揺らぎ
「ん、なに……?」
その揺れは、なんの前触れもなく僕を……いや、この世界を襲った。
初めに感じたのは軽い眩暈。
それが、一瞬にして耐えがたい大きな揺れに変り。
そのまま立っていることが出来なくなって、しゃがみ込む。
……否、倒れ込んでいた。
地面に這いつくばり、朦朧とする意識の中、考える。
これは……地震……?
のようにも思えるけど、なにかが根本的に違う。
地震で意識が朦朧とすることなどありえない。
ヤヴァイ……これは、なにかがヤヴァイ……
本能が危険を訴える。
これは何かがヤヴァイ。
持ってかれる。
意識が、どこか別の場所、別の世界に、持ってかれる。
マズイ、これはマズイ。
持ってかれたら最後、そのままもどってこれないような…………
「ゲント! しっかりしろゲント!」
サンダーボルトさんの言葉で我に返る。
彼女は地面に転がった僕を心配げに見下ろしていた。
彼女に支えられ、起き上がる。
「…………なにが起こったの?」
まわりを見る。
すでに揺れはおさまっていた。
「『揺らぎ』だ。まさか知らないのか?」
不審げに眉を寄せるサンダーボルトさん。
「いや、ちょっと、その、実は、記憶喪失で……」
適当ぶっこいておく。
説明するのもめんどい。
サンダーボルトさんは僕の言葉に納得した様子は見せなかったものの、それでも話してくれる。
「『揺らぎ』……この世界を襲う、奇妙な揺れ」
「地震とは違うの?」
「地面が揺れているわけではない。
揺らいでいるのは――世界だ」
「……なにそれ」
「なにそれと言われても、私だって詳しくは知らん。
いや、私だけでなく他の誰にも、この現象を論理的に説明できる人間はいないだろうな」
それっきり黙り込んでしまう。
サンダーボルトさんにもそれ以上説明のしようがないらしい。
『揺らぎ』か……
聖女、魔王、勇者につづいて『揺らぎ』まで出てきやがった。
面白い。実に興味深い。オラわくわくする。
まったく、異世界は最高だぜ!
「揺らぎか……半年ぶりだな」
サンダーボルトさんのものとは異なる幼い声。
それは聞きなれた声であり、同時に、ひさしぶりに聞く声だった。
「マープル!」
振り返るとそこにやつがいる。
「ひさしぶり、元気?」
なんだかものすごく懐かしい気がして、僕にしてはフランクに話しかけてしまう。
「元気、といえなくもない」
うん、どうやら変わりはないみたい。
最後にあったとき、ちょっと気まずい別れ方をしたから心配だったけど……
どうやらもう、あのことは気にしてないみたい。
掘り起こすのもなんだし、わざわざ謝ったりはしないけど。
「『揺らぎ』は年に、二、三度起こる奇妙な現象じゃ。
大地ではなく、世界自身が揺れ、それが起こると、人も、召喚獣も、その他の生物の意識も、一時的に希薄になる。
この世界の誰も、その現象についてこれ以上説明することが出来ない。
一体何なんだろうな、『揺らぎ』とは」
マープルの言葉はサンダーボルトさんのそれよりいくらかは詳しいものの、根本的にはなにもかわらない。
『揺らぎ』については、今起こった以上のことを、誰も知らないのだ。
あたりを見回す。
意識をとりもどした時には多くの人が地面に這いつくばっていたけど、今はもう、何事もなかったかのように人々は活動を再開している。
さいわい、今の揺れで、見える範囲内に限っては、大きな怪我をした人はいないみたい。
まぁでも、意識がふっとぶぐらいの奇妙な揺れだ。
今の『揺らぎ』で大けがをした人や命を落とした人が世界のどこかにいてもおかしくはない。
だとしても、それはしょうがない。
だって、自然現象だもの。
地震や雷や台風で命を落としても、誰を恨むことも出来ないのと同じだ。
ま、自分の命が助かっただけで感謝すべきか。
「そうだ、マープル。なにか欲しいモノない?」
「欲しいモノ?」
「うん。マープルにはお世話になったし、今はちょっとお金に余裕あるし、あまり高いモノじゃなければ買ってあげられるけど」
「そうか、なら……」
あたりをきょろきょろ見まわし、
「わらわはあれが欲しいぞ」
露店の一つを指さした。
「本当にそんなんでよかったの?」
「ああ、構わない」
マープルが望んだのは水あめだった。
大して高価なもんじゃない。
マープルは楽しそうに水あめについてきた二つの棒をクルクルかき回している。
「練れば練るほどひぃ~ひぃひぃ!」
良かった、喜んでくれてるみたいで。
この子って妙におしゃまなところがあるから心配だったんだよね。
子供らしい一面を見て安心したよ。
「ん? どしたの? サンダーボルトさん」
なんかさっきからじっとマープルのことを見てる。
まさか水あめがうらやましい、ってわけでもないだろうに。
「いや、その子供、まさか、召喚」
「わああああああああああああああああああああ!」
大声を出して遮る。
人々の視線が集まる。
恥ずかしい。
でもいいや。
サンダーボルトさんの手を引っ張って、路地裏へ。
「どうした、ゲント。こんなところに連れて来て」
「い、いや、ちょっと、なんか嫌な予感がしたから……」
「嫌な予感?」
「うん。ひょっとしてサンダーボルトさん、マープルのこと召喚獣って言おうとしてなかった?」
僕の言葉に感心したような表情を浮かべるサンダーボルトさん。
「よくわかったな。確かに私はあの子が召喚獣なのか問おうとしていた」
「やっぱり……でもなんでそんなことを聞こうって思ったの?」
「なんとなくわかるんだ。子供のころから。
だからそうなのかと思って問おうとしただけなのだが」
……この人もやっぱ不思議な人だな。
なんでそんなことわかるんだよ。
人型の召喚獣なんて言われなきゃ人との見分け何てつかないでしょ、フツー。
ま、それはともかく。
サンダーボルトさんの言葉が本当なら、やっぱりマープルは召喚獣なんだろうか?
だからこそ、ムキになって否定する?
うーん……
「あのね、サンダーボルトさん。
僕以前、マープルに召喚獣なの? って聞いて怒らせたことがあったんだ」
「そうか。わかった」
よかった、わかってくれた。
話も終わったし、ふたりしてマープルのもとへもどる。
幼女はまだ怪しい表情で練る練るしていた。
そんなマープルにトコトコ近づいてゆくサンダーボルトさん。
そして、
「お前、召喚獣なのか?」
聞いちゃった。
わかった、って言ってたのにソッコー聞いちゃった。
舌の根も乾かない内に聞いちゃった。
サンダーボルトさんってばもう!
「ねぇなんで聞くのサンダーボルトさん?
さっきわかったって言ったよね?」
「ああ。ゲントが以前この子に召喚獣かと問い、怒らせたことは理解した。
しかしそのことと私が彼女に同じ問いをすることとはまた別問題だ」
なるほど、わからん。
ま、でも、聞いちゃったもんを今さらどーこー言っても仕方ないしなぁ……はぁ……
おそるおそる、俯き、震えているマープルの様子をうかがう。
「わっ……」
「わ?」
「わらわは人間じゃ!」
ですよねー。
案の定マープルを怒らせる結果となり。
頭からぷんすか湯気を発した幼女は、人波に姿を消してしまった。
「ゲント」
「うん」
「なんか、すまなかった」
「うん、もういいよ」
なんてゆうか、ある意味サンダーボルトさんらしかったし。