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門出 その二

 この日小野坂だけは少し早めに業務を切り上げ、本日付で妻となる調布夢子と共に市役所へ婚姻届を提出した。これによって本籍も【北海道箱館市】に変わり、また一歩この地に馴染めたような気分になった。

 その後予約していた写真館でブライダルフォトの撮影をしたのだが、フォーマルスーツに慣れていない小野坂にとっては苦行レベルであった。当初は二度目だからと乗り気な態度を見せなかった妻はプリンセス気分を味わえるウェディングドレスに案外はしゃいでおり、その姿を見ると今日ぐらいがいいかと寛容な気持ちを持てるものである。

 とは思えどこんなの何度もやりたくねぇ……というのが彼の本音で、動機こそ不純ではあるが喧嘩しながらでも彼女と生涯を添い遂げたいと心の中でそっと誓う。


「「ただいまぁ」」

 撮影を終えた二人はやや疲れた足取りで自宅に戻る。この日は二人とも丸一日休めると何もせずのんびり過ごそうと決めていたのだが、こんな時に限って小野坂のケータイが動きを見せた。

 面倒臭ぇ……そう思いながらも仕方無く画面を見ると村木からの着信で、今日くらいはやり過ごしたいところだが彼の性分を考えればそうはさせてくれないであろうと容易に想像できた。

「どなたから?」

「礼、放置したら後々面倒臭ぇから出るよ」

「えぇ」

 妻の了承を得てから通話ボタンを押して右耳に当てる。

「煩ぇ」

『つれなくないかい? そったことよりちょべっと外出ねえかい?』

 今日の行動知ってるくせに……小野坂は友の身勝手な振る舞いに苛立ちを見せる。

「出ねぇよ、出歩きたきゃ一人でやれ」

『オメェが出てこねえと話になんね、窓からちょべ〜っと顔出してけれ』

「ヤダよ」

 小野坂は感情任せに通話を切って元いたソファーに腰を落とすと、窓からコツコツと音が聞こえてきた。鳥か? そう思って顔を向けると村木と角松が窓越しに立っていた。

「ったく何考えてんだあいつら……」

 さっさと追っ払おうと窓に向かうと、今度は普段滅多に鳴らないインターフォンがピンポン♪ と鳴った。何だよこのタイミングに……玄関も気になる小野坂だが、私が出ると夢子が部屋を出た。

『智〜、出てきてけれ〜』

「煩ぇわ! 今日ぐらい静かにしてろよ!」

 小野坂は勢い良く窓を開け、近所迷惑も省みず外にいる村木を怒鳴りつける。

「いや〜そうもいかねえ状況になっちまったさ」

「すみません智さん、あなたが出ささらないと収拾が付かなくならさったと言いますか……」

「何なんだよはっきりしねぇな」

 怒りの治まらない小野坂は角松に対してもキツイ口調になっている。

「説明がしづらいんだべ、【百聞は一見に如かず】ってことでさ……」

 と角松は小野坂の左腕をぐっと掴んで窓から引きずり出した。

「申し訳ね、何もこかず付いてきてけれ」

「いや説明はしろよ」

 外に引き出された小野坂は仕方無く外用のスリッパを履いた。

「夢子さ〜ん、ダンナ借りるっぺよ〜」

 村木は屋内に向けて大声でそう言い残し、ぴしゃっと窓を閉めてから小野坂の右腕にしがみついた。

「離れろ!気持ち悪ぃ!」

「イヤなんね、何が何でも付き合ってもらうべさ」

 村木と角松に取り押さえられた小野坂は、そのまま【赤岩青果店】の営業車に詰め込まれた。


 夢子がちょうど玄関に着いた頃、村木からとんでもない伝言が家中に響き渡った。その声に慌てて部屋に戻ると、窓を締めた村木が別の男性に腕を掴まれている夫に駆け寄っていた。

 ちょっと待って……彼女は閉められた窓に手をかけたところで再びピンポン♪ とチャイムが鳴る。玄関は無視で構わないが、窓から出てしまうと防犯上の問題が出る。仮に回り込まれたら……そう考えると身動きが取れなくなり、顔見知りの犯行(・・)だからおかしな事態にはならないだろうと夫を追うのは諦めた。

 彼女は仕方無く玄関に向かい覗き穴で来客をチェックすると大きな白い箱を抱えた雪路、角松とまどかの挙式パーティーで見掛けた初老の美容師、あと一名見覚えの無い女性が立っていた。今や知人である雪路の存在で開けても大丈夫であろうと判断した夢子は、解錠して玄関を開ける。

「すみません、今立て込んでおりまして」

「それについての説明はさせてもらうから、上がらせてもらっていい?」

「えっ?」

 全く物怖じしない初見の女性に夢子はたじろぎながらも警戒の態度を示す。

「ん〜その前に自己紹介しとかへん?」

「あっそっか」

 勢い余って靴を脱ごうとしていた女性は、雪路に窘められて動きを止めた。

「申し遅れました。近所で『リーテンスコーグ』というヘアサロンを経営している小森と申します」

「アタシは飯野凪咲、小野坂智の義妹(いもうと)です」

 智の? その言葉に一瞬思考が止まったが、小野坂家の事情はひと通り把握しているのでそういうことかと取り敢えずの納得を心の中でさせておく。

「小野坂夢子と申します」

「お会いするのは初めてだけど。立ち話もアレだから上がらせてもらうね」

「えぇ、どうぞ……」

 一見雑に見せている凪咲だが、脱いだ靴をきちんと揃え直してから奥に入っていく。続いて雪路、小森の順で中に入ると早速なんやけどと雪路が話を切り出した。

「実は礼さんがちょっと大掛かりなサプライズを用意してはるんですよ、智さんのために」

「そうなんですか……」

 夢子にとって村木の行動は多少苦手意識があり、きっと悪いことではないと予測はできてもあまり歓迎できないという気持ちが残る。

「それで強引なやり方ではあるんやけど、智さんには先に現地に向かって貰うてるんです。現地言うても行き慣れてる場所やから心配せんでええですよ」

「そうは仰いますが……」

「まぁ礼さんのやり方は好みが分かれますからね。ただもう動いてしもうてますんで今更おじゃんにはできひんのですよ、なので夢子さんにはこれに着替えて頂きます」

 雪路は大きな箱から真っ白な衣装を取り出した。


 村木と角松に連れ出された小野坂は、結局まともな説明も無いまま後部座席に座らされていた。窓の外で流れる景色はすっかり見慣れたものであり、行き先が予測できた安堵と何企んでんだ? という不安が入り混じる。

「今ペンションに向かってんだろ?」

「んだ、さすがに分かるかい」

「当たり前だ、毎日通ってんだから。ってか何考えてんだよお前」

「ん? 着いたらくっちゃる」

「結局説明無しかよ……」

 もはや怒る気力を失い、諦めたように足を組む。それからほんの五分ほどで目的地に到着し、村木は小野坂を連れて『離れ』へ、角松は『オクトゴーヌ』へ入った。

「連れてきたべよー」

 二人が『離れ』のリビングに入ると普段見ない大きな鏡台やメイクボックスが鎮座しており、ひと目見で美容関係者と分かる同世代の男性がお邪魔していますと一礼した。

「『リーテンスコーグ』の荒川と申します」

 商店街のヘアサロンか……小野坂は少し景色の変わったリビングをぐるっと見回してあることに気付く。いつの間にこんなことをと傍らにいる村木を見やると、友はにっと笑って小野坂の背中を押した。

「小野坂と申します、すみませんこの男が余計なことを」

「なんもなんも、わちこういうサプライズ大好きなんで。小野坂さんいい男したから腕が鳴るべさ」

 スマートな振る舞いとは裏腹に気さくな方言で喋る荒川を見ていると既に足掻く気は失せていた。小野坂は用意された鏡台の前に座り、されるがまま加工されていった。

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