命を宿す その一
調布が東京に戻って以来、小野坂はある決意を固めていた。近いうちにこの『離れ』を出て彼女と共に生きていく……このところ時間を見付けては新居探しで不動産屋を巡っており、ようやく条件に合いそうな物件を見付けて取り敢えず仮契約を済ませたばかりだ。
その事はオーナーの堀江には話していたが、この日はたまたまペンションで四人揃っており、村木、鵜飼も居合わせているのでこれを機に皆に報せることにした。
「来月末で新居に引っ越すことにするよ」
その話題に村木のなして? 攻撃が始まる。
「独り暮らしじゃなくなるからだよ」
「なした? お母ちゃん呼ぶんかい?」
「何でだよ、再婚してるのに」
「再婚? んなの初耳だ」
村木は小野坂の母江里子の再婚を知らされなかったことに拗ねている。
「親の再婚話は別に言わなくて良いだろうが」
「何ぬかしてんだ、知らねえ仲でもねえのにさ」
「お前ホント面倒臭ぇ」
このままでは話が前に進まないと村木の無視を決め込んだ。
「まぁそういう訳だから」
「ついに決めたんだね、調布さんとのこと」
事情を知っている川瀬はホッとした笑顔を見せる。
「あぁ、まぁな」
小野坂もつい先日とは違い晴れやかな顔付きをしており、堀江も安堵の表情を浮かべて頷いた。
「調布さん? 誰だべそれ?」
「先週までウチで宿泊されてたお客様だよ」
このところ盆踊り大会の忙しさに追われ、ペンションの出入りが最小限に留まっていた村木にはイマイチ話が見えておらず、独り取り残された感が気に入らないとまたも拗ねる。
「決めたって何をさ?」
「多分その調布さんと暮らすことだべ」
「智、おめえ客に手ぇ付けたんかい?」
「違うべ、前アンタから聞いた初恋の……」
「へっ? そったらこと、いつ話した?」
「一昨年。アンタ酔っ払って『もう時効じゃあ~!』ってぶちまかさってたさ」
鵜飼は村木にそう教えたが、記憶に無えとキョトンとしている。
「覚えてねえんかい?」
「知らね、オレはんなことしてね」
「分かったって」
鵜飼はそれ以上の追及を諦め、肩をすくめて小野坂の方を見た。
「それとさ、カフェで揉めてるのが聞こえちまって」
「そっか、それで……」
ばつ悪そうに話す鵜飼だったが、小野坂は大して気にしていない表情だったので話はそのまま続く。
「荷物運び出すの、少ししか無ぇから自分でやっつけようかと思ってる」
「時間がある時にゆっくりやったらええよ。この後誰が入る訳でもないんやし」
「そうですよぉ、焦る必要なんて無いじゃないですかぁ」
根田は他の面々とは違う事を考えていた。彼は四人での共同生活にすっかり慣れきっており、同居人が減るのを寂しそうにしている。
「この際五人で暮らしませんか?」
「いやいやそれはどうだべか? したって二人は恋人同士、やりたいこともあるべさ」
「敢えて言葉にしなくても……」
鵜飼のストレートな発言に川瀬は苦笑いする.
「ところで、不動産屋さんてどこを利用したの?」
「大悟さんの知り合いの方が経営してる所だよ」
「あぁ、あそこね。『DAIGO』の従業員さんもお世話になってるし、お兄さんの同級生だそうだよ」
「らしいな。あそこでも言われたんだよ、『他人の空似にしてもよく似てる』ってさ」
「確かにね。僕も写真で見たことあったから最初は驚いたよ」
川瀬も一喜氏の話は聞いたことがあり、小野坂と二人でひとしきりそのことに触れた。話が一段落したところで、これまでただ黙って聞いていただけの堀江の脳裏にちょっとした疑問が浮かぶ。
「智君?」
「ん? 何だ?」
「前働いてた時はどうしてたん?」
「ここで衛さんと暮らしてた。当時は独身寮みたいなもんだったから」
「どおりでひと通り揃とった訳か」
堀江はここでの生活を始めた当初を思い出していた。この『離れ』は当時のまま、三階建てで八人が住める設計となっている。
「そう言えば礼君も一時期ここに居たよね? 遠さんと香世子さんも一緒に」
「んだ、店の改装ん時だべ。三年位前ん話さ」
「それでか、あの店前居たときぼろっちかったのに。床でも抜けたか?」
改装前の『赤岩青果店』を知っている小野坂は、一人違うところで納得していた。
「『ぼろっちい』ぬかすな! オレあのがっちゃさなまら好きだったのにさ……あっ、電話だ」
村木はポケットの中に入れているケータイの振動に反応し、画面をチェックすると叔父の赤岩からの着信だった。
「社長だ」
仕事の上では社長と社員の関係なので、店を開けている時間帯だけは『社長』と呼んでいる。
「はい」
村木は従業員口調で通話に出る。しかし内容が仕事絡みではなくすぐさま親戚同士の会話に変わっていた。最初のうちは明るめの口調だったのが、少しずつ表情が真剣になって込み入った話なのか皆の輪から離れて通話を続ける。
「どうしたんでしょうか?」
普段あまり見せない顔付き村木が気になった根田はその背中を目で追い掛ける。他の四人も多少気にはなったものの、人の家庭の話にむやみに踏み込むものではないとそのまま小野坂の引っ越しの話に戻した。
しばらくして通話を切った村木は再び輪の中に戻ってきたのだが、テーブルに置いていた革製キーホルダーを掴むと『離れ』から出て行く。
「帰んべ、したっけ」
「うん、また明日」
五人は急ぎ足で帰路に向かう村木の背中を見送ると、根田が何かあったんでしょうか? と呟いた。
「彼ああいうの珍しいよね? 多分明日になれば元に戻ってると思うけど」
「だな。『実は昨日さ』なんて訊ねもしねぇのに自分から話し掛けてくるよ」
小野坂の言葉に納得した四人は、明日になれば分かると余計な詮索はしなかった。




