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オークの娘さん  作者: yamainu
第2話 『オークの娘さん、母の魔法の日記を見る(前編)』
42/51

かすかな金属の残り香

 21、


 男の言葉はレイヤ少年と同じく別世界のものだったので、辞書の無い夢の中では理解できなかった。

 何日も後にこの夢を思い出して、うろ覚えの音から意味が通る訳文を紡ぎ出してみると、彼は最後にこう言っていたようだった。


「(その病は)(祝福だ)」


 だがその朝は、男の言葉を理解することはなく。

 気がつくと、夢から覚めてテントの中の景色を見ていた。


 しばらく、自分が今いる場所の実感がなくぼんやりとしていた。それから、ようやくもう夢の中ではないことが分かってきた。昨日まで寝起きしていた自宅の寝室ではないことも。

 自然光がテントの入り口から明るく射していた。

 毛布の中で、もう少し寝ていようかどうしようか迷いながら身体を丸めたとき。

 ふと。

 自分の身体から。

 かすかに。

 かぎ慣れないにおいがした気がした。


 金属の、硬く、無機的なにおい。

 さっきまでの夢で、恐怖とともにかいだような。


 !?


 思わず、はっきりと目が覚めた。

 毛布を跳ねのけて飛び起き、自分の指先をかぎ、二の腕をかぎ、髪の毛のにおいをかいだ。


 ……えっと。

 多分、そんなにおいはしていないと思います。

 多分、変なにおいはしてないと思います。

 さっきのは、気のせい、でしょう、きっと。


 不安に思いながらそうしていると、羽音がしてテントの入り口に人影が見えた。

「ああ、起きてたかい。

 じゃ、ついてきな。アレックが待ってる」

 ハーピーのアパリアスはそう言った。

 チェターラは手櫛で最低限だが急いで髪をととのえ、立ち上がって服のしわを伸ばした。辞書を手に取ってから、言った。

「あの、変なことをお聞ききするようですけど」

「なんだい」

 わたくし、変なにおいをしていたりはしないでしょうか。

 そう聞きたかったが。

 怖かったので、言えなかった。

 ……あの変態メイドがいたら勝手にかいでくれたでしょうに。

 ……ああ、いいえ、あんな人、いて欲しいなんて全然思ってないですけどね!

 ……そういえばあの人、大丈夫でしょうか。離れてしまった後、生き延びてくれたでしょうか。

「いいえ、なんでもございません」

「?」

 アパリアスは首を傾げたが追求するほどの興味はなかったらしく、羽を広げて軽く跳躍してチェターラの肩の上に乗った。

 促されて、チェターラはテントの外へと向かった。


 ところで。

 体臭というのは。

 生来のものもあるし、生活習慣から来るものもある。

 それから。

 病もまた、人の体臭を変えることがある。

 黒死病の患者からは熟れすぎた林檎のにおいがするそうだ。人のにおいをシロップのように変える病もある。


 異なる土地に足を踏み入れた者が持ち帰るのは、人の文化だけではなく。

 病もまた、耐性のない無防備な身体に流行はやり来る。




(第2話 『オークの娘さん、母の魔法の日記を見る』 前半部 了)

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