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そのころのカンゴック

 犬飼玄人が謎の少女と出会うその少し前。

 監獄所長カンゴックのその執務室に、ふたりの獄卒が訪ねてきた。

 数日前、遠方より派遣されてきた、それなりに容貌の整った若い男女。

 カンゴックはこの二人に信頼を置いていた。


 付き合いは浅いとはいえこのふたりは有能で。

 なにより、自分に忠実だった。

 彼が信頼するのは自分を決して裏切らない相手。

 この男女が信頼できると思ったのは、金さえ与えればなんでもやるからだ。


 赴任初日、このふたりの男女は彼の指示で囚人を痛めつけてみせた。

 その囚人が特に何かをしたわけでもない。

 ただなんとなく。むしゃくしゃしたから。

 だからコイツラに金を握らせ、やらせた。

 コイツラは驚くことに躊躇せずにやってみせた。


 今まで彼が接してきた刑務官なら、相当えげつない性格の人間でも、最初は躊躇うものだ。

 だがこの二人にはそれがない。

 金さえもらえばなんでもやる――

 そんな強い意志が、コイツラの体から滲み出ていた。

 

 だからこそ信頼した。

 自らのメリットもなしに何かをする人間は信頼ならない。

 たとえば無償で人助けをする人間。

 困っている人をほっとけないと口憚らず言ってみせる輩。


 ――ああ、信用できない。


 善人ぶった人間が放つオーラ、それはいつだって嘘臭さだ。

 そんな奴は信用に値しない。

 真に信用に値するのは金で動く人間だ。

 金はどんな種類の人間にとってもこの上ないメリットだ。

 だから金で動く人間は信頼できる。


 よって彼は、今、目の前で敬礼をしている、涼しい顔の二人組を心の底から信頼していた。

 そんな二人からもたらされた情報。

 それは、囚人たちが何やら企んでいる、との情報だった。

 ずいぶんとスピードの速い情報で、すぐにでも囚人たちがここにやってくる、と、若い男女は顔色一つ変えずそう口にした。


「……で、私の管理者権限を利用し、召喚裁判を仕掛けてくる、と。ん? そゆことか?」

「――間違いありません」

「ん? で? どうだ? その子供は、召喚獣を持っていないのだろう?」

「いえ、それが、敗北した後、ヤンチャうさぎ二体と契約したようで」


 ヤンチャうさぎ……この地方にいる、もっともスタンダードな召喚獣で。

 ヒトよりも遥に強いが、召喚獣としては取るに足らない存在。

 基本的に囚人となれば召喚裁判はできないが、それでも、召喚獣との契約は可能だ。

 おかしなところはない。


 だがどうだろう、と、カンゴックは考える。

 囚人どもの企みに乗ってやるかどうか。

 奴らは捨て鉢になっているのだろうか。

 一か八かに賭けているのか。

 それとも、他に何か策が――――?

 女の方に訊ねてみる。


「で? 私はどーすればいい? 受けるか? 止めとくか? ん?」

「受けるべきではないと思います」


 女は即答した。


「ん? それはなぜだね? ん? 私が負けるとでも?」


 女は軽く笑い、


「いえ。それはありません。おそらく奴らは何か策を弄してくるでしょうが、それでもカンゴック様に勝てる理由はありません。ですが」

「ですが?」

「万が一、とういうこともあります。正直、百回やれば百回はカンゴック様が勝利するでしょう。ですが百一回目に負ける可能性、それを否定することはできません」


 なかなか妙な言い回しをする。

 ほぼ勝てるが、やめておけ、と。

 この女がそれに至った思考は、果たして何か。

 この女は自分が勝つことを確信しながら、だが、勝負を受けるべきではないと思っている。

 そして、自分に負けて欲しくないと思っている。


 女にとって自分が負けるということは……すなわち、大切な金づるを失うことなのだ。

 これまで、金を積み、いくつかの裏仕事をやらせてきた。

 それは良心のある人間にとっては大層苦痛な仕事だろうが、良心がまるでなく、金さえもらえばなんでもやるような人種にとっては天国だっただろう。


 ――要するに、だ。

 この女は大切な金づるを、万が一にも失うのが惜しいのだ。

 カンゴックは内心鼻で笑う。

 ふんっ、強欲な女だ。

 女の思考を見透かすと、カンゴックはなんだか愉快な気持ちになってきた。

 気が大きくなってくる。


「よし、私は受けるぞ、そいつとの勝負」


 宣言すると、男女の顔がオドロキに変わった。

 理解できない、と言った表情。


「安心しろ。私が負けることはない。ん? お前らの生活も保障してやるぞ、ふはははははは!」


 思わず笑いが漏れる。

 それほどに、男女の驚いた顔はこっけいだった。

 自らの生活が脅かされる顔。

 普段澄ましている分だけ、中々に見ものだ。

 彼らの無様な顔を見ることができ、さらに処刑を楽しむこともできる。

 これなら断る理由はない。


「ははっ、いいぜ、来いよ! まとめて始末してやんよおおおおおおお!」






 そのしばらく後。

 今後の指示を受けた若い獄卒ふたりは、執務室から廊下へと出て来る。

 カンゴックの指示は単純だった。

 奴らの動きにこちらが気付いているのがばれないよう、他の者には一切情報を与えず、また、対応策も取らぬこと。

 その上で、カンゴックはこの執務室にて、囚人たちを迎え撃つつもりらしかった。


 豪奢な赤絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、男の方がぽつりと言葉を漏らす。


「――うまくいったな」

「ええ」


 驚くほどにうまく、カンゴックは操り人形となってくれた。

 すべては作戦だ。彼を乗せるための。


「あの少年、カンゴックに勝てるのでしょうか……」


 女の方が心配げに言う。


「問題ないだろう。彼はここで死ぬような人間ではない」


 女はうなずく。


「ええ、そうですね。彼が死ぬのはもう少し先……べつの場所でのことですから」


 その言葉は少年――犬飼玄人の死を確信してのものだった。

 彼らふたりは知っていた。

 そう遠くない未来、あの少年が死ぬことを。

 そして手を下すのが、自分たちの誰かであることを。


「…………」


 女の脳裡を、血まみれで地に伏した少年の姿がよぎる。

 女はその少年の死体から、目玉がくりぬかれる様を想像した。




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