乱入 その一
男の子は名乗りもせずいきなり紙切れを差し出した。
「君何しに来たん?」
「面接してっつったじゃん、これ履歴書ね」
堀江はそれを受け取らず首を横に振った。
「本日は臨時休業です、明日にして頂けます?」
「ヤダ」
彼はムッとした表情でその場に座り込む。何やコイツ? 見た目子供と言えなくもないが、会社の面接を受ける態度とは思えぬ素振りに怒りを超えて呆れてしまう。
「来るなら来るで一本電話しよか、話はそれから」
「電話したけど『本日の営業は終了致しました』しか言わねぇんだもん」
それアポ取った言わへん……就活経験の無い堀江でさえもその程度の考えはすぐに浮かんだ。
「さっきも言うたけど今日は臨時休業、業務してへんのに電話に出る訳無いやんか」
「でも何か賑やかそうだったぞ」
男の子はそう言いながら旅行用バッグからくるくるに巻いた冊子を取り出して堀江に見せつける。
「それに【随時受付】って書いてあるぞっ、【随時】っていつでもおけ! って意味なんじゃねぇの?」
それは今週発売された就職情報誌であった。
「よう見てみ、今日の日付は【休業】って書いてあるはずや」
「へっ?」
と折り目の付いているページを広げて動かなくなる。あっ……自身の読み飛ばしに気付いたのか、あからさまにしょんぼりとした顔付きになっているが帰ろうとはせず座り込んだままだ。
「分かったんなら明日にして」
堀江は皿を持って立ち上がった。
「今日でないとダメなんだよぉ」
「は?」
そのまま無視してもよかったのだが、ちょっとした良心が働き足を止めて男の子を見る。
「行くとこ無いんだよぉ」
「駅行ったらぎょうさんホテルあるがな」
「ここペンションじゃん、泊めてよ」
「今日は休業」
「この人でなしっ!」
「勝手に来といて何ちゅう言い草すんねんな」
堀江は駄々をこねる男の子にお手上げと言わんばかりに頭に手を乗せると、厨房に繋がる搬入口から嶺山が顔を出した。
「仁、さっき知らんガキが中覗い……あぁコイツや」
彼は男の子に近付き何しに来たんや? と訊ねる。本人は単純に“訊ねているだけ”なのだが、大柄でガッチリ体型の男相手に軽く怯んでいる。
「おっお命だけはどうか……」
「何訳の分からんこと言うとんのや、何しに来たんや? って聞いとるだけやぞ」
「あっはい、あの、面接……」
と手をプルプル震わせながら紙切れを差し出した。それを受け取った嶺山は、カサカサと音を立てながら広げて中を見る。
「これ就職情報誌の付録になっとるやつか?」
「へい、左様で」
「何で急に時代劇口調やねん……│義藤荘いうんかお前。ん? 何や二十歳なんか」
嶺山は訝しげに男の子こと義藤荘を見やった。
「はい、この度成人式を迎えましてございます」
「おかしな敬語使うな、どう見ても中坊やろ」
「中坊じゃないやい! オレぁ成人してんだぞ!」
「やかましわ、お前アポ取らんと来とるやろが」
一旦は大きく出た義藤だが、低音ボイスの関西弁に首をすくめて小さな体を更に小さくする。
「で、電話はさせて頂いたですよ旦那。しかし『本日の営業は終了致しました』としか……」
「それ取った言わへん、予め名乗って日時決めて初めて面接するんや。今時殆どの会社で飛び込みなんか受け付けてくれへんぞ」
「そっそうなの旦那……?」
彼は子犬のように嶺山を見上げている。
「それとなボウズ、許可無く他所の敷地に入ったら不法侵入になるぞ。今の状況分かっとんのか?」
「うぅっ……」
「ついでに言うとくとな、今この敷地内に警察関係者おんねんぞ」
警察というワードに義藤の表情は凍る。嶺山はスーツの内ポケットからケータイを取り出し、通話する仕草を見せた。
「待って! 待って! 通報だけはご勘弁を〜!」
慌てて駆け寄り嶺山からケータイを奪い取ろうとするが、身長差があって上手くいかずにいる。するとぐ〜っという音が響き、義藤は息を吐いて腹部を押さえた。
「お前腹減っとんのか?」
その言葉にこくんと頷いて恥ずかしげに下を向く。
「飯食うてないんか?」
「へい旦那、今日は何も食べてない……」
「そういうことは早う言え、仁、コイツに残っとる分食わしたってええか?」
嶺山はペンションオーナーである堀江に伺いを立てる。
「構いませんよ。今結婚式の最中やから大人ししとってな」
何はともあれ、入館を認められた義藤はやったぁ! と飛び跳ねて喜んでいる。
「はしゃぎな、つまみ出されんで」
嶺山は義藤の背中を押した。堀江は二人に付いて歩き、再び賑やかな式の中に入っていった。
「義藤荘ってのかい? アンタ」
義藤を伴ってカフェに戻ってきた堀江と嶺山に寄ってきた村木は、珍客を物珍しそうに相手している。
「うん。面接してもらいたくてさぁ」
「そったらこと今日はやっちゃなんね、明日でねえとさ」
「けどさぁ」
義藤が言い訳しようとするのを抑えて、適当に盛り付けた料理をほれと差し出した。
「取り敢えずけぇ、考えるんは後だべさ」
「うん、いっただっきまーす♪」
彼は手を合わせてからフォークを掴み、料理を口の中へ放り込んでいく。腹が減り過ぎているせいで行儀に構っていられず、口の周りにはパン粉やソースを付けていた。それを見ていた村木は慌てんでいいべとたしなめ、鵜飼は側にあったペーパーナプキンを手渡す。
「口元色々付いてんべ」
「おふっ、あんがと」
義藤はそれを受け取って口の周りを拭った。口の中に入っている料理をもぐもぐと咀嚼し、嶺山に向けて親指を立ててみせる。
「美味いか? まだあるで」
その言葉にうんうんと頷き、口の中を空にしてからロールキャベツにかぶり付く。
「うんめぇ! コレ旦那が作ったんで?」
「それはちゃうけど厨房には立っとったで」
「左様で旦那、料理人ですかい?」
最早義藤のおかしな敬語にツッコミを入れる気も無い嶺山は、パン職人やと普通の受け答えをした。
「パン職人とかかっけぇです! 因みにどれをお作りで?」
「アレや。製菓はひと通り作れんで」
とすっかり低くなった三段ケーキを指差した。
「ケーキ作れるとかスゲェ!」
「食うか?」
「へいっ! 是非にっ!」
義藤は子供丸出しの笑顔で頷いた。食欲旺盛な珍客を見ているのが楽しいのか、嶺山は面白がって世話を焼いている。お手製ケーキを待ちながら残りの料理を平らげ、遠目で客人に囲まれている新郎新婦に視線を向けた。
「ここってペンションじゃん、何で結婚式なんかしてんだ?」
「従業員が入籍したからお祝いしようって話になったんや。ついでに言うと今日はリニューアル一周年やから臨時休業にしてる」
堀江はそう答えてからカウンター席でホットティーを飲む。
「へぇ、仲良いんだな」
「うん、良い方やとは思う。皆似たり寄ったりの年齢やから」
「そうなのかぁ。ところでオーナーの堀江さんってあの新郎さんか?」
義藤は見た目しっかりしていそうだという理由で新郎である小野坂をオーナーだと推察していた。
「いや俺やけど」
「へっ? そうなの?」
どこをどう見ても二十代男性にしか見えない堀江を見て目を丸くする。
「えーっとぉ、何歳?」
「二十六」
「マジィ? 九しか違わないじゃん」
「自分二十歳やろ? 計算おかしいやんか」
単純な計算ミスをした義藤を訝しげに見る。
「あっ……オレ計算苦手でさぁ」
「そったらこともあんべさ」
酒が入って普段以上に上機嫌な村木は気にする素振りすら見せない。その後ケーキをとりに行っていた嶺山も戻ってきたので、計算ミスの一件はそのまま有耶無耶になる。結局義藤はそのまま居着き、『離れ』二階にある嶺山の部屋で夜を明かした。




