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一周忌 その二

 昼前に法要を済ませた一行は村木と鵜飼、相原母子を連れペンションに戻っていた。宿泊の営業は通常通りなので夕飯の下ごしらえは全て済ませてあり、嶺山が余った食材を使ってまかない料理を作っていた。

「余った食材ちょろっと使わせてもろたで」

「傷ませてしまうなら使って頂いた方が嬉しいです」

「ほな型崩れのパンも食うたって」

 嶺山は売り物にならなかった不揃いのパンを、紙の敷いたバスケットに入れてテーブルに置く。偏食で食が細いながらも『アウローラ』のパンを大層気に入っている村木は、頂きますと早速一つ手に取った。

「型崩れぬかしたって味は良いしたからまとめ売りとかしたらいいんでないかい?」

「しょっちゅうやったら肝心なのが売れんくなるんや。たま〜に、ごくたま〜にやって期待させつつ来店回数を……」

「あくどっ!」

「当たり前や、こっちは生活かかっとんねん」

 賑やかに始まった昼食の最中に、宿泊棟となっている上階に繋がる階段から長期滞在中の男性客がひょこっと顔を出した。

「おはようございます、私も混ぜてもらって宜しいですか?」

「もちろんですよ里見さん」

 根田は食事の手を止めて嬉しそうに立ち上がり、里見の手を引いて自身の隣の椅子に座らせる。緊急搬送されて一度は生死を彷徨ったが奇跡的に回復し、ひと月の入院生活を経て一週間ほど前に退院した。量的に一般的な食事はできないものの食事の制限は特にされておらず、むしろ栄養を摂るよう勧められている状態だ。

「今日は洋食なんですけど大丈夫ですか?」

 ここで間借り営業をするようになってから、嶺山を始めとした『アウローラ』のメンバーも里見と交流を持つようになっている。

「パンをスープに浸す感じであれば問題無いべよ」

「でしたらそのバケットに合うスープ作ってあるんで召し上がりますか?」

「したらそれ頂くべ」

 嶺山は厨房に引っ込んでスープを温め直している。里見は退院して以降、根田と共に過ごす時間を何よりの楽しみにしている風であった。

「忠さん、仁と信が『おかわりくれ』ってさ」

 二人分のスープカップを持った小野坂が厨房に入る。

「おぅ。あの二人気持ちええくらいによう食うなぁ」

「まだ育つ気かよって。二人の分は俺がやります」

「頼むわ、こっちはもうちょい掛かりそうや」

 嶺山はオーブンとにらめっこしながら返事する。小野坂は堀江と鵜飼のおかわり分をよそってから、里見さんのですか? と声を掛けた。

「おぅ、あの人チーズ好きやろ? せやからついでにパン粉とパセリもふっかけて焦げ目付けてんねや」

「スープは温かいんですからバーナーでも良くないですか?」

「まぁせやねんけど結構な鬼舌やんか、こうした方がアツアツの状態でお出しできるからな」

「確かに」

 小野坂も里見に雑炊を作る機会が多いのでそのことはもちろん把握していて、半年以上滞在している長期宿泊客だからこそ気付けたというものだ。しかしまだほんのひと月程度の交流で直接料理を振る舞う機会の少ない嶺山がそれを知っているのは、自身とのキャリアの差をまざまざと見せつけられる瞬間であった。

「智〜、スープのおかわりまだなんかい?」

 席を立ってからなかなか戻ってこない友を気にした村木が厨房を覗きに来る。

「あぁ、今行く」

 小野坂は二つのスープカップをトレイに乗せて厨房を出ると、食事を終えた旦子がここにある中で最も古いアルバムを広げていた。先日里見が見ていたのでオープン初期の写真であることは容易に想像できたが、以前働いていた頃から気になっていたことがあった。

「旦子さん」

「ん? なした?」

「多分ですけど何枚か差し替えられてますよね、写真」

「ん? そうなんかい?」

 旦子はアルバムから視線を外して何やら考え事をしている。ふぅむ……と小さく唸ると何かを思い出したかのように何ページか戻して凝視し始めた。

「これそうだ……多分衛の仕業だべ」

 旦子は一見するとその場に馴染んでいるモノクロ写真を指差した。その写真には金碗きょうだい八名全員と日本犬が一匹行儀良く収まっている。

「衛さんの?」

「んだ。永いこと忘らさったけどさ、確かに元は違う写真だったべよ」

「どったら写真だったんだべ?」

 村木がその話題に興味を示し、アルバムを覗き込んだ。

「恋人が写らさってたはずだ、私も長いこと見んかったしたからすぐに気付けんかったべ」

「恋人? 衛さんのかい?」

「んだ……確か四〜五枚は一緒に撮った記憶があるしたって、見事に全部無くなってんべ」

 旦子は戻ったページとその裏のページをしきりに気にしていた。

「ところで智、なしてそったらことに気付いたんだべ?」

「このページやたらと紙が焼けててさ、この写真だけ日焼けしてないから浮いてるように感じたんだ。ひょっとして濡れたか何かで天日干ししたことないですか?」

「あるっ! タイギが派手にコーヒーぶちまかさったさ。アレの後処理はわやだったべ」

「確かに言われてみると……」

 堀江たちもアルバムに触れたことはあってもそこを気にしたことが無く、言われて初めて気付くという感じであった。

「衛さんに恋人……」

 小野坂と村木は顔を見合わせて首を振る。

「ん、衛自身封印した過去って認識だったんだべ。遺品整理ん時何も出てこんかったんがその証拠だべな」

「なら触れない方が……」

「いんや、死んだら時効だべ」

 旦子はテーブルを囲んでいる全員に顔を向けてから一度深呼吸をした。

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