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オークの娘さん  作者: yamainu
第3話 『オークの娘さん、母の魔法の日記を見る(中編)』
50/51

信頼と馬の背

 29、


 翌朝。

 何事もなく目を覚まして、まず簡単な食事。携帯していた麦に昨晩の残り物を加えて、さらにゴブリンのトラシがどこからか採取してきた食べられる野草を混ぜた粥だった。ものすごく青臭かったが、体に良さそうなにおいではあった。ハーブ粥っぽい感じ。

 ……味は、ええっと、うーん、やっぱりとても体に良さそうな味はしました。それ以上はノーコメントで。美味しくなかった、なんて言ったらせっかく採ってきてくれたトラシさんに失礼でしょうし。

 ゴブリンのトラシはそうした野草を常食しているらしく、食事の後にも残った葉っぱをそのまま口に入れて咀嚼していた。「口の中がさわやかな気分になって好きなんだよ。うまくはねえが」

 ……。

 食事を終えてお腹が落ち着くのを少し待ってから、手早く荷物をまとめて出立。

 セントールのクムスとゴブリンのトラシもそのまま一緒に行動する流れになっていて、チェターラと、オークのアレック・ガルムと、ハーピーのアパリアスと、異世界から来た人間のレイヤ少年、という六人の旅仲間になっていた。

 歩き始めたところでふと思いついたらしく、クムスが言った。

「マドモアゼル。歩くのに疲れたりはしませんか?

 どうです? 私の背に乗っていきませんか?」

 チェターラは、クムスが示した彼の背中に目を向けた。

 馬の背中。

 チェターラの身長よりも高い背中。

 ……ええ、興味あります! 歩くより楽だろうというのもありますけれど、どんな景色なのか。とても気分が良さそう。

 だがアレック・ガルムがチェターラの肩に手を置き、首を振った。

 ?

 なぜでしょう。背に乗せてもらうだけですのに。

 チェターラはそう思ったが、ゴブリンのトラシが面白がるように言った。

「おい、お前。走っている馬の背から飛び降りる度胸はあるか?」

 チェターラはもう一度、セントールのクムスの背中を見た。正確には、見上げた。目線よりも高かったから。

 多分、動いていない彼の背中に乗るだけで結構怖いだろう。走り出したら、しがみついているだけで精一杯になるかも。飛び降りるなんて、きっととても怖い。

 ゴブリンのトラシが笑った。「背中に乗せてやる、ってのは、セントールの人攫いの常套手段だぜ。一度乗せちまえば、走り出した馬の背から飛び降りる度胸のある奴はなかなかいない。飛び降りれても、無傷で着地できる奴はさらにいない。そうやってさらうんだ」

 セントールのクムスが顔をしかめ、申し訳なさそうに言った。「そんなつもりではなかったのですが」

 アレック・ガルムが言った。「悪いが、私は君のことをまだよく知らない。信用したいが、憶測のまま信頼することはできない」

 チェターラはクムスの背と父親の顔を見比べ、父親の言葉はもっともだと思った。

「クムスさん、申し出ありがとうございます。そして申し訳ありません。わたくしは大丈夫です。歩くのには慣れていますから。

 それにもし疲れたら、お父様におんぶしてもらいます」

 以前に森を旅していたときもそうしてもらいましたし、とチェターラは思い出しながら微笑んだ。

 ……もちろん今目の前にいるお父様とは違う、約十年後の少し年を取ったお父様ですけれど。

 今、目の前にいる若いアレック・ガルムは少し驚いた顔をしたが、言った。

「……そうだな。奇妙な娘よ。

 そのくらいはしよう」

 自分を受け入れてくれている若い父親の表情を見て、チェターラは嬉しくなった。

 一方、ゴブリンのトラシは怪訝そうに言った。「おい、アレック・ガルム。そういえばその人間と貴様はどういう関係なんだ。なんでオトウサマだなんて呼ばれてんだ? いつの間に娘なんか作った?」

「ああ、やっぱり気になるよねえ」と、アパリアス。

 チェターラは話の流れがすぐには飲み込めず、きょとんとして少し戸惑ったあと、思い当たった。

 そういえば。

 習慣的にお父様のことをお父様と呼んでいましたけれど。

 そのことについての説明を、この場にいるお父様以外の人にしてはいませんでした。アパリアス伯母様は、問いつめないことにしてくれていたようですけれど。

 どうしたものかと困って、チェターラはアレック・ガルムを見た。

 アレック・ガルムは少し考えるような顔をしていた後、ゴブリンのトラシに言った。

「私の直接の娘ではない。が、ほとんどそのようなものだと言っていい。

 この奇妙な娘は、私の娘だ。

 そう考えてほしい」 

「ふん? よく分からねえな」

 ゴブリンのトラシは首をひねったが、それ以上は話題にしなかった。

 チェターラは、ただ若い父親が公然と『私の娘だ』と言ってくれたことが嬉しかった。微笑んで、森の中の徒歩の旅を再開した。


 そこからさらに一泊の旅路を経て。

 その間、レイヤ少年と辞書を引きながら会話を続けたり、クムスやトラシとも気軽に話をするようになったりしながら時間を過ごした後。

 チェターラたちは、やがて当面の目的地を見渡せる丘までたどり着いた。

 小休止しながら目を向けると、まだもう少し続く森の向こう、緩やかな緑の傾斜をずっと下った先に、峡谷に挟まれた要塞都市フウィスがあった。都市の周囲は森が切り開かれて岩肌が露出した風景になっていて、険しい両側の崖は通るものを寄せ付けず、都市の周囲だけが人の通れる状態になっていることが見て取れた。

 固く門を閉ざしたその都市の周囲には既にたくさんの異人族が集まっていて、都市の外壁を挟んで中の人間たちと散発的な攻防戦が行われているのも見えた。

 ……戦争。

 今いる丘からではまだ距離があって遠く、人形よりもさらに小さく見える人影たちの攻防であったけれど。

 でも確かに。

 命の生き死にが飛び交う場所。

 チェターラは、改めて、自分が場違いな場所にいて場違いな風景を見ているような気がした。

 三日前の晩の、野営地に満ちた血と炎のにおいが急に強く思い出された。

 一昨日の夕闇の、野蛮なセントールたちとの争いの瞬間も強く思い出された。

 ……怖いです。正直、とても。

 ……けれど。

 ……あのどこかにきっとお母様もいて。

 ……わたくしは、お父様とお母様を出会わせなければいけないのです。そうでなければ、わたくしは未来のお父様のところにきちんと戻れない。そんな気が、するのです。


 そんなことを考えているチェターラの横で、アレック・ガルムは都市周辺の攻防戦を眺め、それからさらに広域を見渡した。

 そして。

 顔をしかめた。「戦況が動くようだ」


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