悩
「ふぅ…」
ドアを閉めた瞬は他人の視線が無くなった事に安堵した。ここは奇乃高校2階、広い図書室の一画にある書籍倉庫。
またの名を、オカルト同好会部室。澤口葵の根城。
その書籍倉庫は広い図書室の書籍を管理する為に存在する為、教室1つ分程の広さがある。壁に沿うよう並べられた本棚には隙間なく本が詰め込まれていて、倉庫と言うよりはもう1つの小さな図書室といった印象である。
中央には長机が4つ長方形になるように置かれていて、その広くなった机へバラバラに座る4人。瞬はどこに座るか迷い、バラバラに座る4人の位置を確認する。
入口から一番遠い角には近藤奏輔が、その向かい側の入口から左ての角に相馬拓が、入口から一番近い角に柴崎泉がおり、入口から遠い側の中央に葵が座っていた。全員が2席以上離れているのは関係性が薄いからなのか、特に会話をする素振りもない。まるで座る席によって派閥がありそうな、端的に言えば非常に気不味い空間だった。
『北川君はここよ』
自らの目の前の席につくように勧めるのはこの書籍倉庫の主であり、オカルト同好会会長である澤口葵。
瞬は言われるがままに席についた。
『瞬ちゃん、先程ぶり!なんかワクワクするね!』
席についてすぐ話し掛けて来たのはクラスメイトの柴崎泉である。全員が揃った事で葵が席を立つ。
『皆、来てくれたという事はオカルト同好会…いえ、[未解学研究部]への入部を承諾してくれたという事でいいのね?』
葵以外の全員が顔を見合わせる。一瞬の動揺の後、瞬は素直に疑問を口にした。
「あの、[ミカイガク研究部]っていう部になったんですか?」
葵は瞬の目を真っ直ぐ見つめて微笑む。
『そう。5人になった事で部に昇格するの。未解明な現象、伝承、都市伝説を総じて未解学と名付けてみたの。都市伝説心霊噂伝承神話研究部じゃ格好がつかないでしょう?私は別に構わないのだけど』
瞬は確かにそれはカッコ悪い上に不気味だなと感じながら、あの日を思い返す。
あの日…葵が瞬をパートナーに選んだ日はそれで終わりではなかった。瞬の意志を確認した後、葵は選ばれず帰らせもしなかった残り3人へ声を掛けた。
ー『北川君はこれで決定として、どう?貴方達も同好会に入る気はない?もしかしたら貴方達の求めるものの答えが見えてくるかもしれないし』ー
どこか否定を許さない葵の問い掛けに結局3人は入部を選んだのだった。
『そうゆう訳で、始めにこれに記入してくれる?』
葵は鞄からファイルを取り出し、そこからA4サイズの用紙を全員に配った。その中身を見て最初に反応したのは元野球部で大柄の拓だった。
「同意書だぁ!?おい、澤口っ!これはどうゆう意味だ?入部後に起こる全てにおいて自己責任であり、心身の怪我・疾病に関して誰にも責任を問いませんって書いてあるぞ!?」
大声で捲し立てる拓を葵は一瞥する。
『どうゆう意味って、今貴方が読んだ通りよ』
元々気性の荒い拓がそんな説明で納得できるはずがなかった。
「だぁから!何でこんなもん書かなきゃいけねぇんだよ!?戦場にでも行くのかよ!?」
軽く息を吐いた葵は拓だけではなく全員と視線を合わせた。
『皆、同じ意見かしら?なら説明するけど、これから私達がする活動はこの世界の常識が通じない可能性が高いわ。…都市伝説、昔から人伝に拡がる根拠のない噂、現象、生き物。心霊スポットで頭がおかしくなる者もいれば、人のやりたがらない研究で自殺する者もいる。UMAを求めて山へ入れば転んで怪我をするかもしれない。その1つ1つに責任を持つ事は出来ない。ボーダーラインを越えるならそこから先は自己責任よ』
葵の発言に書籍倉庫の空気が凍りついた。奏輔は眼鏡を直しつつ葵へ単純な疑問を口にする。
「君は…心霊やUMA、超常現象の類いを信じているのかい?」
その質問に葵は肯定も否定もする事はなかった。
『信じている…というのは語弊がありますね。私は仮定しているだけです。あるかないかの話ではなく、ある事を前提として話しています。今まで解明された超常現象の類いは何故解明できたと思いますか?それは研究者がそれはある事だと仮定したからです。存在をその一瞬でも認めなければそもそも調べられない。調べる気にもなれない。ボーダーラインを越える初めの一歩はあると仮定する事です』
葵が奏輔への視線を逸らす事なく告げる。
「それはそうかもしれないが、君の言う未知のものに僕達は影響を受ける程深く関わっていけるのかい?」
奏輔の言う事は尤もで、未知のもの、未解明な現象はどれだけ求めても遭遇できない現実が付きまとう。
人はオーロラを見る事すら運が必要なのだから。
だが、葵にはそんな事実は関係なかった。葵は人の考える事は全て出来ると思っている。遭遇できないのは本当に求めていないからだと葵は思うのだ。
『もちろん、本当に求めれば叶う。人間程度が考えつく事なんて本当は全て実現可能だと思いませんか?人ができないと決めつけるのは高慢でしかない』
「それは…」
奏輔に返す言葉はなかった。だが、それで「はい、そうですか」と納得できるかどうかは別の話であり、奏輔以外の者も似たような思いを抱えていた。
しかし、それを読めない葵ではない。
『では、手始めにとりあえず誰かの悩みを解決してみましょう。解決できたなら、皆…協力してくれるわよね?』
葵は同意を求めるように顔色を伺った。反応は様々で
「僕はそれでいいよ。元々否定している訳ではないしね」
「俺はまぁ、とりあえず見てからだな」
『私は別に面白そうだからいいんですけどね?』
「僕は…あまり目立つような事は…」
奏輔、拓、泉、瞬はそれで自らの思いを口にしたが、それすらも葵の手の平の上だった。
『そう。では解決するのは北川君の悩みにしましょう。何か有りそうな言い方だった訳だし。北川君、君の悩みを良かったら教えてくれないかしら?力になれるかもしれないわ』
急に視線が集まり、瞬は顔が熱くなるのを感じた。しかし、今絶賛暴走中のこの悩み解決してくれるなら願ったり叶ったりである。
「あの…実はですね、澤口先輩に選ばれたのが僕だっていうのがどこからかバレてしまったみたいで…。クラス、学年問わず先輩と僕の事を聞いてくる人が多くて困ってるんですけど…こうゆう悩みでも大丈夫ですか?」
葵以外の3人はやはりそうゆう事になったのだなと思った。葵は美人であると同時にオカルト同好会という活動内容、創部経緯、創部理由の一切が分からない他者の興味を存分に引くであろう爆弾を抱えている。その相乗効果で校内で知らぬ者がいないのだ。
その有名人がパートナーを選んだとなると、選ばれた者もまた有名人になってしまうのは当たり前である。
瞬の悩みを聞いた葵は少し申し訳なさそうに答えた。
『私のせいで迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい。話はわかったわ』
瞬の俯いた顔が上がる。
「じゃ、じゃあ、助けてくれるんですか?」
その返事は瞬が予想していなかったものだった。
『その事なのだけれど…私にはもう出来ることはないの。だから、後2、3日我慢してくれないかしら?』
「…へ?」
瞬には意味が分からなかった。出来ることはないから我慢しろと言うのは分かるが、それが期限付きである意味が。
『皆、結果を楽しみにしてて』
他4人が唖然とする中、葵は瞬に微笑み返すのだった。