メイドの性癖
6、
談話室を出ると、アレック・ガルムがチェターラに言った。
「愛しい娘よ。私は私の仕事場へ行く。
お前は自分の目でこの城を見て回るがいい」
次に、一緒に談話室を出てきた年若い栗毛髪のメイドに言った。
「ローリエ、娘を頼む」
「はい♪ 任せてください」
ローリエと呼ばれたメイドは笑顔で答え、アレック・ガルムは娘とメイドに見送られて立ち去った。
背中の大きな頼もしい父親の姿が廊下の先に消えるのを見送って、チェターラは少し心細い気分になった。だが、すぐに気持ちを切り替えた。
わたくしはお父様の娘なのですから。
そのことに恥じるような振る舞いなどは、決して。今までだって、お父様がお仕事に出ている間は家や町の学校できちんと一人で行動していたのですから。
ここでも、同じです。わたくしはちゃんとやれます。
そしてきっと、お父様のお眼鏡にもかなうような、素敵な恋人の目にとまってみせます。ええ!
そう思ったチェターラの、その背後に。
邪悪な影。
もしもチェターラがメイドではなく騎士を目指していて、もしも両親のような武勇の才を持っていたなら、その瞬間、こう言って背後を振り返ったかもしれない。
「殺気……いいえ、とても邪な気が!」
だが。
そんな才能は持っていなかったので。
まったく気づかないうちに。
メイドのローリエに。
がばっと、背後から、抱きすくめられた。
「GETぉぉぉぉぅ!」
「なななななんですか!?」
チェターラの驚きの声にも構わず。
ローリエは、チェターラの後頭部に鼻を埋めてにおいをかいでいた。
「うーん、ぐはっ、鼻の奥に来る! 香水と、これ、何? 納豆? 納豆と何かのにおい。
でも……。
さらにその下に、あなたのお父様と同じにおいがします! はい♪」
「何してるんですか、何言ってるんですか、離してください!」
じたばたじたばた。
チェターラは暴れたが、メイドの力は思いの外、強かった。
じたばたじたばた。
「うーん、クセになる。これがあの人が大事にしてる娘さんのにおい♪」
「やめてください、においをかがないでください! ……わっ!?」
突然離されて、チェターラは転びそうになった。
「なんなんですか、あなた!」
「しっ」
ローリエが、チェターラの口元に人差し指を当てた。思わずのけぞりながら、チェターラは口をつぐんだ。
少し前に出てきたばかりの談話室のドアが開いて、王様が顔を出した。
「そこのメイド。何か騒ぐ声が聞こえた気がしたが、何かあったか?」
「いいえ、何もないです」と、ローリエ。
「そうかそうか、ならいいが……」
王様は首をひねって、扉を閉めて談話室に戻った。
また二人きりに戻ったところでローリエは言った。
「再・開!」
がばっと、襲いかかったが。
今度は、チェターラは距離を取って避けた。
「むぅ」
「あなた、猫かぶりすぎじゃないですか!?
いったい何がしたいんですか!」
そこまで言ってから。
先ほどまでのローリエの言葉を思い返して、言った。
「わたくしのにおいがお父様と同じとおっしゃいましたね?
まさか、お父様にもこんなことをしてるのではございませんよね!?」
「まあ♪ 恥ずかしい。
まだ、わたし、そんな勇気はないです。
お掃除であなたのお父様の仕事場に立ち寄る際に、身の回りの品のにおいをかぐ機会を大切にしてるぐらい。
あなたのお父様ご本人にするなんて考えたら、恥ずかしくて、心臓が止まりそうです」
ローリエは恥じらう乙女な感じのポーズを取った。
チェターラは、引いた。物凄い、引いた。
ローリエは言った。
「初めは、わたしもあの人の良さに気づかなくて、あの人のにおいもただただ不快に違いないと思っていたのですけどね。
それが、あるとき、わたしの認識をがらりと変える出来事があって……」
「あなたの自分語りなんか聞きたくはないのですが!?」
「むぅ」
ローリエは残念そうに、恥じらう乙女な感じのポーズを解いた。
チェターラは逃げ出したくなったが、このローリエからメイドとしての仕事を教わらなければいけないことを思い出して、渋々、その場にとどまった。
「真面目なお話をしていただけませんか?
お仕事の先輩なのですから、まずは仕事のことを教えていただきたいです」
「……。
なら、もっとちゃんとにおいをかがせてください」
「は?」
「わたしのエネルギー源なんです。あなたを通じてお父様のにおいをかいだら、その分、わたしがちゃんと働きます。じゃないと働けません。あなたにも何も教えられません」
「あなた、今日までどんな風に働いてきたんですか……」
「さぁ、わたしの腕の中へ! そのにおいをわたしのところに♪」
腕を広げて、じりじりと、ローリエはチェターラとの距離を詰めてきた。
ほんとになんなんです、この人!?
チェターラは言った。「言っておきますけど、それ以上わたくしに近づいたらお父様に言いつけますよ!」
ぴたっと、距離を詰めるローリエの動きが止まった。
「むぅ、卑怯です……」
この対応で正解らしかった。
チェターラは、胸を撫で下ろした。
やっと落ち着いて会話ができます……。