♪♪
24、
チェターラたちの現在地から、馬の足で数時間ほど東に進んだ距離。
森の中。
女騎士リクアは、夜の間は馬に任せて森の中をひたすらに走らせていた。視界の悪い中で下手に手綱を操ろうとするよりは、そのほうが安全だと分かっていた。
陽が昇った後、後方に目を配って異人族の追っ手がいないことを確認してから、疲労した馬を休ませるため小休止することにした。
馬を止め、後ろに乗せていたメイド姿のローリエに言った。
「降りろ」
返答が無かった。
馬から落とされないようリクアに背後から腕を回した姿勢のまま、動く様子がなかった。
寝てるのか? と考えた。夜の森を走り抜ける間は馬から降りることもできず他にすることもなかったとはいえ、図太い女だ。そう思った。
だが。
異人族の追っ手を警戒して広く向けていた注意を改めてすぐ後ろのローリエに向けてみると。
「すー……♪
んふふ。
はー。
すー……♪
んふふふふ。
はー」
……。
首の後ろ、やけに近くで呼吸音がするんだが。
この女、背中にしがみつく姿勢で私のうなじに鼻を押しつけて、深呼吸してないか? 含み笑いしてるのはなんなのだ?
「おい、貴様! 降りろ! 離れろ!」
そう言いながら、リクアは率先して馬から降りた。ローリエから離れた。
ローリエは不満そうな顔で、馬の高さから身軽に地面へ降りた。
「むぅ。
せっかくあなたのにおいを堪能してたんですが。
鎧のにおいはどうかと思いますけど、その下のにおいはなかなか素敵ですね!」
「信用できない上に気持ち悪い女だな、貴様は」
「まあ、ひどいです♪
ちょっと人のにおいをかぐのが好きなだけです。
自分が他の誰かと一緒にいるって一番実感できる方法だと思うんですよね、はい♪」
「そういうのは貴様の変態を気にしない変態を見つけて変態同士でやれ」
リクアはローリエから顔を背けて、馬の調子を確かめた。まず怪我がないかを調べた後、布を取り出して馬の体をこすってマッサージを始めた。馬は手近な草を食みながら慣れた様子でそれを受け入れて、ここまで走り続けてきた興奮を落ち着けてリラックスし始めた。
ローリエはリクアと馬の様子をしばらく見ていた後、言った。
「それで、安全な場所まではあとどのくらいかかりそうですか?」
リクアは馬のマッサージを続けたまま答えた。
「……おそらくまだ半日はかかる。
あまり余裕はない。
異人族も追ってきているだろう。
木々がハーピーの視界を遮ってくれるから遠くから見つかる危険は少ないだろうが。
もたもたしているとセントールの足に追いつかれる可能性がある。彼らはそれこそ馬と同じに走れるからな。
馬を休ませたらすぐにまた出発する」
「こんな森で、道は分かるのですか?」
「大まかな方角が分かれば、あとは馬が通れる程度の険しくない傾斜をたどれば都市フウィスにつく。
このあたりの地形はそうなっている。
だから、フウィスが森からの進入を抑える戦略上の要になるわけだが」
「なるほど。
わたし、このあたりの地理には詳しくないんですよね。
生まれたときからずっと王都暮らしで王都育ちでしたので♪」
感慨深げに、周囲の景色を見た。
「何も変わっていなければ、今のわたしは王都にいるのでしょう」
「そんな女が何故こんな森にいたんだ。メイド姿で」
「あら、余計な自分語りをしました♪
時間もないみたいですし、その話は安全な場所についてからが良いかと」
「……状況を考えれば、貴様たちが異人族と通じていた可能性もある。問いたださないわけにはいかん。フウィスに着いたらしっかり聞かせてもらう」
「では、今はもっと有意義な話を。
オークのにおいってどう思います?」
「質問の意味が分からん。黙れ」
この女と話をしてると、なんだか人間の言葉を中途半端に理解している犬と話をしてるような気分になるな。と、リクアはふと思った。賢さは感じられるし、人懐っこさも感じるが、時として薄ら寒い。
そんなことを思いながらローリエとの会話を打ち切って、しばらく引き続き馬の世話に時間を使った。
必要充分な程度に馬を休ませたと判断した後、言った。
「もういいだろう。出発だ。乗れ」
リクアは馬の背に昇り、背後にローリエが乗るのを待った。
そして。
ローリエの含み笑いをうなじの間近に感じて顔をしかめた。
「私のにおいをかぐんじゃない。顔はよそに向けていろ。
森の中に置いていくぞ」
「んふふ、フウィスまでわたしを運んで問いたださないといけないのでは? 状況的に、そうしなければいけないんですよね? では捨てたりはしないですよね♪」
「貴様は本当に苛立たしいな」
それから約半日、小休止を挟みながら馬で走り続け、彼らはフウィスに無事たどりついた。




