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ちょっと異世界から

「……で、お前はなぜこの監獄に?」


 雲間から、月のあかりが乾いた床に、格子状の影を落とすばかりの薄暗く、狭く、臭い牢獄の中で――

 酷くやつれた髪の長い、陰気な男がたずねてくる。


「僕? 僕は……」


 思いだす。

 なぜここにいるのかを。

 それは……今日の昼間の出来事だった。






 その村は、見るからに平和そのものって感じだった。

 あんま旅人もよりつかないのか、ちょっとばかり閑散としてはいたけれど、まぁ、小さいながらもそれなりに賑わっているようにも見える。

 僻地のためか、村人の服装は質素そのもの。

 見るからに村人ってカンジの質の悪い、布製の服を身に纏っている。

 そんな中で僕の赤ジャージはちょっと目立つかもしんないけど……まぁよし。


「平和だなぁ……」


 あまりのぽかぽか陽気に思わずそうつぶやいたとき。


「おいおい、とぼけるんじゃあねーぜ!」


 ふいに怒声が響きわたり、見ると。

 少しはなれたさきに人だまり。

 どうやらトラブルらしい。

 民家……つーか、表に出てる看板からして雑貨屋? の前に人が輪になってる。

 こんな小さな村にどれだけ人がいたのかってくらい集まって来てる。

 そこに老若男女の別はない。


 これは面白げなイヴェントに違いない。

 そう決めつけた僕は小柄な体を利用して、人波を縫って、輪の最前へ。

 するとその先に、何やら揉めている、数人の男女の姿。

 二つに分かれて対立している。

 どーやら責められているのは女性の方で、僕よりいくつか上……十六、七ぐらいの、まぁまぁ見栄えのする村娘。

 彼女を責め立ててるのは、見るからに『他の村人とは格が違いますよー』って感じの豪奢な服の青年。


 村娘の方はいたって純朴っぽいけど……

 青年の方は根性が捻じ曲がってんのが、そのニヤついた表情から読み取れる。

 ありゃ、そーとー性格悪いぜ。

 責め立てられている村娘は一人。どうやら味方はいないようで。

 対して、責め立てている青年の方は、三人ほど腰巾着を後ろに従えている。

 その上、四十過ぎくらいのヒゲのおっさんも、どうやら青年に頭が上がらないらしく、彼の動向を必死で窺っているのが、ここからでも見て取れた。


「おい、一体どう落とし前をつける気なんだ、ええ?」


 青年が言葉を発するたび、村娘はおよよと泣き崩れる。


「お前が薬を盗んだのを、ちゃんと見たんだぜ。――なぁ、店主?」


 自らの顔色を窺っていたヒゲの男に頷きかける青年。

 おっさんは汗を飛ばしながらもその言葉を肯定する。


「え、ええ。ソンムス様がそうおっしゃるなら、間違いありません」


 ソンムス様て。

 様付するってことはそれなりにエラい人間ってことか。

 とすると、この村の村長の孫ないし息子か……

 あるいは、どっかの街から来た、権力者か。

 どっちにしろ関わり合いにならない方が賢明か。

 あえて敵対することもありますまい。

 もっとも、敵対する度胸などないわけですが。

 

 けどおっさんの言葉もおかしいよな。

 あれじゃあ「自分は見てない」って言ってるのも同義じゃん。

 仕組まれた匂いがプンプンすっぜ。


「そ、そんな! ありえません!」


 村娘が抗議の声をあげるもだれも擁護しようとはしない。

 ま、当然ですな。

 誰がすき好んで権力者に逆らうってんだよ。

 腰巾着が三人もいる時点でもう関わり合いになんてなりたくないよね。

 てか目を合わすのすら苦痛なレヴェルだよね。


「おい聞いたか村の衆! この女は盗みを働いた薄汚い女だ!」


 まるで先導するような物言い。

 その口ぶりからある種のなれを感じる。

 嫌な予感しかしないぜ。

 責められてるのが僕じゃなくてよかった。

 本当によかった…………!


「わ、私じゃありません! 私はやってません!」


 必死に訴えかける村娘。

 その姿は神々しくすらある。

 うんうん、僕は村娘を信じるよ。

 まぁ僕が信じたところで事態は一向に好転しないわけですが。

 おそらくは言いがかりなんだろうけどね。

 村娘を責め立てる青年の嫌らしい顔や、彼の後ろの取り巻きたちのにやにや笑いを見れば、どっちが悪かなんて一目瞭然だ。

 なんの理由があるかは知らないけど、あの青年は村娘をペテンにかけようとしてるわけだ。

 いい加減気分が悪くなってきたところで、ようやく話が進展する。


「まぁ、そう急くな。私はキミのしたことは許せないと思っている。だが、召喚裁判までしてその罪を問おうと言う気はない」


 召喚裁判?

 召喚状を持って裁判所へ行くのか?

 首をかしげる僕をよそに会話は続けられる。


「そんな……私、本当にやっていないんです」


 無実を訴えつづける村娘。

 気持ちはわかるけど……もうそんな段階じゃない気がする。

 どっちが悪いとか間違っているとかじゃなくて。

 今は無実を訴えるより、いかにこの事態を切り抜けるかに、考え方を切り替えるべきだと思うんだけど。


 すると青年はにこっ、と気持ち悪いまでの爽やかな笑顔を見せる。

 両手を広げ、芝居がかった仕種で、


「大丈夫、大丈夫だよ! 私がキミを救ってあげる! 薬代は私が弁償するから、キミは私の屋敷に来るがいい! そこで私に精一杯尽くし、更生を目指すんだ!」


 ここだけ聞くといいこと言ってるんだけどなぁ。

 イマイチ信用ならないんだよね、この男。

 うさん臭さ丸出しじゃないっすか。


「い、嫌ですぅ! 私本当にやってません! あなたに立て替えてもらう必要もありません! あなたの屋敷にも行きたくありませぇん!」


 涙ぐみながらそれでも必死に抵抗する村娘。

 …………なんか可愛い❤

 いじらしいよ、いじらしすぎるよ村娘ちゃん。

 応援したくなっちゃうね。


「おいおいまたかよ」


 うんざりしたような声が僕の耳朶を震わせる。

 今の声はどうやら後ろの方から聞こえてきたらしい。

 何か情報がつかめるかと、僕は聞き耳を立てるのです。


「いい加減うんざりだよな」


 ふむふむ。


「ああ。善良な女の子に盗みの疑いを掛けて、自分が支払をするから、更生のため自分の屋敷に来いと誘う。いつもの手さ」

「でもって誘いを断ったら召喚裁判で牢獄行き。誘いを受けたら屋敷で……むふっ」


 説明ご苦労。

 にしても……むふっ、てナニさ。むふって。

 召喚裁判ってのが良くわかんないけど……どうやらこれは青年の常套手段らしいね。

 誘いを受けても断っても、あんま愉快なことにはならないらしい。

 あくどいよ、青年。

 あくどすぎんよ~。


 さらに彼らの言葉を漏れ聞くところによると、どうやら青年は、僕が想像した通り、この村の村長の息子らしく。

 その権力を笠に着て、好き放題やってるらしい。

 典型的なクズだけど、まぁ、わかりやすいっちゃわかりやすいよね。

 自分の欲望にとことん忠実なんだろうね。

 ドギツイ性欲の持ち主なんだろうね。

 こーゆーやつに権力持たせると恐ろしいんだよね。

 でももう持っちゃってるしね。

 なおかつ召喚裁判ってのも強いらしいよ。

 

 とにかくあの青年は権力者の息子で、それを利用し自分好みの女の子を漁っている、と。

 でもって館に連れ帰って、むふっ、と。


 そう理解したとき、思わず僕はつぶやいていた。


「なんだ。狂言か。それであの女の人を陥れて、自分のものにするつもりなのか、フムフム」


 良くできたシステムですこと。

 納得する僕の周囲で、一瞬、ざわめきが止まる。

 

「ん? なに?」


 顔をめぐらすと、皆が皆、僕のことを見つめて来ていた。

 どいつもこいつも青い顔しやがって。

 一体なんだってんだい?


 青年を見る。彼もこっちを見てる。

 肩がプルプル震えてる。

 顔を真っ赤にしてる。


 んー、と?


 少し考えて、灰色の脳細胞を持つ極めて聡明な僕は、その結論に達する。


 ひょっとして…………聞こえちゃった感じですかね、こりは。


 青年の矛先がにわかにこちらに向くのをオーラで感じる。


「おい! そこの赤いの!」


 え? 僕っすか?

 淡い期待を込めてまわりを見回してみる。

 僕より赤い人間は…………他にいなかった。


 青年の言葉を受け、村人たちが感心したように口をひらく。


「おお、確かに、赤い」

「こりゃ赤い」

「うむ、見事なまでの赤さじゃ」

「赤いね」


「赤さはどうでもいい!」


 若干キレ気味に一蹴した青年は、はぁはぁ肩で息をし。

 落ち着きをとりもどしてから、あらためてマジマジと僕を見た。


「見かけない顔だな……それに妙な格好をしている……旅の者か? どこから来た?」


 どこから?

 どこからって……


「ちょっと異世界から」




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