エドガーとエドマンド
4、
扉を開けると、強いタバコのにおいがした。
部屋の中には、三人の男がいた。
一人は、猫背の初老の男。王冠をかぶっているし、彼が王様だろう。
残りの二人は、王様とはだいぶ年が離れた青年。二人は、ほとんど同じ顔をしていた。双子のようだ。
部屋には他に、誰もいない。とすると、この二人が王子様! この国の王子様が双子だということを、チェターラは聞き知っていた。
双子は同じ顔に違う表情を浮かべ、口論の真っ最中のようだった。
一人は、最新式の紙巻きタバコをくわえ、短気そうな表情。
もう一人は、タバコの煙を嫌うのか口元をハンカチで覆いながら、いらいらしつつも忍耐を見せた表情。
くわえタバコで短気そうな表情の王子が、言った。
「道理の分からない奴だな、てめえ。石頭のエドマンド。良いものは良い。良いものは積極的に取り入れるべきだ」
「分かってないのは兄さんのほうだ。タバコの煙に頭をやられてる我が兄エドガー。急すぎる革新は国の生活を壊すものだ。ましてや別世界の文化など……」
「笑えるぜ、既にどっぷり使ってる生活をしていながら何を言う。
てめえがオムレツからポタージュまで何にでもどっぷりかけて食いやがる、お気に入りのウスターソースも、別世界から伝わったもんだぜ?
そもそも『ウスター』ってのが何の意味かも分かりゃしねえ」
「名前の意味は自分も知らない。
だがその例で言うなら、別世界から受け入れたのは、あくまで技法だ。
料理という既にある一文化における、調味料という一品の、製造技法。
そういった技法の流入はまだいいんだ。いずれはこの世界でも誰かが同じことを考えつくだろう。それが早まるだけのこと。
だから技法を取り入れることは、自分は許すつもりだ。
……それも、急すぎなければだけれど。
だが、兄さんが押し進めようとしているのは、それとはレベルの違うことだ。文化の促進ではなく、文化の破壊だ」
口論する二人を前に、栗色髪のメイドが話しかけるタイミングを伺い、チェターラと父親がただ待っていると、うんざりした様子で二人の青年の会話を見ていた王様が、チェターラたちに気づいた。
「おお、来たか。
して、そこの娘がアレック・ガルムの娘か」
アレック・ガルムが頷き、チェターラはドレスの裾をつまんで上品に一礼した。
「はい、王様。
わたくしが、父アレック・ガルムの娘でございます。チェターラと申します」
「はっはっはっ、本当に、父親には何一つ似ておらんのう。
ほれ、エドガー、エドマンド。我が息子たちよ。
言い争いは止めて、こちらを向かんか」
言われるまでもなく、二人は既にこちらを見ていた。
まず最初に、くわえタバコのエドガーが、ちらりとチェターラを一瞥した後、アレック・ガルムに言った。
「なあ、猪面のオークのおっさんよ。あんたはどう思う。
この国は、もっと新しいものを取り入れるべきだ。そうは思わねえか?」
「おいおい、まだその話を続ける気か……」
王様がうんざりした顔をしたが、それにも構わず、今度は弟エドマンドが言った。
「オークの騎士殿は、野蛮なオークの文化を捨てて人間の文化を尊び礼儀を重んじる稀なお方だ。ならば、理解してくれるはずだ。
この国の文化は、今のままであるべきだ。そうだろう?」
アレック・ガルムは、肩をすくめた。
「私はただ、仕えるのみだ。
それが私の誓いだ。お前たちがどのようであろうとも。妻の魂が見限らぬと思える限りは」
アレック・ガルムの言葉を聞いて、くわえタバコのエドガーはつまらなそうに肩をすくめた。
「ちぇっ、オークのおっさんらしいや。つまりまあ、お互い勝手にやってろってことだな。
話は終わりだな。俺は忙しい。もう席を外させてもらうぜ」
外への扉に向かう途中、エドガーはチェターラとアレック・ガルムの横を通り過ぎた。話しかけてみるかどうかを内心で迷ったチェターラの鼻に、タバコの強いにおいがした。
エドガーは気安く、アレック・ガルムの腕を叩いて言った。
「相変わらず、ひでえ香水のにおいがしてんな。
じゃ、おっさん、また後でな。
今日の正午、魔術師の爺さんのとこだ。忘れんなよ」
エドガーはそのまま、チェターラには興味を示さずに扉の外に去った。
ぐぬぬぬぬ!!!
と、内心でチェターラは歯噛みした。
わたくしにも、もう少し目を向けていただいてもよろしいと思うのですが!?
「では、自分も」
兄エドガーが扉の外に去るのを待ってから、弟エドマンドも言った。
「残念だが、自分も予定があるんだ。人を待たせてる」
エドマンドもチェターラとアレック・ガルムの横を通り過ぎて退出しようとしたが、ふと立ち止まった。ハンカチを鼻に当てたままだったが、チェターラに目を向けた。
「オークの騎士殿の可愛い娘さん。君は今日から城で働くんだったかな?」
「はい」
内心で得意げに感じながら、表面上は出来る限り澄まし顔で、チェターラは答えた。
「そのつもりで参りました」
「そうか。なら、これからも顔を何度も合わすだろう。よろしく」
「はい。こちらこそ、でございます」
礼儀正しくチェターラは一礼し、退出するエドマンドを見送った。
内心は、こう。
やった! ぃやっほう! 話しかけてもらえました!