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覗き見 その二

 外でのトラブルはあったものの、十六名の団体客への影響は特に無いまま二泊三日を乗り切った。その中で【シオン】ルームを利用していた二人組が、根田の誕生日が近い事を知ってプレゼントを準備していた。

「あの、大した物ではありませんが、お誕生日が近いと伺いましたので」

 二人組のうちの一人が少し気恥ずかしそうに、綺麗にラッピングされた小さな箱を手渡す。根田は宿泊中の間でこの女性二人と親しくなり、昼の空き時間や夜寝る前のティータイムに言葉を交わしていたのは皆が知っていた。

「どうもありがとうございます。嬉しいなぁ」

 彼は嬉しそうにそれを受け取ると、彼女たちも笑顔になった。

「今度は完全プライベートの時に伺います、その時は一緒に遊んで頂けますか?」

「是非。その時は休みを取ります」

 根田の言葉に女性は喜んで帰っていった。最後に代表の黒髪美女が堀江に、お世話になりましたと礼を言って満足げにこの地を後にしたのだった。

 その直後に、こんちわ~といつものように間延びした挨拶で入ってきた鵜飼は、根田が手にしている小さなプレゼントを目ざとく見付けてニンマリとする。

「何だべ? それ」

「さっきお客様に頂いたんです」

「マジかい? モテんでね~」

 鵜飼はここぞとばかり脇腹を突付いてからかい、根田は根田でそんなんじゃないですよぉと否定しつつも嬉しそうにしている。そんな先輩の姿を眺めていた小野坂は、隣に居る堀江に声を掛けた。

「悌、これが自信に繋がると良いな」

 堀江にその言葉は届いていたが、違う事が頭を支配しており返事のタイミングが遅れる。

「そうだね」

「そいじゃ、外掃除してくる」

 小野坂は一人外に出る。このところどうもピントがずれてる、あの電話以来かな?そんな事を思いながら、ほうきを持って入口の階段から塵を掃き落としていった。


 この日も例に漏れず塚原がやって来る。この時間帯は川瀬と根田が休憩をしているので、接客は堀江に任せて小野坂はカフェの一席でナプキンの飾り折りをしていた。

 引き続きTホテルからの流れ客もあって部屋は満室。忙しくなりそうだ……そんな事を考えていると、この時間には珍しくテレビが点いていてワイドショーを映していた。その中のニュースで、恋人を殺害された男がまだ捕まっていなかった犯人を捜し出した末に殺害したという所謂【仇討ち事件】の概要を報じている。彼自身は初耳だったのだが、四~五日前に起こった事件と伝えている。

 仇討ちねぇ……他人事の様にラジオ扱いで“聴いている”と、コメンテーターらしき男性の言葉に思わず顔を上げてテレビを見始める。

『確か十年ほど前にもこのような事件がありましたねぇ』

 その事件とは京都市内のとあるアパートの一室で起こり、正確には八年前の出来事と報じている。当時十八歳の芸大に通う女性が自宅でストーカーに殺害され、現場に居合わせた当時十七歳の恋人がその場で犯人を殺害した。

 という今思えばそれなりの大事件なのだが、当時彼はこの街に居を移し、改めてここで働き始めたばかりの時期だったため時事問題には無頓着だった。

 こんなの知らないや。そう思って画面を眺めていると、事件の概要と共に映し出された女性の写真に表情が固くなる。その女性とは昨日拾った堀江のパスケースに収まっていた女の子だった。

『女性を殺害したカメザキトウマ被告当時二十歳は、かねてより女性をストーキングしており、ご両親は警察に相談していたと聞いています。ところが彼女は殺害され、恋人が直接手を下したという何とも痛ましい結末の事件でしたね。当時十七歳の被告の行動には賛否両論ありまして……』

『そうでしたね。人を殺すのはいけない、その反面で自分があの立場ならあの選択も一概に非難出来ないなんて世論もありましたから。それによって当時の警察の対応のまずさへの非難を助長する事態にもなりましたからね』

 小野坂はテレビから視線を外し、一人動揺していた。被害者があの写真の女の子だったとしたら、恋人ってもしかして……でも似た顔の人間は世界中を探せば三人は居るとか言うし……考えを変えたかったが上手くいかず、フロントに居る堀江を見ると一人渋い表情でノートを見つめていた。そしてたまたま塚原に視線を移すと、まるでハンターのような厳しい表情で堀江を看視(・・)していた。

 こんな事ってあるのかよ? 昨日見た堀江の写真、先程テレビに映し出された女性の写真、オーナーを看視する塚原の姿、そして事件の概要が小野坂の中で符号してしまう。

 こんなの仁に見せたくない。隣のテーブルにあったリモコンを適当に操作してチャンネルを変えると、普段観る事の無い子供向けの番組が流れ始めた。ワイドショーよりは良いや。そのままテレビを点けていると、塚原が反応してテレビの方に顔を向けて表情を緩める。

「うちの息子、この番組好きなんだよね」

「へぇ……」

 小野坂は余計な事を考えない様飾り折りに集中し、テレビに視線を移さなかった。塚原はそれ以上の長居はせず、ご馳走さまと言って店を出た。小野坂はすっと立ち上がって使用済みのカップを持ち、厨房に入って流し台に置くとそのまま外に出る。入口前の駐車場では塚原がカブに乗るための支度をしており、そっと近付いて声を掛けた。

「あなた一体何者なんです?」

「何者? ってしがない郵便局員ですよ」

 真剣そのものと言った表情の小野坂を見て、言いたい事が分からないと笑い出した。

「そうは見えないから聞いてんだよ」

 小野坂の口調が変わって一瞬変な顔をした塚原だったが、それもすぐに治まってどうしたの? と訊ねた。小野坂はその姿を睨みながら正面に回ると、胸ポケットに入っている手帳をすっと抜き取る。

「ちょっと何してんの?」

 さすがに慌てた塚原は手帳を取り返そうとする。しかし小野坂はそれをかわし、改めてそれを見ると普段そうお目見えする事の無い警察手帳だった。でも何で郵便局員? 真っ先にその疑問が浮かんできた彼はすぐには返そうとしなかった。

「何でそんな格好してんだよ?」

「企業秘密。他言無用でお願いしたいねぇ」

 塚原はさすが刑事という身のこなしで手帳をあっさり奪還すると、今度は抜き取られない様に胸の内ポケットにそれを仕舞う。

「質問に答えてくれたら考えてやっても良いよ。何でケーサツのあんたが毎日のようにここに来てんだよ?」

「それはここのコーヒーが美味いからだよ」

「それで納得するとでも思ってんのか? 最近物騒になってんのと関係があるとか言うんじゃねぇだろうな」

 塚原はその問いに答えず、さっさとヘルメットを被ってカブのエンジンを掛ける。話終わってねぇだろ? 小野坂の声はエンジン音にかき消されてしまい、カブは無情にも走り去って行った。

「何なんだよ一体?」

 小野坂はふと私服姿の塚原とスーツ姿の二人組の男性とのスリーショットを見た日の事を思い出す。その時に感じた胸騒ぎまで蘇って不安な気持ちが襲ってくる。何も起こらなければ良いけど……塚原が去って行った方向を気にしながらも、まだ作業が残っているので厨房経由で中に入り、食器を洗ってから作業を再開させた。

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