進撃の囚人
ま、それはともかく。
先導する少女のあとを追いかけようとしたとき。
「お、おい、待てよ! 俺も連れてけ」
「ちっ……俺も言ってやるよ」
ニート&ヒッキーから声が掛かる。
「ニートさんとヒッキーさんも召喚裁判するの?」
「いや、そーじゃない。さっきも言ったが、あいつが召喚裁判を受けるとしたら、ずぶの素人のお前だけだ」
「ああ、ギャラリー」
「いや、それも違う。俺たちはお前に賭けるぜ」
ニートさんの言葉に舌打ちしながらヒッキーさんが頷いた。
「管理者権限を使った召喚裁判なら、他の人間も乗っかることが出来るんだよ。つまり、お前が勝てば、俺たちも無罪放免ってわけだ」
「……負ければ?」
「お前と同じ処遇、だな」
それすなわち、死、か。
僕は疑問に思う。
はて、なぜ彼らは出逢ったばかりの僕に命を預けるのか、と。
その当然の疑問は、彼に次の言葉によって解消される。
「お前に預けるんじゃねぇ、あの子に預けるんだ」
ニートさんがアゴをしゃくる。
その先にいるのは、先ほど牢の檻を炎で溶かしてみせた召喚獣の少女。
少女は黙ってこちらを見守っている。
「あの子はひょっとして、レジェンドかもしれねぇ」
ニートさんがいわくありげに呟いた。
レジェンド、その言葉の意味はなんとなく理解できる。
簡単に言えばレアもんってとこか。
なぜそう思ったのか、理由を問う間もなく。
「そろそろ行くわよ」
少女が背を向け再び歩き始めたので。
僕たち男連中は慌ててその後を追うことになった。
冷たい石造りの通路は壁に掲げられたあわい炎に照らされている。
申し訳程度の明るさだ。
行く先々に、獄卒が倒れていた。
おそらくは少女にやられたのだろう。
みながみな、軽い火傷を負い、気絶していた。
監獄を守る彼らがこの状態であることからしても、これが異常事態であり、彼ら刑務側にとっては非常事態であることがうかがえる。
が、僕たちにとってはまたとないチャンス。
カツカツと靴音が響く。
それに混じって、ガタガタと鉄格子を揺らす音がした。
「おーい、ニート、ヒッキー、どこ行くんだよぉ。てか、なんだこの事態、一体なにが起こってるんだ?」
二人の顔見知りらしい囚人が鉄格子越しに話しかけてくる。
「あー、ちょっとな、今、説明してる時間ないんだわ」
「おいおい、そりゃないぜニート! なんか企んでるんだろ? 頼むよ、俺も連れてってくれよ」
囚人がそう懇願すると、他の房からも次々と声が上がる。
「頼む、俺も出してくれ!」
「気絶した獄卒が鍵を持ってるハズだ!」
「俺見たぜ、その子、召喚獣だろ? 炎を出して獄卒を倒してた」
「つまりあれか、所長と召喚裁判しに行くってわけか」
「おお、俺たちも乗っかるぜ! 連れてってくれ」
なんとなくではあるが、彼らも事情を察しているらしい。
囚人の分際ですげぇ理解力だな。
どうする? と表情で語りかけてくるニートさんに、
まぁ、いーんじゃない? と表情で返す僕。
その結果――
パーティは、優に十人を超す大所帯となっていた。
にわかにガヤガヤ騒がしくなるが、まぁ、近くにいる獄卒は全員気絶してるし、もし新しいのが襲ってきても、たぶん、あの少女が何とかしてくれるだろう。
……にしても、よかったのかな。
さっきはイキオイで了承しちゃったけど、この人たち、囚人だもんなぁ。
因縁つけられて召喚裁判で敗北した、ってんならべつにいいんだけど。
もし、彼らが本当の悪党で、その結果、召喚裁判に敗北し、この監獄に入れられてたとしたら……………………しーらないっと。
悪人面した男たちを多数含む大所帯の先頭は、赤い髪をした年端もゆかない外見の少女で。
僕はその後を歩いている。
そのあとに、ニート&ヒッキーと続き。
その後ろを悪人たちが我が物顔で歩いている。
が、僕はもう、彼らを気にすることはない。
彼らはきっと、悪モノによって陥れられた被害者なんだ。
そうだそうだ、そうなんだ。
だから僕が行ったことは正しいことなのです。
てか、僕、悪くないしぃ。
「おい、シャバに出たら何する?」
「そうだな……久しぶりに肉をたらふく食いてぇし、肉屋でも襲うか」
「おー、いいな。俺もやるぜ!」
「俺も俺も!」
「わいもや!」
「おいも!」
「わたくしもですわ!」
あー、あー、あー、聞こえなーい、聞こえなーい。
何故なら僕は現代のベートーベンだから。
なんてね。
僕が清々しい顔で現実から逃避していると、くぅーん、と、小さな鳴き声が聞こえた……気がした。
見ると、牢獄の中に、ぽつんっ、と小さなわんこがおすわりしてる。
愛くるしい表情で僕を見つめ、くぅーん、と切なげに一鳴き。
「うわぁ、かわいー。出してあげよう。でもなんでこんなとこに?」
気絶した看守から奪った鍵を使い、わんこを助け出してあげる。
ニートさんがアゴをしゃくりながらそれに答える。
「そいつ数日前にイキナリ牢のなかにあらわれたんだよ。おかしいよな、抜け穴なんてないはずなのに。獄卒たちは放っとけばそのうち死ぬだろう、みたいなことを言って放置してたんで、俺たち囚人がこっそり食い扶持をわけてやってたんだよ」
へぇ、いいとこあるじゃない。
ま、とにかく。僕はこの子を連れていくことにした。
犬はキライじゃないし、てかむしろ飼いたかったし、それに、このわんこも、僕に連れて行ってと懇願しているもの。
……いや、なんとなく。
抱え上げて、わんこのお股を見る。
「あ、オトコノコだ。可愛いのがついてる」
「くぅーん」
いや~ん、とでも言っているのか。
わんこは両前足で器用に目を覆っていた。
恥ずかしがってるのかな?
僕の目の前にはわんこのふかふかのキンタマ。
「ほら、ニートさん見て、キンタマキンタマ」
「うわ、顔にくっつけんなよ!」
「僕、犬とか猫とかのふかふかのキンタマ好きー。
小人になったら毛がいっぱいのふかふかのキンタマにつつまれて眠りたい」
「お前……変だよ」
「そう?」
そんな掛け合いをしていると、後ろから檄が飛ぶ。
「おい、早く行けガキ! ぶっ殺すぞおらぁ!」
……いい人だなぁ。
ここで止まっていたら何があるかわからないしね。
僕のことを心配してくれているんだよ。
僕は人の温かみに触れ、心をほっこりさせながら、ふたたび進撃を開始する。
ほどなく、建物を出て、中庭へ。
そこを横切ると、明らかに監獄とは違う石造りの立派な建物があり――
軽く焼け焦げ、気絶し倒れている看守の脇をすり抜け中へと入り。
少女のあとをついて歩くことしばし。
僕たちは、ようやく、監獄所長カンゴックがいるという、執務室の、豪奢な両開きの扉の前にたどり着いていた。