自称転生ヒロイン(←いろいろやらかして、ざまあされ済み)を母に持つ少年の、その後について
転生したら母親がビッチなヒロインで、既に「ざまあ」されてしまっているが、それはさておき。
乙女ゲーム転生で逆ハーしていた、ビッチ系ヒロインの息子視点です。
息子自身も転生者ですが、現状にはあまり関係していません。
うーん、困った。
王宮のとある一室で、配膳された食事を前に、僕はしばし考え込んでしまった。
このところ二日続けての、致死性の毒入りである。
痺れ薬や下剤の連続はあっても、致死毒の連続は、ここ二年では、初めてである。
あー、二日連続で、食事抜きなのか。五歳でこれは、きついなあ。痺れ薬とかなら、頑張って食べて、後は呼吸を確保しつつ倒れてればいいんだけなんだけど。
前王太子妃だったビッチな母が、ざまあされてから二年。
ここにきて、状況は唯の嫌がらせから、暗殺にシフトしてきた、のかな?
だからって、大人しく殺される気なんか、さらさら無いんだけどね。
母は、この世界を、乙女ゲームの世界だと思っていたらしい。「せっかく乙女ゲーム転生したんだから、逆ハー目指さなきゃね!」と、せっせと頑張ったらしい。
メイン攻略対象の王太子を狙いつつ、王の末弟や公爵令息、護衛騎士と、着々と落としていった。
その過程で、王太子の婚約者だった公爵令嬢を、無実の罪で獄死させたり、騎士の婚約者だった子爵令嬢を国外追放にしたり、いろいろやらかしていたようだが。
母は無事に王太子をゲットし、陰でこっそり他の攻略対象ともらぶらぶしつつ、無事に王子、じゃなかった、王孫?の僕を生んで、得意の絶頂だった……のだが。
実は、獄死したはずの公爵令嬢は、生きていたのだ。
他国で、異世界から召喚されたといわれていた聖女が、実は件の令嬢だったのだそうだ。投獄される時に、自慢の長い髪をぶつ切りにされたり、男物の囚人服を着せられていたせいで、周りが異世界人だと思い込んでいたそうな。
この世界だと、女性の断髪も男装もあり得ないからね。
痩せ細って傷だらけで、ろくに話もできない状態だったから、長いこと誰も立ち入った事情を聞けなかったのだそうな。
もし、もっと早く状況が分かっていたら、母はもっと前にざまあされてて、僕もこの世に生まれてなかったはずなんだけど。
聖女召喚されたってことは、令嬢は心正しく、罪が無い人ってことだからね。
というか、他国で聖女召喚がされたってことは、世界は魔物の害だの、瘴気だのに苦しんでたんだよね。そう言うのそっちのけで逆ハーを楽しんでた母上って、……はぁ。
まあとにかく、この食事は食べたふりして外に捨ててこようか。
一応、この部屋の外には出られないことになっているんだけど。母直伝の、「本来王様しか知らないはずの」秘密の抜け道が使えるし。二日続けて床にぶちまけるわけにもいかないしね。
ざまあされる前、人生を楽しんでいた頃の母は、前世の乙女ゲーム知識で知っていたのだと、得意そうに僕に色々教えてくれていた。
子供が気に入りの人形で遊ぶように、上機嫌で僕を連れ回す、そんな時の母を、僕は嫌いではなかった。
あの、稚くて気まぐれで、恐らくは残酷でもあっただろう人を、僕は決して、嫌いになれずにいるのだ。
もし、僕に前世の記憶がなく、母親というものを今生の母しか知らなかったら、違ってたのかもしれないけど。幸い、僕には前世の、グレートな母の記憶があったからね。
僕が小学生の頃に父を無くし、働きに出た母は、僕が高校生の頃には、その会社の副社長になっていた。兄と二人して、陰で親しみを込めて「軍曹」と呼んでいた母は、子供を叱る時も理路整然としていて。
「わかったか? わかったら、『はい』と言う!」で締めくくっていた。ふざけて「アイアイ、マム!」と答えて、お尻にダメージを食らったのは、今では良い思い出だ。
「息子と飲むのが夢だった」と、成人した兄とビールで乾杯した母の目に光った涙。あの母の元で成人できなかったことを、僕はただ、詫びるしかない。
今生の母がビッチなせいでややこしいことになっていても、母と言うだけで、僕には十分なのだ。
ただ、欲を言うならば、子供の父親が誰なのか、それくらいは自分で分かってて欲しかったかもなあ。
「真実しか語れない」魔術が使われた裁判でざまあされても、自分で把握していないことは、語れないよね。
一応、「王族の血が濃くないと現れない」眼の色のせいで、僕の父親は、母の夫である前王太子か、王弟か、公爵令息(降嫁した王女の息子)かの三択だということになっているんだけど。
その三択のどれかで、僕の立場って、大きく違うじゃん。
多分、一番平穏なのは、公爵令息が父親の場合。
一応、姉である公爵令嬢の断罪には加担してなかったし、もう廃嫡されて、平民の文官として平穏に暮らしてるし。
母と王太子の結婚が遡って無効になったせいで、今後も姦通罪に問われる心配ないし。もはや政治的に利用価値もない人だもんね。
でも、多分、そうじゃないんだよなあ。
例えば、この食事。何故毒入りだと分かるかというと、頭の中に、いくつもの光景が浮かぶからだ。これを食べた時。食べずに置いておいた時。食べずに床に落とした時。外に捨てに行った時。
同じ選択肢でも、浮かぶ情景は刻々と変わり。……僕は、さっきは捨てに行こうとしていた食事を、皿ごとーーいや、テーブルごと床に引き倒した。
今、このタイミングでは、これが最善のはず。
さっき頭に浮かんだ通りに、下働きのお仕着せを着た女性が、断りもなく部屋に入って来て。床に落ちた皿を見て、こっちをちらりと見て。そのまま無言で部屋を出て行った。もし僕があのタイミングで隠し通路から外に出てたら、部屋を抜け出してるの、バレてたね。ひゅー。
ややあって、掃除道具を持って現れると、やはり無言で部屋を片付け、去って行った。
彼女、今は下働きの格好だけど、母が「ざまあ」される前は、侍女だったと思うんだよね。僕にも、笑顔で受け答えしてたのを覚えているんだけど。
ざまあ以来、笑顔どころか、一言も話しかけられたことないなぁ。別に支障はないけど。
ただ、本人の気分でなのか、誰かの指示でそうしてるのかは、気になるね。
僕の持っている能力。ある種の未來予知っていうのかなあ。起こりうる可能性が見える、この力をこの世界では、『天眼』って呼んでいる。
王族に時たま現れる能力って言う触れ込みなんだけど。これ実は、王族を父親に持つ男子なら、誰でも持っている能力なんだよね。人によって、能力の強い弱いがあるんで、能力が無いように見える人もいるけど、実はある。
例えば、廃嫡された前王太子。一応、僕の父親候補だけど。この人は元々、天眼を持ちあわせていないとか、本当は父親が違うんじゃないかとか、いろいろ噂されてて。その辺りが強いコンプレックスになってた、らしい。
でも、本人が「漠然とした、ただの勘」だと思っていたのが、実は天眼だったことがわかって。それを解き明かしてくれたヒロインに心酔したんだとか。
こういうゲーム知識、もとい王家の裏事情を、特に人払いもせずに、ペラペラ話してたんだよね、あの母上ってば。この能力が、父親が王族でなければ、母親が王族でも引き継がれないとか、出来れば黙ってて欲しかった。
王女にも王位継承権を与えるきっかけとなった、第十四代目の王様。優れた天眼の持ち主で、母が王女、父が高位貴族だったという賢王の、血縁上の父は実は、王女の異母兄だったとか、全く不要な知識だと思う。あの王の存在で、王女でも子供に天眼を受け継がせることができるってことで、女王もありになったのに。
絶賛幽閉中の前王太子や王の末弟を除外すると、今の若い王族には、女性しかいない。現在の王にも、その弟達にも、今のところ娘しかいないのだ。
もしかしたら。現王を含む天眼持ちの王族が、ヒロインとして暗躍する母を放置した理由が、ここにあるかもと思うと、薄ら寒い気持ちになる。ーー天眼持ちの子供を産む可能性が見えたから。
僕の食事に仕込まれる色々の薬。もしかしたら、僕の反応をみるためではないかと、思うことがある。
おとなしく食べるのか。未來を予測して、避けようとするかどうか。
ーー僕に、天眼があるのかどうか。そして。
不意に。うなじは毛が逆立つ感覚に、僕はその場で動きを止めた。何か、来る。
頭の中に映像が見える。開く扉。王族の護衛騎士達の制服。彼らに守られた、ドレス姿の少女。王族特有の瞳の色。
その他にも、いくつか瞬くように、映像が過っては消えていく。恐らくは、まだ確定していない未來。もう少し成長した姿、髪を結い上げた成人後の姿。そして。
高く結い上げた髪に宝冠を頂き、玉座に座る彼女。その傍らにいる、夫らしき男。そして、彼女に似た面差しの、幼い少年。
何故だか、僕にはそれが、我が子だとわかった。
彼女の王座を補完することになるであろう、天眼持ちの王子。罪人の子である僕では、公式には決して父だと名乗れないであろう、日の当たる場にいる子供。ほとんど物理的な胸の傷みさえ伴いつつ、頭の中からその映像が消えていき。
そうして、扉の方から聞こえる足音に、体は強ばったまま、ゆっくりと僕はそちらに視線を向けて。
扉が開き、僕にとっての運命になるかもしれない女性が、姿を表す瞬間を、息を殺しながら、ただ待っていた。