若い父親の横顔
18、
夜の野営地跡。
争いの音は完全に消え、炎の多くも既に下火になっていた。赤々と照らされて別世界のようだった景色は闇の中に沈み始めていた。それは、多分都合が良かった。そうでなかったら、残された騎士たちの死体の多くが闇に隠されることなくチェターラの目に見えてしまっていただろう。
それでも視界に入る戦争後の景色からなるべく目を背けながら、アレック・ガルムに先導されて、チェターラは焼け残ったテントまで歩いた。
アパリアスとレイヤ少年も入り口までついてきたが、アレック・ガルムが彼らに言った。
「私はこの娘と話す。
アパリアス、その少年は別のテントに」
「あいさ」
それから手に持っていた辞書を開き、単語を探して少年にも何か言った。先ほどまで通訳としてその辞書を持っていたチェターラが理解できた範囲では、おとなしく待て、とかそういうことを言ったようだ。
アパリアスはチェターラの肩からレイヤ少年の肩の上に飛び移った。
逃げられないように鳥足でしっかりと肩を固定し、器用に重心を動かしてレイヤ少年の行く先を強制的に誘導しながら、去り際にアパリアスは言った。
「ああっと、そうだ、さっきはまだ子供を産ませるにゃ早いって言ったけどさ、唾つけとくのは良いんじゃないかね、そのおぼこちゃん」
アレック・ガルムは肩をすくめて無視した。
テントの中に入るとアレック・ガルムはランプを見つけて火をつけ、それから中央の地面にどっかと座った。持ってきていた拳銃を膝の上に置いてから、本腰を入れて手書きの辞書に目を通し始めた。
チェターラが手持ち無沙汰に立っていると、アレック・ガルムがじろりと目を向けて、テント内の片隅にあった毛布を示した。
「座っていろ。
終わったらこちらから声をかける」
「はい」それから、ちょっと迷ったが、付け加えてみた。「お父様」
アレック・ガルムは再度じろりと目を向けたが、何も言わずに辞書に目を戻した。
毛布の上に座り、しばらくぼんやりと時間を過ごした。
不思議なもので、一度落ち着くと、普段の父親と過ごす時間と同じようにも思えた。平和だった我が家からは時間も状況も遠く離れているのは分かっているし、若い父親にはまだ不審に思われているのも分かっていたけれど。書物に没頭する父親の横顔は、年齢の差異こそあれ見慣れたものに感じられた。
やがてアレック・ガルムは一通り目を通し終えたらしく、辞書を脇に置くと、チェターラに顔を向けた。
「それで、お前は……」
言葉に迷った様子だったが、言った。
「お前は、私の娘か?」それは疑問ではなく、確認の問いだった。
!
やっぱり、分かってくれたのですね!
チェターラは嬉しさを隠さずに答えた。
「ええ、お父様!」
「生まれたのはいつだ?」
「えっと、今から見たら来年……」
「未来、か。浪漫だな」
アレック・ガルムは考え深げに手書きの辞書に目をやった。
「これにも日付があった。
書いた日付だ。我ながら几帳面なことだ。十数年先まで習慣を変えずにいたようだ」
なるほど、それもあって、わたくしが未来から来たなんてことを信じてくれたのですね! さすがお父様!
と、チェターラは感心した。
アレック・ガルムは言った。
「それで、何故ここに来た?
時間移動など、誰も方法を確立したことのない魔法だ。真偽不確かな伝聞でしか聞いたことがない。
理由があって成したのか? それとも偶然か?」
「あの、ええ、偶然です……」
チェターラは、これまでの事のあらましを出来る限り思い出して話した。故人である母親の日記を入手したこと。その日記が、来訪者の館で奇妙な反応をしたこと。気がつくと森の中にいて、若い母親と思われる人物が同じ日記を持っていたこと。そして、本来は今夜が自分の父親と母親が縁を持つ運命の日だったはずであること。
「その日記が鍵のようだな」
アレック・ガルムは頷いた。
「しかし、お前の母親、か」
腕を組んで、思いふける顔をした。
「私の妻になるはずだった女性、か。
顔だけでも知っておきたかったものだ。
何一つ知ることなく縁を逃すとは」




