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一方通行 その二

 フロントでは堀江もようやく落ち着きを取り戻し、根田が接客を始めている。しかしすぐ厨房に引っ込んできて小野坂の前に立った。

「追加注文入りました、あとはボクがしますんで。『今日は智ちゃんが良い♪』ってご指名です」

 はぁ? 小野坂は塚原のわがままにイライラしてしまう。

「ここはキャバクラじゃねぇんだぞ! お前もあっさり下がってくんな!」

「別に良いじゃないですか嫌われてるより、断って変なトラブル起こすよりその方が平和ですし。大きなホテルとかなら問題あるでしょうけど」

 根田は小野坂を厨房から追い出す。仕方無くカウンターに入った彼を塚原は嬉しそうに智ちゃん♪ と手を振った。小野坂は嫌そうながらも客に近付き、傷は? と訊ねる。

「多少の痛みはあるけど大した事無いよ。一週間もすれば傷口は塞がるってさ」

「そう、なら良かった」

 多少の照れがあるのか、塚原の顔を見ないまま言った。その態度に塚原はにんまりと笑い、体を動かして小野坂の顔を覗き込もうとする。

「追加注文したんだって?」

「うん、日替りデザートってのも頼んだんだ。この前川瀬君が作ったパウンドケーキ、あれば美味しかったからね」

「それは本人に言ってやって。それとアラサー男に『ちゃん』付けはやめてくんない?」

「良いじゃん、俺らマブだろ?」

 またそのくだり? 小野坂は面倒臭そうに塚原を見る。

「あのさぁ、否定されるの分かってて振ってくるの止めてくんないかな?」

「え? 何? まだヤなの?」

「ヤダよ!」

 結局は病院と同じ展開になってしまい、小野坂は若干疲れたという態度を取る。すると塚原は急に思い出した様に彼女居るの? と訊ねた。小野坂は急に話題が変わったことに付いていけず、え? と聞き返して客の顔を見る。

「何で急にそんな事?」

「昨日途中になったままだったから、君の恋バナ」

 塚原に昨夜の事を蒸し返されて小野坂の表情が変わる。少し間を置いてから居ないと答えたが、まるでガードするかの様に、悪いけどと口調も表情も冷ややかなものに変わっていた。

「その話するつもり無いから。それに聞いたところで面白くも何ともねぇぞ」

「そう、仁君の気持ちをどう理解したのかを知りたかったんだけど」

「それはあんたの方が分かるんじゃない? 俺には皆目」

 小野坂は話を打ち切って厨房に入る。程なく追加注文のデザートを出したのだが、結局恋の話をする事は一切無かったのだった。


 それから数日が経ち、熱を出して寝込んでいた鵜飼が仕事に復帰して『オクトゴーヌ』にやって来る。ちょうどベッドメイクを終えた根田が裏口まで出迎えに走り、嬉しそうに抱き付いた。

「お帰りなさい!」

「ただいま、って僕ん家ここじゃないべ」

 根田は相当寂しかった様で、飼い犬ばりにまとわり付いている。外の掃除を終えて戻ってきた小野坂は、そんな二人を不思議そうに眺めていた。川瀬は厨房でお菓子を作っており、堀江はカフェの清掃に勤しんでいる。

「このクソ暑いのに何ベタベタしてんだよ?」

「良いじゃない、悌仕事が手に付かないくらいに心配してたんだから」

「まぁ、そうだけどさ。毎日見舞いに行ってたんだから顔は会わせてるだろうが」

「でもやっぱり元気な顔を見たいじゃない」

 小野坂の毒舌に川瀬はにこやかに返す。小野坂は何故か川瀬の穏やかさには勝てずすぐに矛を収めるので、最近は暴言を吐きそうになると、堀江が川瀬を近付けて黙らせる作戦をこっそり実行していたのだった。

「それより信、『アウローラ』には寄ったのか?」

「ハイ、さっき間食買いに。雪路ちゃん元気そうしたって、カウンセリング受けてるって」

 鵜飼は先日の事件を思い出し、人質にされてしまった雪路を案じている。

「あぁ、普段は元気にしてるけどあんま眠れてないらしいんだ。忠さんめちゃくちゃ心配してんだよ、歳が離れてるだけにな」

「そうですよねぇ、ただ怪我とかが無くて良かったべ」

 鵜飼は自身の手柄を他人事の様に回顧している。

「何で他人事なんだよ、お前の手柄じゃねぇか」

 小野坂の言葉に照れ臭そうに笑っている鵜飼に、川瀬が夜勤中に作ったゼリーを差し出した。皿には二種類乗っており、一つは黄金色、もう一つは濃い紫色をしていた。

「新作だべか?」

「ここではね。『DAIGO』時代に試作品で作ったんだけどボツになって。久し振りにレシピ見つけたからちょっと材料変えたんだけど、味見してもらって良いかな?」

「良いですよ」

 鵜飼は嬉しそうにそれを受け取ると早速口に入れる。黄金色のゼリーは優しいハーブの香りが口いっぱいに広がり、紫色のゼリーは甘酸っぱくて爽やかな香りが彼には馴染みの味だった。

「ラベンダーとハスカップだ。これなまら美味い、絶対人気メニューになるべよ」

「良かった、ここのメンバーはハスカップが苦手で。礼君は両方苦手でしょ?」

 川瀬は一度ボツになっている作品なだけに、後押しする言葉が欲しかった様だ。

「あいつ札幌出身なのにな」

「そうそう、北海道と言えば的な食べ物結構苦手なんだべ」

「行者にんにくもダメだよな、あと何だっけ?」

「魚介類ほとんどダメですよ、蟹とか海老とかはアレルギーがあったはずだべ」

「礼君基本生ものが苦手みたいだね、刺身とか海鮮丼とか食べてるの見た事無いから」

 三人は村木の苦手な食べ物の話題で盛り上がり始め、根田には付いていけなくて蚊帳の外になってしまう。

「トマトゼリーって北海道の食べ物ですよね?」

「残念だけどそれは食うんだよ」


 その頃堀江は鵜飼とどう顔を合わせようか悶々と考えていた。今は無理に寄っていかない方が良いよな?でも病み上がりだからせめて大丈夫? くらいの言葉は掛けよう。そう心に決めて掃除の手を一旦止めると鵜飼の方から、あのと声を掛けた。

「おはようございます、もう大丈夫なん?」

 堀江が緊張した面持ちで話し掛けると、鵜飼はうんと頷いて顔を逸らす。

「仕事はちゃんとしますんで」

 それだけ言うと軽く会釈して溜まっていた洗濯物を運び出した。根田も一緒にその作業をしていると、この日は予約客が少ないのを良い事に手伝いを買って出る。

「え? 良いのかい?」

「暇そうなんで多分大丈夫でしょ、オーナーに許可貰ってきますね」

 根田は一旦堀江のところに行き、物の一分もしないうちにエプロンを外して戻ってきた。

「OK貰いました、行きましょ」

「うわぁ~助かるぅ」

 二人は車に乗り込んでペンションを出た。


「日ハム最下位脱出したべ」

「交流戦に入ってから調子良いですもんね」

 車内の二人は他愛もない話題で盛り上がっていた。『クリーニングうかい』では『オクトゴーヌ』以外にも数件のペンションや民宿にも出入りしていて、鵜飼にとっては毎日通るルートを回って洗濯物を回収していく。

 近所のペンションは言わば競争相手となるのだが、この辺りのペンションはお互いが切磋琢磨して街全体を盛り上げようとする風潮の方が強くて、道外出身者だらけの若い従業員で構成されている『オクトゴーヌ』の面々に何かと親切にしてくれている。その中でも最年少の根田は、鵜飼にくっついて訪ねる事もあって皆に慕われていた。

 根田の手伝いのお陰で仕事がはかどった鵜飼は、いつものルートで自宅兼店舗に戻る際に毎日見掛ける大きくて真っ白な美しい塀の異変が気になっている。

「まただ。何とかなんねえかなぁ?」

 最近無彩色のカラースプレーでイタズラ描きがされる様になり、数日振りに見るこの日も新たに汚されていて寂しそうに見つめていた。根田もつられてそれを見る。

「もっと綺麗に描けば良いのにね、例えば色を付けるとか」

「色だけの問題でねえべ、あれには魂込もってねしたから見てて嫌な気持ちになる」

 鵜飼は嫌そうにそう言うと、信号が替わったタイミングで再び車を走らせた。

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