通訳
16、
その言葉はチェターラが使い慣れた人間の言葉で発せられたので、アレック・ガルムには意味が通じなかった。一方、肩の上のアパリアスは聞き取った。
「?
変なことを言う子さね。
何さ、あんたの母親をどうしてアレックに会わせたいんだい」
「それは……」
チェターラが戸惑っていると、傷の応急手当を終えたアレック・ガルムがアパリアスに顔を向けた。
「その娘は何を言った?」
チェターラは迷ったが、意を決して、異人族の言葉で先に答えた。「わたくしのお母様に会って欲しいと、そう言ったのです」
アパリアスが驚いた顔をした。「このおぼこちゃん、あたしらの言葉をしゃべれるのかい」
「そのようだ。
言ったことは合っているか?」
アレック・ガルムはアパリアスにそう尋ねた。自分の言葉が信用されていないということが伝わってきて、チェターラは落胆した。
アパリアスは答えた。
「ああ、さっきもそう言ってたさ」
「ふむ……」
アレック・ガルムは少し考える様子を見せたが、首を振った。
「意味が分からん。後回しだ。黙っていろ」
チェターラは泣きそうになった。
……こんなに冷たいお父様は初めてです。いいえ、今のお父様からすれば当然の対応であろうことは分かっているのですけれど。
アレック・ガルムは傍らに置いていた拳銃を手に取って示し、レイヤ少年に目を向けた。
「私が知りたいのはこの武器のことだ。
アパリアス、通訳しろ」
「そっちの子はあたしらの言葉はしゃべれないのかい?」
肩の上に乗ったままのアパリアスは逆さまに、チェターラの顔を覗き込んで言った。
「彼は、わたくしとは違う場所から来ましたので……」
「なるほどね」アパリアスはレイヤ少年を向いて、人間の言葉に切り替えて尋ねた。「ちょっとあんた、あたしの言葉が分かるかい?」
レイヤ少年は困った顔でチェターラを見た。
「あ、少しお待ちください」
チェターラはポーチから父親のノートを取り出した。
「わたくしなら、彼に言葉を伝えられます。
何をお聞きになりたいのですか?」
アレック・ガルムは疑わしげにチェターラを見た。
チェターラはまた泣きたくなった。だが、アレック・ガルムはひとまず試してみることにしたらしく、言った。
「この武器をどこで手に入れたのか、聞け」
チェターラはノートを開いて単語を調べながら、レイヤ少年に言葉を伝えた。
レイヤ少年から、それが元いた場所の軍の支給品であるという答えが返ってくると、今度は異人族の言葉に戻してアレック・ガルムに伝えた。
元いた場所とはどこか、という問いがアレック・ガルムから返ってくると、チェターラはそれをレイヤ少年に伝えた。この問いはレイヤ少年からだけでは答えにくかったので、チェターラが持っている魔術師の塔の召喚の儀式の情報も合わせた上でアレック・ガルムに言葉を返した。
何度か問答して拳銃が人間側の一般的な武器ではなく異邦人のイレギュラーな物品であることを確認し、今の戦線に投入されることはないと判断したらしい後は、アレック・ガルムの問いは本人が個人的に興味を持っているらしい細かい話に移った。拳銃の使い方や、製造法など。
しばらく、チェターラは通訳を続けた。最初は辞書から単語を探す手つきもたどたどしかったが、しばらくすると、慣れてきた。よく出てくる単語はわざわざ探し直さなくても伝えられるようになってきた。だんだん楽しくなってきた。
何より、父親の役に立っていることが嬉しかった。
そうして自分の役割に浮かれ始めていたので。
チェターラは、簡単なことにも気づいていなかった。
アレック・ガルムは疑わしげにチェターラを観察しながら問答を続けていたが、突然、むんず、とチェターラの手から辞書を横取りした。
「あ、お父様! お返しください!」チェターラは慌てた。
そして、気づいた。
よく考えてみれば。
この辞書は異人族の言葉で書いてあるのだから、それが読めるアレック・ガルムからしてみれば間にチェターラを挟む必要はなかったのだ。




