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好意と嫌悪 その三

 そして夜、ペンションの夕食ラッシュを終えてから根田の誕生会が『離れ』で開催する。まずは川瀬が作ったバースデーケーキでお決まりの歌から始まり、鵜飼が自宅から持ってきたカスタマイズ済みの自転車を披露した。

「これボクの自転車……壁画と同じイラストが描いてあるー!」

 根田は嬉しそうに自転車をあらゆる角度から眺めている。

「ごめんな、ちゃんとしたプレゼント用意出来ねかったしたから。せめてそれっぽいことすっぺって皆で相談したんだ」

 鵜飼は全員からと言って自転車を返すと、根田は嬉しそうに一生大事にする! と喜んでいた。

 料理は全て川瀬が一人で担当し、皆の輪から離れていた。それが気になった小野坂は台所に入る。

「後にしたら? 手伝うからさ」

「大丈夫、気にしないで」

 川瀬はその申し出を辞退し、一人黙々と作業をしていた。それじゃ仕事と変わんないじゃん。そう言いたくなるのをぐっと堪えて皆の輪の中に戻ったが、このところの川瀬の態度が妙に気になる小野坂には少し後味の悪いパーティーになってしまった。


 根田の誕生会を過ぎた辺りから、川瀬は皆と距離を取っている様子だった。接し方、話し口調こそいつもと変わらないが、見えない壁を作って更に取っ付きにくい印象を与えていた。

「義君一体どうしちまったんだべ?」

 お節介な村木はそれが気にになり、やたらと川瀬の傍に張り付いている。

「止めろ、あんま干渉してやるな」

 小野坂は逆効果だとたしなめるが、用も無いのに声を掛けてみたり、必要無いのに無理に手伝ってみたりしてはあっさりかわされていた。

「けどさ、変でないかい? 元々一歩引くタイプしたってあんなでねかったべ」

 村木はどうしても気になってしまい、川瀬の動きを観察……の域を超えて凝視していた。そんな中、こんちわ~といつもより少し早い時間に鵜飼がペンションにやって来る。

「早いな、今日は」

「んだ、回収終わったらユキちゃんを病院に連れてく約束してっから。忠さん店空けらんねってさ」

「そっか、どおりで俺フロント業務な訳だ」

 小野坂はこの日『アウローラ』でのアルバイトを入れていて、朝一番に嶺山からのメールを受信したばかりだった。

 鵜飼はいつものように奥に入って川瀬にも挨拶をする。しかしこの日の彼はいつにも増して丁寧で、普段人の事を干渉しない鵜飼もなした?と訊ねる始末だった。

「ん? 何も無いよ」

 平然と笑顔でかわして普段通りに仕事をこなす。

「そうかい? なら良いけど」

 鵜飼もそれ以上の追及はせず、自身の業務を終えると本当にさっさと『オクトゴーヌ』をあとにした。そんな中、嶺山が珍しい時間にやって来て、村木を見つけると笑顔で近付く。

「そう言や義君、来週末誕生日やんな? 主役に料理作らせるんもアレやから俺作ったるで」

 嶺山は川瀬が居るのでなるべく小声で話をする。しかし同じ空間だと耳に入る危険性があるので、村木が『離れ』に誘って厨房を出ようと立ち上がる。

「んじゃ、したっけ」

「何普通に『したっけ』とか言ってんだよ? お前が『離れ』に誘うのはどう考えてもおかしいだろ?」

「別に良くないかい? オレと信は合鍵持ってんだ」

「だったら返せ、準備期間中に持たせてもらってただけだろ?」

 小野坂はそう言って右手を差し出すも、村木はヤダと舌を出す。

「これは衛さん直々に渡された物したから、まずは断りを入れねえと」

 そんな幼稚なやり取りに嶺山は苦笑いする。

「あんま時間無いんや、その話後にしてくれんか? それと智、三時やから遅れんな」

 結局二人は『離れ』に移動して誕生会の計画を練り始めた。


 その時期辺りから、川瀬の堀江に向ける視線が徐々に険しくなっていく。少し前からそれが気掛かりだった小野坂だが、最近顕著に表れるようになり、村木ではないが何となく目が離せなくなっていた。

「最近難しい顔してるけど何かあったのか?」

「何も無いよ、どうして?」

 川瀬は一切の動揺を見せず笑顔で答える。

「考え事、してるように見えたから」

 あまりに自然過ぎる返答に、小野坂の方が少しうろたえた口調になった。

「ある意味常に考え事はしてるかな。毎日お客様にお出しする料理はどうしよう、出したらそれでどう評価されてるかが気になったりね」

 そう答えると少し距離を置き、黙々とデザート作りに取り組んでいる。何?この取り残された感……小野坂はそれ以上何も言えず、モヤモヤした気持ちだけが胸につかえていた。 

「何か気持ち悪ぃ」


 翌日、最近張り込みで忙しかった塚原がしばらく振りにひょっこりと現れた。この日は川瀬が店番をしており、いつものように淡々とした接客でコーヒーを出す。

「今日は一段と余所余所しいね」

「そうでしょうか? ごゆっくりどうぞ」

 川瀬はすっと厨房に消えていく。指定席から厨房は見えないのだが、何となく奥を覗こうと腰を浮かせている。

「ひょっとしてひょっとしたりするのかな?」

 塚原の脳裏にある事実が頭をかすめ、今度は移動して厨房を覗きに行くと、ちょうど小野坂が出てきて変な顔をした。

「何してんだよ?」

「ん? ちょっと覗き見」

「勝手に覗くな!」

 小野坂に叱られた塚原は仕方無く指定席に戻るが、それでも川瀬の事が気になって、川瀬君は? と訊ねる。

「休憩中、仁に飽きたら今度は義か?」

 小野坂は村木と同じく過干渉な刑事を見て肩をすくめる。

「ところでさ、今一人?」

 塚原は急に辺りをキョロキョロし始めた。

「あぁ、従業員は俺一人だけど」

 そう言い切ったくらいで彼はコーヒーを持って指定席からテーブル席の一番奥へと移動する。

「ちょっと良い? 聞きたいことがあるん」

「今度は何だよ? 事件めいた内容ならゴメンだからな」

 小野坂は面倒臭そうに付いて行き、塚原の居るテーブルに着くや否や真面目な表情で川瀬の近況を問われた。話すほどのことなのか? とも思ったが、最近輪をかけて余所余所しくなったと話した。しかしもっと具体的な答えを期待していたと見えて、本当にそれだけ? と更に突っ込んでくる。

「それだけ? って言われても」

「広場でパーティーした日、川瀬君に声掛けようとしてたよね? 何が気になった訳?」

 小野坂はあの日川瀬が見せた複雑な表情を思い出していた。どうしよう? 話して良いものか悩んだが、一人で抱えるにはもて余すようにも思えたので正直に話すことにした。

「あの日、仁を見る義の視線がいつもと違うような気がしたんだ。ただ何があったのかは知らない」

「なるほど、そういう事か」

 塚原は納得したように頷いていた。

「で、今はどう? その日から変わってない?」

 塚原の口調は訊ねるを超えて尋問に近くなっていた。え? 何? 小野坂は彼の意図が分からず眉間にシワを寄せる。

「ちゃんと答えて、大事なことだから」

「分かったよ」

 小野坂は刑事特有の凄みに圧されて塚原を見た。

「最初に見たのは塀の絵が完成した日で、その時はまだ好意の中にちょっと嫌悪感が入り混じってる程度だったんだ。ただこの二~三日でそれが逆転したみたいで、さすがに気になって話し掛けたけど上手くかわされちまってさ」

「そっか、川瀬君何か気付いてるみたいだね。ここで言える内容じゃないけど、とにかく目を離さないで」

 そう言い終えたタイミングでフロントに置いてあるベルが鳴り、小野坂は内容が気になりつつも業務に入る。

「ちょっと出掛けてきます」

 小野坂がフロントに入ると、女性二人組の宿泊客が鍵を預けに来ていた。それを受け取って行ってらっしゃいませと声を掛ける

「夕食は港近くのバーで飲み明かす予定にしてるんです」

「夜中になるかも知れませんが、門限ってあるんですか?」

 彼女たちは羽目を外す気満々な様で、時間を気にせずにいたいらしい。

「深夜零時で鍵は掛けますが、必ず一人は常駐しておりますのでごゆっくりお楽しみくださいませ」

 その言葉に女性たちは一安心して出掛けて行き、預かった部屋の鍵を外出中枠に振り分けて、戻りが夜中になることをメモしておいた。すると堀江が商店街の寄合から戻ったので、メモは付けていたが外出した女性二人組の事を伝える。

「【コスモス】ルームのお客様、戻りが夜中になるって」

「分かった、ちょっと着替えてくる」

 堀江は笑顔を見せると一旦『離れ』へ向かう。塚原は堀江が居なくなったのを見計らって死角になっている壁からフロントを覗き込み、ごちそうさんと言って代金を代金を支払う。

「くどいようだけど、あの二人に注意向けててね」

 塚原は妙に刑事らしい言葉を残してカフェを出る。

「ありがとうございました」

 小野坂は営業用口調で塚原を見送った。

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