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なんか出た

 その日。

 僕は朝も早よから街にくり出していた。

 待ちに待った新作ゲームの発売日だから。

 続編で、前作の評価も今作の前評判も芳しくなかったけれど……

 それでも前作は三千時間以上やり込んだ、個人的にはちょーお気に入りのゲームだったから、わくわくして出かけたんだ。

 もう辛抱たまらん、って感じにね。

 でもって開店と同時に無事ゲット。

 上機嫌に飛び跳ねるように帰途につく僕の前にあらわれたのが――


 クラスのドキュンだった。

 ボコられて、ゲームを奪い取られ、悔し涙を流したとき。


 なぜか僕は異世界にいた。

 なぜって問われても知ったこっちゃねぇ。

 とにかく僕は寝転がっていたアスファルトの上から、見なれない森の中へと転移していた。


 それがつい数時間前のこと。

 青年のいう妙な格好ってのは、僕が通う中学指定の赤ジャージのこと。

 これは現在二年のカラーだ。

 小柄な僕のからだをだぶだぶに包み込んでいる。

 僕を生んだ女が「いずれ成長するから大きめの物を買っておきなさい」と言った結果が今のこのありさまだよ。

 どうやら僕に、まだ成長期は訪れていないらしい。

 ……まぁ、どーでもいーけど。


「おい、赤いの! わけのわからないことを言ってないでこっちへ来い!」


 僕を赤いの呼ばわりする青年に……というか彼の腰巾着に、僕は人の輪の中央までひっぱりだされてしまう。

 さっきまで村娘が立っていた場所に今、僕が立っている。

 ……あれ、そういや村娘は?

 不思議に思って首をめぐらせれば、これ幸いとばかりにコソコソ逃げ出す彼女の姿があった。


「うわぁ! 逃げた! ほら、逃げてるよ、あの子!」


 僕は叫ぶ!

 逃亡者を糾弾するために叫ぶ!

 てかこの事態からなんとか逃れるために叫ぶ!

 だって、僕じゃない!

 糾弾されるべきはこの僕じゃなくて彼女の方じゃあないか!


 とり巻きがあわてて後を追おうとするが、青年がそれを止める。


「……あいつはいい。後回しだ。それよりも、まずはお前だ、赤いの!」


 お前ってのはどう考えても僕のことなんだろうなぁ、赤いし。

 どうすんだこの状況。

 まさか逃げ出した村娘が助けを呼んで来てくれる――ってわけでもないだろう。

 てかこれだけ人がいて誰も助けてくれないって時点で希望なんてないよね。

 絶望だよね。

 絶望した。薄情な異世界の村人に絶望した。


「赤いの、お前……とんでもないことをしてくれたな」

「僕? 僕は何もしてないけど」

「いいや、したんだよ、お前は」


 それだけを言うと彼は僕から目を離し、心配そうになり行きを見守っていた雑貨屋の主人に、


「おい、お前のところにある高価なものを持って来い、全てだ!」


 それに涙目になる主人。


「か、勘弁してください」

「俺の命令が聞けないのか?」

「う……うう……」


 主人は死にそうな顔で店の奥にもどり、そして出て来たとき。

 さも高価そうなツボやら指輪やら何やらを手にしていた。


「おら!」

「ひいぃ!」


 それを次々と蹂躪してゆく青年。

 ツボを地面に叩きつけてわり、さも高級そうな宝石がセットされた指輪は近くに落ちていた大きめの石で叩き潰す。

 青年はやりたい放題だった。

 何が目的なのかはわからない。

 僕をどうにかするのが目的なんじゃなかったのか。

 これじゃあ、どう見ても一番の被害者は雑貨屋の主人だ。

 この僕から見ても可哀想なほど青ざめてんよ。


「……ふう、こんなところか」


 やがて青年の動きが止まる。

 袖で額に浮かんだ汗を拭い、


「おい、赤いの、これはお前がやったんだぜ?」

「は?」


 思わずきょとんとする。

 わけがわからない。

 やったのはお前だろ。

 そう思っていると、青年はこんなことばを発してきた。


「行くぞ! 召喚裁判だ!」


 ズシャーン、と。

 何かが凍ったような音がした。

 いや……これはガラスか何かが割れる音?

 愉快でもなく不愉快でもなく。

 ただ、今までの日常との解離を告げるような音が、刹那にして鳴り響き――


 すると世界は一変していた。

 いや……世界が変わったわけじゃあない。

 風景が変ったわけじゃあない。

 あえて言うなら……そう、空気だ。

 空気が一変した。

 それはここにいる人間たちが放つ空気、でもあるが、それとはまた異質な空気でもある。

 

 ――とにかく。

 青年が『召喚裁判』という言葉を発したことで、決定的に何かが変わっていた。


 そしてその何かの一つに。

 凛々しくも愛くるしい、十五、六と思しき少女の存在があった。

 ゲームやマンガなんかに出てくるヴァルキリーみたいなカッコをした少女は……

 宙に浮いてる。

 なんかイキナリ出て来た。

 人々の誰もがそれを目にしているだろうに、人々の誰もが彼女の存在の違和感を指摘しない。

 それ自体が違和感だった。

 

 もぉう、一体なんなのこの状況。

 頭の中が疑問符だらけになった僕へ、


「説明してやろう、ゲント」


 人の輪から、一人の少女……と呼ぶには幼い、幼女、とでも呼ぶべき子がひょっこり顔を覗かせ、ちょこちょこ歩み出てくる。

 年のころなら四、五歳ってとこ。


「マープル」


 幼女の名を呼ぶ。

 彼女はこの世界に来た僕が初めて出会った人物で。

 この村に来たのだって彼女に言われたからだ。

 といっても僕は彼女が何者なのかよく知らない。

 よくわかんないけど、向こうはなんだかこっちの事情を知ってるような気がしなくもないので、ここまで行動をともにしてきた。

 ……といっても、まだ知り合って半日も経ってないけどね。


「マープル、召喚裁判ってなに?」

「この世界における究極の揉め事処理じゃ」


 若いのになぜかジジババ口調で話す。

 ここはファンタジー世界だし、ひょっとしたら彼女は見た目通りの年齢ではないのかもね。


「究極の揉め事処理?」

「ああ。揉め事に対して、どっちの言い分が正しいか、召喚獣を呼び出し戦わせ、決める。

 勝った方の言い分が正しいことになり、負けた方が罪を背負う。

 あの村長の息子とやらが雑貨屋の主人に高価なものを持ってこさせ、それを破壊したのは、ゲント、おぬしに罪を着せるためじゃ」

「はぁ……」


 うーん、なんつーか、理解が追いつかない。

 わかるよーな、わからないよーな。


「召喚獣を呼び出すっていっても……僕に召喚獣なんていないけど?」

「それなんですよねー」


 答えたのはマープルじゃなく、宙に浮かぶ少女だった。


「フツーありえませんよ。この世界に居て、召喚獣を持たないなんて」


 あきれた様子の少女に、マープルが、


「そやつは特殊な事情があるようでな。大目に見てやれ」


 そう言い、つぎに僕に顔をむけ、


「その女はジャッジメント。召喚裁判の審判を務める召喚獣じゃ」


 はぁ。そすか。

 ジャッジメントと呼ばれた少女はうんうん唸り、


「よほどの事情でもない限り召喚裁判を中断するわけにはいきませんし……

 こうなったら、代理裁判を行ってもらう他ありませんね」


 代理裁判?


「代理裁判――召喚裁判の対象とされた者が何らかの事情でそれを行えない場合、他の者が代わりに召喚裁判を行うこと」


 マープルが丁寧に教えてくれる。


「『本来召喚裁判を行うハズだった両者』と『代わりに召喚裁判を行う者』の了承があれば可能で、代理人が敗北したとき、その罪を背負うのは代理人ではなく、本来召喚裁判を行うハズだったものじゃ」


 はぁ。色々複雑なんすね。

 代理裁判か。

 つっても、この世界に僕の知り合いなんて……………………いた。

 目の前に一人。


「じゃあ、よくわかんないけど、マープル、僕の代わりに召喚裁判やってくれる?」

「ムリじゃな」

「な、なんで?」

「なんでもじゃ」

「どうしてもダメ?」

「ダメじゃ」

「なんだよー、ケチー」


 マープルは頑なに僕の要求を突っぱねる。

 えー、でもこれってどうなるんだろ。

 召喚裁判に応じられない、ってことになれば……無条件で僕の敗北が決定するの?

 そんな……


 と、その時、


「私で良ければ代理を務めさせて頂きますが」


 ずずずいっ、と、三十代ほどの、人の良さそうな男が進み出てくる。


「どうでしょう?」


 どうなんだろう。

 マープルを見る。


「良かったではないか。やってもらえばよかろう」


 マープルがこう言うんだ。

 この人にお願いするか。

 それに……僕には他に取るべき手段がないわけだしね。




 ……その考えが間違いだったと気付くのは、まぁ、そう遠くない未来。





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