろん、美しく見える仕草も研究した。もちろん教養も不可欠と努力した。食事にも気を配り、エステや美容、運動で体型も整えていた。
大変な毎日ではあったが、世界一の美しさを守るため。苦ではなかった。
ん? 白雪を殺そうと考えた時点で、全て無意味?
もちろん白雪の件については反省している。
当時は怒り狂い、白雪がこの世から消えれば、また妾が世界一に戻れると短絡的に考えた。
思い返せば、なんと愚かよのう……。
あの件から長い時を過ごし、あの魔女のババアと会い改めて思った。
人は老いる。
見ろ、妾の手。昔は白磁器のように美しく白く輝き、滑らかで佳麗だったのに……。
今ではご覧の通り。老い衰え乾燥が目立ち、すぐに荒れる。シワもでき、潤い、弾力、輝き。なにもかも昔と違う……。
手だけではない。それは全身に毒のように広がっている……。
例えあの時白雪を殺せていたとしても、またすぐ、第二の白雪が現れたことだろう。
そしてそのたび、その者の殺害を命じただろう。
やがて世界には醜い女しか残らず、そんな極端な世界で妾が一番美しいと、老いた姿で驕ったことだろう。
ほほほっ、愚の骨頂! まさに醜さの極みよのう!
……そんな世界に生きんで、良かったことよ……。
……なあ。女性なら見た目を気にするのが、当然だろう? 美しさを追い求める生き物、それが女というものだろう?
だから美の部門で世界の頂点に立ったと魔法の鏡に認識された時、どれほど喜び誇らしくなったか、少しは分かってくれたか?
なに? 心の美しさはどうだったか?
そんなもの、あの魔法の鏡は考慮しとらんかったよ。だから妾もあの頃、心の美しさについては、考えもしなかった。
見た目の美しさが完璧なら、それでよいと思っておった。
お主にも心当たりあろう?
性根が悪いというのに見た目がいい、それだけで男に言い寄られる女。
ほほほ。その顔、心当たりあるようじゃな。
ほれ、見た目は重要だろう? 見た目と心の美しさは、必ずしも比例せんのだよ。
それにな、敗けを認め、大人しく引き下がる選択肢が妾にはなかった。
頂点でなくなれば、世界の終わりとも思っておった。
それが世界で一番美しいと言われた、妾の狂った矜持であった。
見た目の美しさを維持することに躍起となり、下から這いあがってくる何者かの恐怖に震えながら、何年も過ごしてみい。まともな神経では耐えられん。おかしくなる。
冷静でおられず些細なことで怒り、苛立ち……。
それは全てまだ見ぬ、妾の頂点を脅かす何者かに怯えていたからだ。
だから妾は頻繁に鏡に問いかけ、世界一美しいと言われて心を保っておった。
なあ。それでも妾、ナルシストか?
お読み下さり、ありがとうございます。
この作品は約半月前、旅行に出かけ、新幹線に乗っている最中に浮かびました。
お妃様を肯定する訳ではありませんが、ずっと世界一を維持してきたのに、突然身近な人物に、その座を奪われたら……。そりゃあ、怒るよなあ。
と、なぜか急に思いつきまして。
そこから考えていき、作った話です。
◇◇◇◇◇
誤字報告ありがとうございます。
作中に使われている「佳麗」ですが、この言葉はありまして……。整っていて美しいさまや、美人という意味があります。
それでお妃様にふさわしいと考え、あえて使用した言葉です。以上の理由から、大変申し訳ありませんが、このまま使用を続行させて頂きます。
他の誤字に関しましては、修正いたしました。
ご報告、ありがとうございました。