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オークの娘さん  作者: yamainu
第3話 『オークの娘さん、母の魔法の日記を見る(中編)』
49/51

まだ見ぬセントールの娘の話

 28、


 もう、セントールたちの襲撃は終わったのでしょうか?

 安心して、よいのでしょうか?


 オークのアレック・ガルムと、ゴブリンのトラシと、それからトラシを背に乗せた味方であるらしいセントールは、しばらく周囲を警戒したままでいた。すっかり夜になって視界もなくなった森の中で彼らの気配に囲まれながら、レイヤ少年の隣で、チェターラは落ち着かない自分の心音を聞いていた。

 唐突に頭上からバサバサと羽音が降りてきた。チェターラは驚いて思わず身をすくめたが、それは危険な音ではなく、続いてハーピーのアパリアスの声が聞こえた。

「あいつら、いなくなったようさね」

 それを合図に、アレック・ガルムたちが警戒を緩めたのが感じられた。

「ふん、もう終いか」トラシの声。「お前の同族は随分と根性がねえな」

「お恥ずかしい限りです、色々と」

 と、味方であるらしいセントールの声。暗くなる前のわずかな時間で見た姿格好は大柄で髭面でそれなりに年を取っていそうなイメージだったが、闇の中で聞こえてきた声は驚くほど若かった。

「で、どうします? ムッシュ・オーク。見張りを立ててここで夜を明かしますか?」

「念のため、場所を移す。

 少し待て。火をつける」

 と、アレック・ガルムの声。

 火打ち石の火花が見えて、やがて闇の中に松明の明かりがついた。その光の中で父親の顔が見えて、チェターラはようやく安心した。


 夜の森の中を歩いた。明かりが松明だけで視界が狭いのもあって、急ぐこともなくゆったりとしたペースで。

 途中、抜き身のナイフをもてあそんでいたゴブリンのトラシが通りすがりに木の幹に傷をつけるのを見た。それで、今日の昼にも似たような木の傷を見たことを思い出した。

「簡単な符号だ」

 と、チェターラの視線に気づいてアレック・ガルムが説明してくれた。

「自分がここにいた、ということを示している。傷の状態で、最近かどうかぐらいの情報も分かる」

「ま、単に近くにいるってだけの印だから、探すのにゃちょっと手間ぁ取ったさね」

 と、チェターラの肩の上に居場所を移していたハーピーのアパリアス。

「細かな情報を無闇に垂れ流すほど頭悪かねえよ。必要な時に、必要な相手に伝わるだけの、必要な量の情報。そういうもんだろ」と、笑いながらトラシ。

「ああやだやだ。探し回った身にもなって欲しいもんさ。

 しかしまあ、あんた一人じゃなくクムスも一緒だったのは助かったさね。ゴブリンの足より早い、セントールの足で戻ってこれた」

 クムス、という名前で呼ばれた若いセントールが礼儀正しく首肯した。

「お役に立てて光栄です、マダム・ハーピー」


 数十分ほど歩いた後、移動は充分と判断したらしく、アレック・ガルムたちは足を止めて簡単な野営の準備を始めた。

 松明から火を移した小さめの焚き火を囲んで、チェターラは一息ついた。

「同胞たちが迷惑をかけて申し訳ありません。マドモアゼル」

 チェターラの隣で焚き火を囲む形で、器用に足を畳んで馬の下半身をゆったりと横たえながら、若いセントールのクムスが言った。

 改めて見ると、髭面に隠されていたが、顔つきもかなり若かった。青い瞳は柔和な光を帯びていて、襲ってきた粗野なセントールたちとはだいぶ印象が違った。

「おっと、まだ名乗っていませんでした。私はクムス。

 見ての通りあなたを襲った彼らの同胞ではありますが……敵ではないです」

「えっと、ええ、分かっております。

 助けていただいて、ありがとうございます。

 あ、わたくしはチェターラと申します」

 自己紹介と、それに続く当たり障りのない軽い会話の後、チェターラは、ふと疑問に思っていたことを聞いた。

「……あの、そういえば。なぜあの人たちはわたくしをさらおうとしていたのでしょうか」異人族全体に人攫いの風習があることは知っていたけれど、あのセントールたちは、どういうわけか特に躍起になっていたように思えた。

「ん、それは……」

 クムスは少し言いよどんだ。

 ゴブリンのトラシが言った。「俺も聞きたいね。あいつら、こんなガキを狙ってどうしようってんだ?」

 ハーピーのアパリアスが言った。「あたしとアレックは知ってるが……まぁ当事者だし、おぼこちゃんにも教えてやっておくれな」

 アレック・ガルムはただ頷いて肯定を示しながら、晩飯の支度をしていた。今日の晩ご飯は、昨晩の野営地から持ってきた干し肉と固いパンとチーズの塊。それを口に入れやすい大きさに切り分けて手近な枝の串に刺して、焚き火であぶって食べる。シンプルですけどワイルドで美味しそうですね!

 クムスは話し始めの言葉にやや迷っていた様子の後、言った。

「……少し前に、セントールの赤子が生まれましてね。

 それが、女の子だったのです」

 ?

 それがわたくしに何か関係があるのでしょうか。

 チェターラはそう少し考えた後、それとは別の疑問が思い浮かんだ。

 ……セントールの、女の子?

 考えてみれば、セントールの女性なんて見たことがなかった。

 エルフのようなそもそも異人族と一括りにされてはいても実際にはほぼ独立した種族は別として、異人族の多くは片方の性しかいない種族が多い。オークもそうだし、だからこそ人間をさらって足りない性を補完して子供を産ませる風習にもつながっている。

 そして子供の代になっても、生まれる子供の性は原則的に親の種族に応じた形を引き継ぐ。

 例えば人間との間の子であれば、異人族の親と同じ性であれば異人族の姿を、そうでなければ人間の姿を受け継ぐのが普通だ。

 というか、チェターラもそうだ。オークの父親と人間の母親の間に生まれた、人間と変わらない体をした娘。

 ……わたくしが男の子でしたら、お父様の姿を受け継いでオークだったのでしょうけれど。ええ、ちょっと興味があります。ちょっと。もしかしたら、とても。

 で、その法則はセントールも同じはず。セントールは男で、異種族と交配した場合もそれが受け継がれる。子供が男ならセントール、女なら母親の種族。

 なのに、女の子? セントールの女の子?

「過去に例が無かったわけではない、ようです。

 既に伝説といっていい扱いになっていましたが、伝承によれば、私たちセントールの間には数百年に一度女の子が生まれることがあるとか。しかし確証のある実例は既に忘れ去られ、ただのおとぎ話と考える者も多かった。

 それが、生まれた。

 そしてどうなったか、分かりますか?」

 分からなかったので、チェターラはそう答えた。

 クムスは頷き、言った。

「セントールだけの純血の国家を創ろう、という気運がもちあがっているのですよ。

 他種族の血を入れない、セントールの両親から生まれたセントールの血筋を主系とする国家。

 そのために、まずそのセントールの女の子に種付けする権利が争われ、時には売買され、何十人もの名前が既に予約されている。年端も行かないどころか言葉もまだ覚えていない赤子にですよ? 子供の将来を祝福する前に、何十人もの男が種付けする話が進んでいるのです。子供を産めるようになり次第、彼女はそういう生活をさせられるのでしょう。

 なんて浅ましい! こんな話ってありますか。私は同族として彼らを見損ないました。彼らの仲間ではいたくない」

 クムスは憤慨して言葉を荒げた。

 チェターラが驚いた顔をしていると、クムスはそれに気づいて慌てて謝罪した。

「……申し訳ない。かわいそうなあの娘の話はやめましょう。

 ただ、それが今日の件にも波及しているのです。マドモアゼル。

 一人のセントールの娘が産める子供の数には限界があります。同胞たちは限界に挑戦したいようですが、それでも限界はある。

 であれば当然、一人めの娘と同じように二人めの娘を作れないか、という話になる。

 あのかわいそうな娘の母親は人間でした。であれば、セントールの男と人間の女という交配で数多くの例を試したい、というわけです。当たりを引くまで、とにかくたくさん」

「で、あたしんとこにも人間の女を最優先で寄越せとうるさく来るようになった、というわけさね」

 と、アパリアス。

「元から乱暴者で評判が悪かったんだ。誰が融通してなんかやるもんか。

 ああ、クムス、あんたを悪く言いたいわけじゃないさね」

「いえ、お気になさらず。マダム・ハーピー。同胞たちのこれまでを考えれば至極もっともです」

「クムスは珍しいセントールだよな」と、ナイフをいじりながらゴブリンのトラシ。「どういうわけか昔っから、集団でつるんでるどうしようもねえ大多数の連中と個人で行動してる少数の良識のある奴、って構成なんだよな、セントールってのは」アレック・ガルムが切り分けて串に刺す作業をしていた干し肉の中から一番手近な塊にナイフを突き刺して、引き寄せ、火にあぶりもせずにそのまま食べ始めた。

「自分では良識派だなんて自惚れているわけでもないですけどね。

 ただ、彼らと仲良く一緒に行動し続けることはできなかった。それだけです。

 さ、食事にしましょうか」

 クムスは話を切り上げて、アレック・ガルムが串に刺した食材を他の者たちに分配するのを手伝った。

 各自が受け取った干し肉とパンとチーズを焚き火にあぶるのに意識が移って、セントールの娘についての話はひとまず終わりになった。


 その夜、寝る前にふとセントールの娘のことを考えた。

 チェターラが本来いた時代で考えれば、自分より約一才年上のはずの女の子。年の近い女の子。

 ……わたくしがいた時代では、セントールたちは既に異人族から独立して別の土地にいるという話でしたけれど。

 セントールの娘も、その土地に移り住んだはず。おそらくは、むしろ彼女の存在を中心に祭り上げるようにして彼らは独立したのかもしれない。

 そこで、その娘はどんな娘に育っているのだろう。

 クムスの話からすると、あまり考えたくない暮らしをしているのかもしれないけれど。

 でも、少し気になった。


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