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オークの娘さん  作者: yamainu
第3話 『オークの娘さん、母の魔法の日記を見る(中編)』
48/51

夕闇の襲撃

 27、


 見上げると、巨木の幹の高い位置に矢が突き立っていた。

 傾いて明るさを落とし始めた日光の下で、それはひどく不吉で不気味に見えた。

 はらはらと羽が数枚落ちてきたのは、もしかしてハーピーのアパリアスが飛び立ったときにかすめでもしたのか。それともたまたま関係なく抜け落ちただけか。

 もしも危ういところだったのだとしたら。

 少し間違えて当たっていたら、と、ぞっとした。


「お父様……!」

「動くな。頭を低くしていろ」

 若いオークのアレック・ガルムは、チェターラとレイヤ少年を背後に守る形で仁王立ちしたまま森の一点をにらんでいた。

 突き立った矢の角度も合わせてそれが襲撃者のいる方角だと理解し、チェターラもそちらに目を向けると、かすかに声がした。

「クソッ、逃がしたぞ、どうする?」

「仕方ない。ハーピー一匹程度、どうにでもなる。今はこっちが先だ」

 さらに続けて何か会話がされた様子のあと、足音がして、彼らが姿を現した。

 馬の下半身と、人の男性の上半身。

 荒縄のように無駄なく筋肉が浮いた馬の四肢には何も着けず、同じく筋骨隆々の上半身には矢筒やナイフといった武器をさげた紐をかけただけの、野性的で攻撃的な姿。

 セントール。

 はっきり見える場所に姿を現したのは三人だったが、他にもまだ森の中にいるらしい様子が見て取れた。

 リーダー格らしい先頭のセントールが弓に矢をつがえ、構え、アレック・ガルムに向け、言った。

「おい、オーク。

 友好的に取引と行こうじゃないか。

 お互いここで怪我をしたい理由もないだろう?

 こちらの条件は一つだ。その人間の女を寄越せ」

 ……。

 ……えっ?

 ……わっ、わ、わたくしですか!?

 チェターラは混乱した後、そういえば野営地を出る直前にも似たような場面があったことを思い出した。セントールたちはどうやら、人間の女を得ることに躍起になっているようだった。

 チェターラは、思わず助けを求めて父親の背中を見上げた。オークのアレック・ガルムは片手に棍棒を持ち、もう片方の手を蛮刀の柄に油断無くかけたまま、セントールたちに向けて言った。

「他を探せ。

 人間の女が欲しいなら、自分たちで人間の村でも襲うがいい」

「ふん。なぜ目の前にもういるのに他を探さねばならん。

 我々はさっさと村に戻りたいんだ。

 人間どものくだらない争いに手を貸す前に戦利品だけ持ち帰れるんなら、遠出する手間をはぶいてさっさと帰りたいんだよ」

「矢面に立って人間の群れを相手にするよりも、あわよくば手軽にかすめ取れればとでも思ったか?

 それで私たちをずっと着けてきていたのだろう。

 夜を待って、さらって逃げるつもりだったのだろう」

 セントールは露骨に顔をしかめた。どうやら図星だったからのようにチェターラには思えた。

 セントールは言った。「おい、オーク。間抜けな種族が一丁前に口を動かそうとするなよ。ただ退いて、その女を寄越せばいいんだ。どけ」

 ……。

 わたくし、このひとたち嫌いです。

 と、チェターラは思った。

 お父様を馬鹿にするひとたちは全員馬鹿です。ええ、間違いございません!

 そんなことを考えているチェターラの前でオークのアレック・ガルムは武器を構えたまま肩をすくめ、セントールの言葉を黙って無視した。


 しばらくの間、そのままにらみ合いが続いた。

 三人のセントールたちはいつでも矢を放てる姿勢のまま、距離を取ってこちらの一挙一動をジロジロと監視していた。

 視線と沈黙で苦しい気分になってきて、チェターラは言った。「あのひとたち、射ってこないのでしょうか」

「射ってきたなら、私も動かねばならなくなる」

 アレック・ガルムが、セントールたちに目を向けたまま背後のチェターラに言った。

「私を止めるには矢の一本や二本では不足だ。彼らもそれは分かっている。私の足は本調子ではないが、それでも無為にやられたりはせぬ。戦端を開けば、彼らは自らの被害を考えなければならなくなる。

 それを嫌がっているのだろう」

「では……」

 このまま相手が諦めて引き下がってくれればいいと、チェターラはそう思った。

 が、アレック・ガルムは否定的に言った。

「彼らは日が落ちるのを待っているのだろう。

 夜闇に紛れて私を周囲から射殺すか、あるいはお前だけをさらおうとするか。どちらにしても、彼らの有利に運ぶだろう」

 淡々とした冷徹な若い父親の声が、ひどく非現実的なものに聞こえた。

 それは、お父様でも状況的にどうしようもなくなるということでしょうか?

 チェターラは血の気が引くのを感じた。

 お父様でも、わたくしを守れないことがあるのでしょうか?

 それは、とても。

 とても、怖いです。

 そう思った。


 若いオークのアレック・ガルムは、セントールたちを警戒したまま短く素早くチェターラの様子を見た。

 彼女が怯えているのを見て取って、しばらく何を言うべきか考えているような様子をしていたが、言った。

「……。

 ……。

 案ずるな。奇妙な娘よ。お前は私が守ってみせよう」

 それだけで、チェターラはとても安心した心持ちになった。

 守る対象から隣のレイヤ少年が外されていたことには気づかなかったし、つまりそれが今の状況では一人を辛うじて守れるかどうかで二人は無理だというアレック・ガルムの冷静な分析だということにも気づかなかった。


 さらに時間が経過した。

 森の間から見える空の光は傾きを増し、夕暮れの赤い光になり、やがて、ついに色を落として急速に暗くなり始めた。

 完全に日が落ちるのももう間近。

 木々に空の多くを覆われた森は既にかなり暗く、セントールたちの姿は次第にその陰に隠れていった。

 このまま、夜を迎えるのかと。

 敵対者を闇に隠した恐ろしい時間を迎えるのかと。

 チェターラがそう思った時。


 突然だった。

 もうほとんど夜の闇に染まりかけた暗い森の、まだ辛うじて姿が見えていた三人のセントールたちの背後で、森の奥に隠れていたのであろう別のセントールたちの悲鳴が聞こえた。

「ぎゃっ!」

「こ、こいつ!?」

「き、貴様、いつの間に、うがっ」

 !?

 チェターラが驚くよりも早く。

 こちらに矢を向けたままだった三人のセントールのうち、一番偉そうだったリーダー格らしい者が背後の騒ぎに思わず顔を向けた、瞬間。

 アレック・ガルムの行動は、稲妻のように迅速で苛烈だった。

 手に持っていた棍棒をものすごい勢いでブン投げた。

 ブオン、と大きな音を立ててそれは一直線に飛び、背後に気を取られていたリーダー格のセントールの頭部にもろにぶち当たった。

「な……!」

「こ、この、オークめ!」

 残った二人のセントールが慌てふためき、矢を射ってきたが、片方は動揺していたのか大きく外れ、もう片方も、アレック・ガルムが体の前面の急所を守る形で構えた蛮刀に当たって弾かれた。

「くっ……」

 セントールたちは歯噛みしたが、頭部を潰されて既に明らかに絶命しているリーダー格に目をやり、背後の騒ぎと前面のオークを苛立たしげににらみ、言った。

「……くそっ、おい、女をさらえ! そして退却だ!」


 続けて。

 襲撃のタイミングを待って包囲する形で広く展開していたのだろう、森の別の方角、まずチェターラから見て左の方向から、二人のセントールが突進してきた。続いて右の方角から、一人のセントールが。

 左右から挟み撃ちの形で。

 彼らは衝立のようになっていた巨木の太い根を軽々と越え、両側からチェターラに迫ってきた。

 急襲を予測してかアレック・ガルムがあまり離れていない位置にいてくれてはいたが、それでも左右どちらかには対処出来てももう片方は間に合わないのではと思えた瞬間。

 傍にいたレイヤ少年がかばおうとするも、おそらくセントールの体躯にかかればそれも簡単に跳ねのけられたであろうと思えた瞬間。

 咄嗟のことでチェターラは気づいていなかったが、右から来ていたセントールの背には小柄な影が乗っていて、言った。

「おい、アレック・ガルム。その足でも一人ぐらいは間に合うだろ?」

「ふん」

 次の瞬間。

 チェターラの左側から来ていた二人のセントールは、片方はアレック・ガルムの蛮刀に斬り伏せられ、片方は喉に致命的な投げナイフを受けて悶絶し、チェターラからは太い根に隠れて見えにくい位置にどうと大きく音を立てて倒れた。


 右側から来たセントールが、友好的にチェターラたちのすぐ傍に静止した。その背に目を向けると、昨夜見た覚えがあるゴブリンの姿があった。

 オークのアレック・ガルムが言った。「待っていた。礼を言う。トラシ」

 ゴブリンのトラシが言った。「くくく。争い事ならどんな時でも大歓迎だ。いつでも呼んでくれていいぜ?」


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