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兆し その二

 それから嶺山は墓参りにも見舞いにも行かず部屋にこもる日が数日続いた。しかしこれまでと違って率先して家事をこなし、ペンションメンバーとの会話も増えている。

「忠さんのあんべはどったら感じなんだべ?」

「何でお前がここの郵便物持ってんだよ?」

 この日も姪っ子に癒やされている村木は上機嫌で『離れ』を訪ねに来ている。リニューアルの準備から携わっているよしみなのか、郵便物を気にしないペンションメンバーの代わりに未だポストを覗く癖が抜け切れていない。

「ん? ポストパンパンだったさ。したから持ってきたべ」

「いや伝えてくれるだけでいいから」

 小野坂が加入してからポストの中身が放置されることは格段に減ったのだが、彼が『離れ』を出て以来再び村木が勝手に気に掛けるようになっている。

「そだ、忠さん宛の手紙来てたべ。おってかい?」

「あぁ、部屋にいる」

「したら呼んでくっペ。忠さーん! 手紙来てっぺー!」

「相変わらず煩ぇ……」

 通常運転でお節介振りを発揮する村木はズカズカと中に入っていく。少し前の嶺山の状態であれば引き留めるところだったが、二階からおぅと反応があったのでキッチンに入ってお茶の支度を始める。

「沖縄からだべ」

 村木は藍色の封書を嶺山に手渡した。

「そっか、多分アイツやわ」

「アイツ? 誰だべ?」

 そんなことまで聞かなくていいだろ……小野坂は友の介入振りに内心呆れていた。

「前おったとこの後輩、パン職人やってん」

「へぇ、再建でも手伝ってもらうんかい?」

「お前それじゃ塚原さんと変わんねぇじゃん、根掘り葉掘り聞きやがって」

 小野坂は三人分のお茶をテーブルに置いて干渉する村木を窘める。

「あったら刑事と一緒にすんでね。そだ、姪っ子の動画観るかい?」

 塚原の名前を出されて機嫌を損ねる村木だがそれも一瞬で治り、今度は姪っ子木の葉をネタに嶺山に構う。

「おぅ、観せてもらうわ」

 その言葉を受けてケータイを操作し始めた村木は、嶺山の隣に移動して木の葉の動画観賞を始める。この後ペンションの業務に入る小野坂は、二人に『離れ』の留守を任せることにした。

「おはようございます」

 ペンションの事務所入口から中に入ると堀江が帳簿を付けている。本人はこういった事務業務を得意としていないが、大きさの揃った筆圧の強い文字を書くため几帳面さが伺える。小野坂も過去の仕事先で事務業務をすることがあったが、デスクワークが苦手な上に文字にコンプレックスがありできることなら避けて通りたい業務であった。

「おはようございます、早いね」

「礼が煩ぇから早目に出てきた」

「そうなんや、ほなちょっと相談があるんや」

 相談という言葉が出てきたので、小野坂は堀江の向かいのソファーに座る。

「実は花屋さんが営業車を買い替えることにしてんて。んで、その車を譲り受けてお客様の送迎車にせぇへんか? って信から打診されてるんや」

 ここ『オクトゴーヌ』内で運転免許を取得しているのは小野坂のみなので、いくらオーナーとは言え無免許の彼では決断しかねていた。

「案自体は良いと思う。ただ路面電車が坂のすぐ下を走ってるからアクセスもそう悪くねぇし、ここのお客様って案外車を利用されてるだろ?」

 現に小野坂自身が自宅アパートから車でここまで通勤している。駐車スペースはペンションが四台分、『離れ』は二台分あるが、既にペンション専用のコンパクトカーがあることとカフェ客の車利用率が高いために時として埋まってしまうこともままあった。

「花屋さんの営業車ってことはワゴン車だよな?」

「うん、そう聞いてる」

「返事は急ぐのか?」

「ううん、雪が溶けてからでもええって」

「そっか。俺ちょっと良い考え浮かんだんだけど」

 小野坂は脳内に浮かび上がっているアイデアを話して聞かせてみる。

「あぁ、それ良えかもな。一遍それで話してみよ」

 堀江はそれに賛同して頷いた。


 退院を三日後に控え、雪路の足も順調に回復していた。このところ兄が姿を見せないので、鵜飼が仕事の空き時間を見つけてリハビリに立ち合っている。そんな彼に思いを寄せている雪路にとっては嬉しい誤算とも言えた。

 一方の鵜飼は来年度の【壁画大作戦】に向けて、根田と同じく色彩感覚に優れている雪路を高く評価している。同じ思いを持っている訳ではないものの、彼女と一緒にいることが楽しく感じられてリハビリの相手も自ら率先して引き受けている。

「忠さんこの前炊飯器でパンを作ったんだべ」

「へぇ、変に職人めいてるとこあるから前はそんなことせんかったのに」

「そうなんかい? そもそもは悌が強力粉と薄力粉を間違えしたからだって聞かささってるけどさ」

「そうなんや、【怪我の功名】言うやつやね」

 二人は顔を見合わせて笑い合う。

「けどその方が安心やわ」

「なしてだ? 顔見せてくれる方が安心せんかい?」

 嶺山きょうだいの仲の良さを見ている鵜飼にとってその言葉は意外だった。

「お兄ちゃんはじっとしとく性分やないんよ、あんなしょっちゅう見舞いに来られても逆に『大丈夫かいな?』って思うてしまうわ」

「そういうもんなんかい?」

「そういうもんよ」

 雪路はほっとしたような笑みを浮かべているとドアのノックオンが聞こえてきた。歩けるようになっている雪路がベッドから出ようとするのを静止して鵜飼がドアを開けると、塚原父子が手土産を持って立っていた。

「あんれ? 珍しい人が来ささったべ」

「どうも、見舞いに伺いました」

「こんにちは」

 父の足元に立っていた照は鵜飼に向けてぺこりと頭を下げる。

「こんちわ〜」

 鵜飼は照に挨拶を返してから二人を招き入れた。

「この度はお世話になりました」

「いえ、本来であれば謝罪するべきなんです。事態を未然に防げなかった訳ですので」

「けど犯人は逮捕されたんですから再犯は防げてるじゃないですか」

「そうは仰いますが……」

 塚原は普段と違い口調の歯切れが悪い。

「皆さん謝ってばっかりやないですか、こんなのって完璧に防げるものでもないのに何で責任を感じるんです?」

「みんな?」

 えぇ。雪路は犯行前の犯人に出会い、事態を止められなかったことを謝罪してきたと話した。それを聞いた塚原は失笑して面目無いですと言った。

「それはむしろ俺たちが言ってることです。事件を引き起こしたのは犯人自身なんだって……けどこれじゃブーメランだ」

「ブーメラン?」

 照は父が放った言葉に反応して不思議そうにしている。

「人に言った言葉が自分に返ってくるってことだよ。馬鹿って言う奴が馬鹿みたいな」

 ふぅん。照は塚原を見上げてから雪路を見る。

「パンやのおねえさん、こめこパンはいつからたべられますか?」

「照、今言うことじゃないだろ?」

 塚原は息子の正直な言葉を窘めたが、雪路は特に気にするでもなくにこやかな表情を崩さない。

「私には分からないけど兄には伝えておくね、『米粉パンが食べたいってお客様がいらしてるよ』って」

「すみません、余計なことを申しまして」

 塚原はバツが悪そうに頭を下げる。

「いえ、兄にはそれくらいの喝が要るんです」

「しかしあれだけの被害に遭われて……」

「だからっていつまでも被害者だって甘えてられる訳やないんです。時期が来たら動かなあかんのですし、祖父母の故郷に錦を飾る言うて自分の意志で関西から渡ってきたんです。兄だってそんじょそこらの覚悟で店舗を構えた訳やないと思います」

 塚原には雪路が眩しく見えた。住んでいる自宅が放火されたことで現在入院中、半年遡れば自身が不覚を取られたせいで犯人の人質になるという悲運にも遭わせてしまった。それなのに誰かを責めること無く、現状を受け止めて前だけを見つめている。彼女の芯の強さを目の当たりにして、謝罪そのものが自身の思い上がりではないかと恥ずかしさすら込み上げてくる。

「『アウローラ』の再開、お待ちしています」

「はい、その際は是非いらしてください」

「えぇ。私たちはこれで失礼します。帰ろう照」

 塚原は照の手を引いて病室を後にした。

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