かすかな金属の残り香
21、
男の言葉はレイヤ少年と同じく別世界のものだったので、辞書の無い夢の中では理解できなかった。
何日も後にこの夢を思い出して、うろ覚えの音から意味が通る訳文を紡ぎ出してみると、彼は最後にこう言っていたようだった。
「(その病は)(祝福だ)」
だがその朝は、男の言葉を理解することはなく。
気がつくと、夢から覚めてテントの中の景色を見ていた。
しばらく、自分が今いる場所の実感がなくぼんやりとしていた。それから、ようやくもう夢の中ではないことが分かってきた。昨日まで寝起きしていた自宅の寝室ではないことも。
自然光がテントの入り口から明るく射していた。
毛布の中で、もう少し寝ていようかどうしようか迷いながら身体を丸めたとき。
ふと。
自分の身体から。
かすかに。
かぎ慣れないにおいがした気がした。
金属の、硬く、無機的なにおい。
さっきまでの夢で、恐怖とともにかいだような。
!?
思わず、はっきりと目が覚めた。
毛布を跳ねのけて飛び起き、自分の指先をかぎ、二の腕をかぎ、髪の毛のにおいをかいだ。
……えっと。
多分、そんなにおいはしていないと思います。
多分、変なにおいはしてないと思います。
さっきのは、気のせい、でしょう、きっと。
不安に思いながらそうしていると、羽音がしてテントの入り口に人影が見えた。
「ああ、起きてたかい。
じゃ、ついてきな。アレックが待ってる」
ハーピーのアパリアスはそう言った。
チェターラは手櫛で最低限だが急いで髪をととのえ、立ち上がって服のしわを伸ばした。辞書を手に取ってから、言った。
「あの、変なことをお聞ききするようですけど」
「なんだい」
わたくし、変なにおいをしていたりはしないでしょうか。
そう聞きたかったが。
怖かったので、言えなかった。
……あの変態メイドがいたら勝手にかいでくれたでしょうに。
……ああ、いいえ、あんな人、いて欲しいなんて全然思ってないですけどね!
……そういえばあの人、大丈夫でしょうか。離れてしまった後、生き延びてくれたでしょうか。
「いいえ、なんでもございません」
「?」
アパリアスは首を傾げたが追求するほどの興味はなかったらしく、羽を広げて軽く跳躍してチェターラの肩の上に乗った。
促されて、チェターラはテントの外へと向かった。
ところで。
体臭というのは。
生来のものもあるし、生活習慣から来るものもある。
それから。
病もまた、人の体臭を変えることがある。
黒死病の患者からは熟れすぎた林檎のにおいがするそうだ。人のにおいをシロップのように変える病もある。
異なる土地に足を踏み入れた者が持ち帰るのは、人の文化だけではなく。
病もまた、耐性のない無防備な身体に流行り来る。
(第2話 『オークの娘さん、母の魔法の日記を見る』 前半部 了)




