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奇跡 その三

 市立病院に入った二人は里見の居場所を尋ねようと受付に走ると、里見が時々出入りしている喫茶店店主と鉢合わせた。

「あんれ? アンタ『オクトゴーヌ』の子だべさね?」

「ハイ。えとっ、喫茶店の……」

「ん、里見なら二階におるべ。確か堀江君いう子が廊下のベンチに座らさってるしたから行けば分かるべよ、わち夜営業があるしたからこれで失礼するけどさ」

「「ありがとうございます」」

「何かあったら報せてけれ、何時になっても構わんしたから」

 彼は喫茶店の連絡先が印字されている名刺サイズのチラシを根田に手渡し病院を出ていった。二人はその情報を頼りに二階に上がると、一階とはまるで別空間かとも思えるほど静まり返っていた。暖房の音が煩く感じるほどに無機質な空間の中、一番奥の突き当たりのベンチで独りで座ってる堀江の姿を遠目から確認できた。

 病院関係者に注意をされた訳ではないが、足音一つが大きく響くこの場所では足音を立てることすら気が引けた。二人は逸る気持ちを抑えながらなるべく足音を立てず堀江に近付く。

「お疲れさん、まんままくろうたかい?」

 鵜飼は周囲の雰囲気に気遣い声をひそめる。

「うん、福島さん……『ルゥルゥ』のご店主におにぎりとお茶頂いてん」

「そうかい、悌は?」

「新幹線で駅弁食べました、ボクここにいますから仁さんは少し休んでください」

「えっ? 悌君かて長距離移動で……」

「大丈夫ですよ、新幹線に運んでもらっただけですから。仮眠もちゃんと取りました」

「悌君こそちゃんと休まんと……」

 と両者とも主張を譲らない形となったので鵜飼が仲裁に入った。

「ここは悌に任せよう。仁は一遍ペンションに戻らさった方がいいべ、今日は義さんも智さんもまともに休めてねえのさ」

「せや、俺夜勤当たってるんやった」

「したらわちらは帰るべ、何かあったらケータイ鳴らせ」

 根田はハイと笑顔で答え、鵜飼は堀江を連れて病院をあとにする。車は堀江と横濱土産を積んで『オクトゴーヌ』に戻ると、『アウローラ』の行列も消えて宿泊客の夕食が始まっていた。

「ゴメン、こんな時に……」

「それはしょうがねぇだろ、緊急事態なんだからさ」

「そうだよ、こっちは何とかなったんだから」

 一日中休む時間も取れずに働いてた小野坂と川瀬は、疲れた表情を見せつつもそれを口に出さなかった。

「取り敢えず何か食っとけよ」

「ん〜、ちょっと前におにぎり食べたんや」

「なら今のうちに仮眠取るか? 俺さっきちょっと寝たから」

「うん、そうさしてもらうわ」

「なら夕飯分の片付けが終わったら起こすから」

「分かった、事務所におる」

 堀江は事務所に移動してソファーに横たわる。思えば生まれてこのかたまともに見舞いをしたことが無く、事務手続きをするのも初めてだった。普段はなるべく穏やかに見せているが、彼自身はかなり短気な性格だ。『ルゥルゥ』の店主福島と一緒にいたことで表に出さず済んだものの、午前中から何時間も待った挙げ句何の情報も入ってこない状況にはかなり苛々した。

 それだけに連絡をした里見の家族に状況を詳細に伝えられなかったのが心残りだった。彼のきょうだいは外国に縁があるようで、七人中四人が海外で生活していると言っていた。一番近くに住んでいる末弟でも名古屋在住、この日は四国に出張ですぐに駆け付けるのは難しそうだ。

 ペンションの業務はほとんどしなかったので大して動いていないはずなのだが、慣れないことの連続で体は予想以上に疲労していた。体を横にしているだけでまどろみ始め、いつの間にか眠りの世界に入り込んでいた。


 同じ頃、根田はしんと静まり返る病院の通路ベンチに座っている。普段であればケータイをいじるなり持ち歩いている本でも読んでいるところだが、実父以上に父性を感じている里見の安否が気になって張り詰めた気持ちのまま快方を祈り続ける。

「根田君」

 静まり返る病院内の廊下で聞き覚えのある男性の声が響く。そちらに顔を向けると、里見のマネージャー治部がスーツ姿で立っていた。相当急いで来たと見えて肩を上下させながら呼吸をし、僅かであるが着衣は乱れて額に汗が滲んでいる。

「里帰りしてるって聞いてたんだけど」

「予定が一つ無くなって帰ってきちゃいました」

「そう。里見の方は?」

 治部の問いかけに根田は首を横に振った。

「そうかい」

 と根田の隣に座った治部も治療室のドアの向こうを気にかけていると、そこから一人の看護師が慌ただしく飛び出した。その隙間から一瞬だけ中の様子が垣間見え、低音の呻き声も漏れ聞こえた。

「里見さんっ」

 根田はパッと立ち上がってドアの前まで駆け出していた。さすがに中に入ろうとしなかったが、彼の動きに気付いた看護師が慌てて立ち塞がる。

「この先は立入禁止です!」

 強い語気に怯んだ根田は我に返って一歩後ろに下がる。見舞い客の感情的な行動は業務妨害となるので病院側の言い分も尤もなのだが、根田の心情に一定の理解をしている治部が二人の間に入った。

「あの、里見の容態が変わったんですか?」

「只今治療中です、そのままお待ちください」

「それはいいのですが、状況次第では親族の方への連絡が必要になりますので」

「そのままお待ちください!」

 看護師は治部の言い分に聞く耳を持たず、くるりと背を向け冷たい態度でドアを閉め切った。

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