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門出 その一

 『オクトゴーヌ』がリニューアルオープンしてちょうど一年を迎えたこの日、午前中のうちに宿泊していた顧客を送り出すと全てを臨時休業にした。里見のいる【シオン】ルームを除く客室が空になるのに合わせ、小野坂を除くペンションのメンバー、調布を除く『DAIGO』の従業員、日高を除く『アウローラ』の従業員が総出でカフェ内の模様替えを開始した。

 小野坂と調布は市役所で婚姻届を提出し、写真館でブライダル写真の撮影をすると言って出掛けている。日高は午前中のみ掛け持ちのアルバイトに入っており、昼過ぎに合流予定となってる。

「こんちわ〜、テーブルクロス回収すっペ」

 普段通り裏口から鵜飼が中に入って取り外したテーブルクロスを抱え外に出る。堀江は彼の後を追いかけてあと宜しくと声をかけた。

「ん、したって礼さん相っ変わらず突拍子のねえこと考えっペな」

「ホンマにな、俺主役でもないのに緊張するわ」

「わちもだべ。聞かさった時はさ、話がでっか過ぎてすぐ理解できんかったさ。取り敢えず波乱だけは勘弁だべ」

「せやな、礼君絶対それ考えてないと思うからこっちはベスト尽くして準備するのみや」

「したらお互い抜かり無く、だべ。したっけ後ほど」

 二人は笑顔を交わして元の持ち場に戻る。

 ペンション内の厨房では、川瀬、嶺山、大悟、『DAIGO』の調理スタッフが所狭しと厨房を動き回っていた。オーブン、ガスともにフル稼働で食欲をそそる美味しそうな薫りが充満している。

「これじゃ足りないですよね?」

 片手に泡立て器を持っている調理スタッフの一人が嶺山の指示を仰ぐため大きなボウルの中を見せる。

「もう一パック追加してください」

「分かりました」

 彼は『DAIGO』のチーフスタッフなだけあって慣れぬこの場でも機敏な動きを見せており、今や川瀬に代わる“右腕”となっている。他のスタッフたちも洗い物や下ごしらえで主動メンバーとなる三人をサポートしていた。

「こっちは焼き上がりました」

 焼き上がりを知らせたオーブンから調理中の料理を取り出し、中央部分を串で刺して火の通りを確認する。一方ガスコンロでひたすら鍋と向き合っている調理スタッフの額には汗が滲んでいた。

「これくらいでしょうか?」

 彼はとろみの付いた液体をスプーンですくって鍋の中に垂らしてみせる。

「もう少し煮詰めてもらっていいですか?」

 川瀬がそれを確認し、彼は再び鍋に火をかけた。川瀬と嶺山は大悟の仲介のお陰で、交流自体はあるものの決して接点の多くない『DAIGO』の調理スタッフの協力を得て大仕事の達成を目指していた。


 同じ頃、箱館駅前のロータリーに【赤岩青果店】と書かれたワゴン車が停車しており、運転席には角松、助手席には村木が乗っていた。村木も運転は手慣れているが、今回は二種免許を取得しているプロのタクシードライバーである角松に運転を任せている。

「気付いてくださるべか?」

「なんもなんも、そんために敢えてウチの営業車使ってんだべ」

「あぁ、人数の都合だけでねかったんさね」

「んだ。ホンマは木の葉も乗せたかったしたってさ」

 村木は自身の太ももを叩いて表情を緩める。彼は自慢の姪っ子を膝に乗せてドライブをしたかったようだ。

「助手席に赤子は乗せらんね、チャイルドシートもまだ早いべ」

「したからオレの膝の上にさ……」

「止めてけれ」

 姪煩悩を間違った方向で発揮し始める村木に呆れる角松は、旅行仕様の男女五人組に視線を奪われる。

「礼さん」

「ん、あん人らだ」

 村木は軽快に車から飛び降りて五人組に声を掛けている。見たところ二組の夫婦とどちらかの娘にあたる若い女性の合わせて五人、彼は色白の五十代後半の女性と親しげに話していた。

 確かに似てるべ……角松も車から降りて助手席側に回り込み、先回って後部ドアをスライドさせた。五人組はその動きに気付いて車に近付き、お世話になりますと頭を下げた。

「長旅お疲れ様です、目的地まで安全運転でお送り致します」

「わざわざご丁寧にありがとうございます」

 もう一人のアラ還女性が角松に笑顔を見せる。丸顔ではあるがどちらかといえば小顔で、えくぼをくっきりと見せて可愛らしさと若々しさを感じさせた。

「ではお邪魔します」

 その女性と連れ立っていた夫らしき男性も角松にひと声掛けてから車に乗り込み、村木が会話をしていた五十代後半の女性、唯一の若い女性、最後に三人よりも少し若めの男性が後部座席に乗ったのを確認してドアを閉めた。

「そう言えば江里子(エリコ)さん、箱館は初めてですかい?」

 これぞ村木マジックかと言わんばかりの和みきった雰囲気で、江里子という名の女性と引き続き会話を楽しんでいる。

「旅行では何度か、ただあの子に用があって訪ねたことは無いわね」

「嫌がられんのかい?」

「はっきりと言われる訳じゃないけどそうなんじゃないかしら」

「きっと遠慮してるか照れ臭いのかのどちらかだと思うよ、おかあさん(・・・・・)

おかあさん(・・・・・)?」

 村木は会話に入ってきた若い女性を凝視する。彼女と江里子はどこをどう取っても似ている要素が無く、縁戚と言うにも無理があった。

「そったら話聞いたこと無えべ」

「そうなの? もう六〜七年くらい前のことなのに」

「再婚の話はちょべっと前に聞いてるしたってさ、きょうだいがいるいうんは今知ったべ」

「エッ? アタシのこと言ってくれてないのッ?」

 女性は不機嫌むき出しで村木に詰め寄る。

「ん、聞いたことね」

「マジィ? 酷くない?」

「よせナギサ、元は他人なんだから仕方無いだろ」

 最後に乗車した五十代前半の男性がナギサという若い女性をたしなめる。

「でもさぁお父さん……」

「あぁそういうことですかい」

 村木は察しが付いたと納得の表情を浮かべた。

「えぇ、この子は私の連れ子なんです」

「そうですかい。自己紹介遅れたしたっけ、オレは村木礼いいます。運転してるんが義弟(おとうと)の角松正」

 運転中の角松はバックミラー越しに会釈した。

飯野度之(イイノノリユキ)と申します、こっちは娘の凪咲(ナギサ)です」

「したらさ、江里子さんは飯野姓を名乗ってんのかい?」

 江里子は村木の問いにえぇと頷くと、その流れでもう一組の夫妻も自己紹介した。

「今日はオレの身勝手な計画にお付き合い頂きありがとうございます、けどこういうんはきちっと執り行うんがけじめなんでねえかと……」

 村木はいつもの調子でお節介を発揮しているが、同乗している顧客五名はそれを好意的に受け止めていた。

「お節介どころか感謝していますよ」

「私らとしては直接祝いたいものさ」

「そうよ、バツイチだからきっと気を遣ったのよ」

「違うって、元々畏まったのが苦手だから」

「でもワクワクしない? 私たちがここにいるのまだ知らないのよね?」

「んだ、驚かしてやりたくてさ。今頃会場は準備で大わらわだべさ」

 五名の反応に気を良くした村木の表情が緩む。ヘタをしたら叱られるのではと不安を抱えていた角松も、和やかな雰囲気に内心胸を撫で下ろしていた。

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