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紫陽花

作者: 独楽

梅雨の時期

しとしとと濡れる瓦屋根

アスファルトと混じりあう雨の匂い

傘を差して歩いていると、そんな他愛の無いものに

妙に視線や意識が行ったりします。

この時期と言えば、家の庭先に色とりどりの

紫陽花が競って咲いています。

気分も沈みがちな梅雨の時期に、一つの清涼剤のような花々

紫陽花寺で有名なのは、鎌倉の明月院、長谷寺でしょうか

山門前の両脇の紫陽花は、それは見事に咲き競っています。

今回のお話は、そこ程ではありませんが

紫陽花の見事なお寺でのお話です。


そのお寺は、関東のはずれにあるお寺でした。

有名ではないけれど、そこそこ歴史はありましたが

跡継ぎとなるお坊さんが絶えてしまい、同じ宗派の方が

廃寺にするのはまずいと出張で来るような状況でした。

昔は、街道沿いで栄えた街でしたが

郊外にできた大型複合施設に押されて、景気もいま一つ。

仲町銀座と呼ばれる所ですら、どこか寂しさをただよわせていました。

それでも季節には、お寺の境内植えられた数千株の紫陽花を

見に来る人で混み合いました。


梅雨の長雨が続くある日

お寺の山門までは、ゆるやかな階段が続いていて

両脇の紫陽花を歩いて見て通れるようになっているそこに

5歳ぐらいの少女が、黄色い雨かっぱに赤い長靴

赤い小さな傘を差して、ぱしゃ、ぱしゃっと歩いていました。

少女の名前は、愛ちゃん。

お寺の近くに住んでいる少女です。

彼女のうちは訳があって、母親と二人暮しでした。

母親は、仕事で夜まで迎えには行けないので

保育園に通っている愛ちゃんは、近くに住んでいる祖父が

保育園まで迎えにいくのでした。

「こらこら、あまりはしゃぐと洋服が泥だらけになるぞ」

少女から離れたところで、祖父の声が聞こえました。

「はーい」っと愛ちゃんの返事

祖父の足が、山門へ通じる階段まで来ると

愛ちゃんが階段の中腹当たりで、一株の紫陽花の前でうずくまっていました。

「どうした?」祖父は言いながら、少女が見ている先を覗き込みました。

赤い八重咲きの花の紫陽花。この寺は、赤からピンク系の花色が好んで

植えられていましたが、中でも少女が見ている紫陽花は、

一際赤いような気がしました。

少女は、赤い傘を差しながら、うずくまる姿勢で

傘と同じ色の長靴のつま先に両手を添えて、まっすぐに紫陽花の葉を

見ていました。

「じーちゃ、かたつむり」

「ほう?」

少女が、小さな手を指差した先に

最近では、かなり少なくなった巻貝の大きなかたつむりだった。

「大きいのう」

「うん、保育園にも先生が持って来たのがいるけど、こんな大きくない」

言って、それを取ろうとした少女の手を祖父は止めた。

「だめだよ、母さんに怒られるだろう?」

少女の自宅は、アパートに住んでいる。

祖父の家は農家だが古いため雨漏りなどもする。そのため一緒には住んでいない。

アパートは、ペットが禁止である。

それにこの子の母親はあまり動物は好きな方ではない。

後で怒られることを思えば、ここで止めておく方が無難だと考えた。

「母さんに聞いてからな」祖父の精一杯の譲歩案である。

「...うん」少女は、うなずいた。しかし、祖父の目に触れぬように

保育園のバックにそっとかたつむりを押し込んだ。

『明日、園に持って行くの。先生に見せるんだもん』

少女の気持ちはただそれだけ


夜、アパートに仕事が終わって母親が帰って来た。

腕には、祖父の家によって連れて帰って来たわが子を抱いている。

祖父の家で、夕飯を食べて、母が迎えに来る頃にはいつも

眠い目を擦っている。仕事で疲れた体には、5歳児の体はかなり堪えるが

小さな寝息は、そんな疲れも忘れさせた。

急いでこさえた寝床に、娘を横たえて

少女が履いていた長靴の汚れと水滴を拭き取り

雨かっぱも玄関先にハンガーにかけた。

そして、明日の少女の用意をと自分の膝の上に保育園カバンを開けた。

上手ではないが、少女なりに畳んだ小さなハンカチ、ティッシュ

それらを洗濯したものと入れ替えようと出した。

そして、さらにカバンの中を探ると手がぬるっと濡れた。「きゃっ!」

母親は、想像してなかった感触に悲鳴を上げてカバンを膝上から落とした。

かばんのチャックからそれが顔を出した。

「な、なに?....かたつむり?」

ゆっくりと動くかたつむりは、部屋の電灯の下でぬめぬめとした粘液の軌跡を残して進んだ。

慌てて、母親はかたつむりの殻を掴み、透明なビニール袋に入れた。

息が出来るよう小さな穴を開け、口をゴムで縛ったのだった。

「....とりあえず」言っても胸のドキドキは納まらない。

もう、寝たかもと思いながら祖父の家に電話した。

「あっ、父さん?今日愛がカバンの中にかたつむり入れていたんだけど、何かしらない?」

やはり、すでに寝ていたのか祖父(父)の声はだるそうに答えた。

「ああ...今日の園の帰りにお寺さんでかたつむりを見つけてな...ダメって言ったんだが、そうかかばんに入れとったか。保育園でもかたつむりが居るっていっとったから、見せたかったんだろうよ」

「そう、わかったわ..ありがとう。明日、愛にちゃんというから、夜遅くにごめんね父さん」

と言って電話を切った。保育園に生き物の持参は禁止だ。

愛は、悲しむだろうが家で飼えるものでもない。仕方ない、明日早く起きて元居た所に戻そう。

そう思って、彼女もまた床についた。

仕事で、疲れた体はすぐに深い眠りを誘った。

3時間程眠っただろうか...彼女は夢を見た。

小さな知らないアパートの一室だった。

自分は、どうやら下着姿のままで肩膝を立てて

小さな安っぽい白いテーブルの脇に座っていた。

テーブルの上には、かなり吸ったと思われる吸い殻と灰皿

片付けてないカップヌードルと駄菓子、なにかの雑誌が無造作に開いたまま

手には吸いかけのタバコがある。

自分は、タバコは吸わないのに夢の中では、何故か咽を通る煙りの苦さが後を引いた。

だるそうに乱れた髪を書き上げる。お酒の飲み過ぎだろうか...頭が痛くて堪らない。

イライラしている感情が胸を締め付けた。

『いやな夢』自分の夢なのにそう彼女は感じた。

パタパタ...っと子供の走る足音がした。

「ママ..ママ....」と子供の声がしたので、そっちを見ると

愛ぐらいの少女が寝巻き姿で走って来た。

後ろでトイレの流れる音がする。

『ああ..トイレに行ってたのね』夢なのにそう自分に答えた。

夢の中の少女も見覚えはない。保育園の子かしら?

でも、普段は送迎時間も慌ただしくて、園での愛の友達の名前すらよく覚えていないのだ

こんな生活を見る程、中の良い友人など自分にはいない。

夢の中の少女は、パタパタと走る勢いのまま

母親に抱き着いた。愛も良くやる。ぎゅっと抱きしめてあげると本当に嬉しそうな顔を返してくれるのだ。

だが、夢の中の少女の母親はそうではなかった。

「いやっ!」っと少女を振払ったのである。

「ぎゃっ!」っと少女の声が上がった。少女らしからぬ声にびっくりしてみると、

手に持っていたタバコが少女の首に当たったのだ。

少女の細い首に赤い痕が出来ていた。

痛さにえっえっと泣いている。しかし、母親はバツが悪そうに少女を見下げて

「急に、来るから悪いのよ」と少女を更に蹴飛ばした。

ひどい...と思った時に夢の画面は真っ暗になった。

それからしばらくして、息苦しさに目が覚めた。

胸を圧迫される重さと何かが首を絞めている。

「う...ううっ」

母親は、首に手を当てた。二つの細い手が自分の首を絞めている。

暗闇に慣れた目が見たのは、愛するわが子愛の姿だった。

凄い力で首に指が食い込んできた。

殺される!そう思い、必死で抵抗を繰り返す

「愛...愛止めて...あい....」

愛はなにも答えない。これは愛の、子供の力ではない。

殺されるものかと、渾身の力を込めて母親は振払った。

愛の小さな身体が部屋の隅へ転がった。

「愛!」母親は、少女の元へ...

少女は、横たえた身体のまま

「ママ...ママ......止めて...ママ...」っと掠れた声で呟いている。

「愛、愛!」母親は彼女の身体を揺すった。

「うーん...ママ?....何?」

愛は、いつもの声で眠そうに目蓋を擦って目を覚ました。

「愛!どこか痛い所はない?変な所はない?」

「どうしたの?ママ...痛いよ」言って母親が掴んだ両手を振払った。

今のは、夢だったのだ。悪い夢...寝ぼけたのは自分の方だと母親は

言い聞かせて、愛をまた寝床に眠らせた。

母親もその後に寝床に入ったが、結局朝まで寝つけなかった。


「ママー早い!どうしたの?」

いつもよりもかなり早い時間に、化粧台前に座っている母親を見てそう言った。

「愛...昨日、園の帰りにかたつむり拾ったでしょう?保育園は生き物はダメって

園長先生とお約束してるのよ」

「でも...保育園にいるよ?先生が持って来たの、愛が見つけたのはもっと大きいからみんなに見せてあげたい」「でも、ダメなの。ごめんねお約束だから...だから今日愛といっしょにかたつむりさんをお寺さんに

返しにいくのよ。愛は、いい子だから教えてくれるよね?かたつむりさんのお友達が入る所」

「....うん、わかった。ママといっしょにかたつむりさんお友達のところに連れて行く」

母親は、笑顔で娘に「ありがと」と言った。

愛は、ゆうべの事は何も覚えていなかった。

母親も夢だと思いたかったが、朝起きて鏡に写る首に少女の手の痕がくっきりと残っていた。

スカーフを結ぶには高い位置で、仕方ないのでタートルの半袖ニットを着た。


雨が上がり、残った水たまりがキラキラと道を照らしてる。

歩いて、紫陽花が見事なお寺の境内まできた。

愛が、ぱたぱたっと走って「ここ!」っと指を差した。

お寺には、お坊さんは住んでいないので今の時間帯は無人である。

ゴミを捨てるわけではないが、それでもあたりを気にして、

母親は娘が指差した紫陽花の元へいった。

他の花よりも一段と赤いような紫陽花

朝露に緑の葉がキラキラと輝いて見えた。

ゆうべかたつむりを入れたビニール袋をカバンから取り出し、

かたつむりをなるべく奥へと葉をかき分けて広げた。

「ね?ママお友達いっぱいいる?かたつむりのお友達いっぱいいるでしょ?」

母親は、その言葉には答えられなかった。言葉に詰まったのである。

すこし薄ぐらい紫陽花の根元、かたつむりがたくさんいた。

まるで、かたつむりが紫陽花の花のように咲いているようだった。

ゆっくりと動き回るかたつむりが、濡らし動き回る殻に絡み付く黒い髪

隙間からすでに白骨化した頭蓋骨が顔を表していた。

ポッカリと開いた目の痕に朝露か水滴が涙のようにたまっている。

小さな頭蓋骨は、それが子供の骨だと素人でもわかった。

母親がその頭蓋骨がゆうべ見た少女だと

なぜか合点がいった。

あれはこの頭蓋骨の見せた夢だと理解したのだった。

今回は、ラストがもう少し言い回しが...っとちょっと不満が残っています。でも、これが今の精一杯なのでこれからも精進しますのでどうかよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ストーリーの組み立てが上手です。 あと、会話にリアリティがあって良いですね。 物語の導入部も見事です。 でも、逆に終わり方があっけないように感じます。 特に、母親が死体を発見して言葉に詰まる…
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