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決意 その三

 それから数日後の夜、旦子の提案で商店街主催の盆踊り大会をダシに小野坂と調布にデートをさせようという話になった。そこで『オクトゴーヌ』のメンバーを利用して調布を誘い出し、かつ彼女自身が着用していた浴衣を貸して近所の行き付けの美容室でドレスアップさせる。一方『オクトゴーヌ』館内はチェックインの時間帯以降意外と忙しくなり、なかなか切り良く仕事が終わらない。

「智君、そろそろ上がってええよ。明日に備えて」

 何とか二人の時間を確保させたい一同は小野坂に仕事を切り上げさようとしたが、旦子のサプライズ計画を知らない彼は、そうはいかないと手を休めない。

「こんばんは~、手伝うよぉ」

 祭りの出店販売で『アウローラ』の営業を休んでいる雪路が、小野坂の仕事を切り上げさせる切り札の一人として『オクトゴーヌ』の仕事の手伝いを申し出る。

「じゃあテーブルメイクお願い」

「はぁい」

 雪路は早速根田に付いてカフェに出ると、今や慣れた手つきで手伝いを始める。

「智君、ユキちゃん来てくれたから明日に備えてもう上がって」

「これ済んだら上がるよ」

 すると今度は同じく祭りの運営を手伝っているはずの鵜飼の母八重(ヤエ)が姿を見せた。

「おばんです、今日はもう終わったしたからちょびっとくらいなら手伝えるべ」

「ホントですか? 助かります」

 堀江は彼女も招き入れ、カフェの客が使用した食器を洗い始める。珍しくやたらとご厚意に甘えるオーナーの態度を訝しげにしている小野坂だったが、それでも仕事を切り上げない。

「おばんですぅ、今日は随分わやそうだべねぇ」

 それから間髪入れず赤岩の妻香世子(カヨコ)まで現れて、夫同様慣れた様子で厨房の手伝いを始める。彼女もまた旦子が用意した切り札の一人なのだが、堀江は何も知らない振りをしてそうなんですよと笑顔で答える。

「出店の方は大丈夫なんですか?」

「うん、店の営業が終わって遠君来てくれたからぁ」

 それにしてもやたらと手伝い多くないか? 小野坂は少々変に思いながらも仕事を切り上げないままでいると、遂にしびれを切らした真打ちが厨房入口から中に入る。

「智君ちょびっと来てくれないかい?」

「え? どうかなさったんですか?」

「いいから早くいらっしゃいな」

 旦子は有無を言わせず小野坂を外に連れ出し、手にしていた大きめの紙袋を差し出した。

「これ持って『離れ』に入って」

「へっ? 何なんです? これ」

 袋の中を覗いてみると紳士用の和服らしきものが入っている。

「すぐそれに着替えて、とにかく急ぎなさい」

「はぁ」

 誰も彼女には逆らえず、小野坂は言われた通り紙袋を持って『離れ』に向かう。その頃浴衣に着替えてメイクアップを施していた調布は、八十五歳の現在でも運転をたしなむ旦子の車の中に隠れていた。

「急に『着替えろ』って……」

 『離れ』の自室に入って和服らしきものを取り出して広げてみると、ライトグレーに程近い色をした麻製の甚兵衛だった。何気に裏地にも目をやると、彼女の亡き長男の名である【一喜(イッキ)】と刺繍は施されている。こんなの着ても良いのかな? 小野坂は躊躇しつつも、急ぎなさい! と言われている手間それに手を通す。着心地はとても良く、まるで示し合わせたかの様にサイズも丁度よかった。

 一喜氏の話は先代である衛氏から聞いた事があった。彼は大悟の異父兄にあたり、歳も十五歳離れていた。金碗きょうだいによく懐き、成長してからは料理人として母と共にここの厨房に立っていた。ところが三十歳の時、旅先で乗っていた電車が脱線事故に遭い命を落としてしまった。

 その彼と小野坂とのルックスがよく似ているらしく、旦子は知り合って最初の頃はよく涙ぐんでいたそうだ。

 『一喜が甦ったかと思ったべさ』

 衛さんもそんな事仰ってたな……と回顧しながらも着替えは無事完了した。

「久し振りにアレ、履くか」

 普通の靴では合わないと判断した小野坂は、クローゼットの奥に仕舞い込んでいた下駄を取り出した。それは彼の祖父が生前使用していた物で、十二歳の時に亡くなった形見分けとして譲り受けて以来時々履いているお気に入りの代物だ。

「そう言えばこっちに来てから履いてねぇな」

 花緒のみを新調している下駄を持って下に降り、久し振りに足を通す感触を確かめながら外へ出る。

「直さんで良かったみたいだべ」

 旦子は息子の甚兵衛を着用している小野坂を満足げに見つめていた。

「そうして見るとますます似てきたべ」

「そうですか?」

 彼女はもう涙ぐむ事は無くなったものの、感慨深げな表情を浮かべている。

「準備出来たべよ」

 旦子は自身の車に向けて声を掛けると、中から浴衣姿の調布が気恥ずかしそうに車から降りた。

「どうしたんだよその格好?」

「えっ? 正直何て答えれば良いのか」

 彼女は返事の仕様に困ってモジモジしている。

「まったく何してんだべ? 男ならさっさと誘いなさい!」

「誘うって何に誘うんです?」

 そう言ってから小野坂は何かに気付いてはっとする。夜になって急に手伝いが増えてきた事、旦子が浴衣姿の調布をここに連れて来た事、そしてわざわざ自身にこの服に着替えさせた事。

「そういう事ですか」

 ようやくこの流れが一本の線に繋がった事に気付いた小野坂は、皆の行動を理解して調布の前に歩み寄った。

「行こうか、盆踊り大会」

「うん」

 小野坂の誘いを受けた調布は、差し出されている右手をそっと握って彼の顔を見た。二人は手を繋いでペンションを出ると、会場となっている商店街の方へ歩き出す。

「やっと行ったべよ」

 二人の後ろ姿を見送っていた旦子は、外が気になって出てきていた堀江に向けて満足げにそう言った。

「すみません、お手間取らせてしまいました」

「良いべさ、暇したから。アンタも一度行っておきなさいな、盆踊り大会」

 旦子は笑顔で車に乗り込み、颯爽と走り去った。

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