血と鉄と火のにおい
12、
「お父様!」
思わず叫んで、チェターラはそちらへと走った。
その瞬間は、歓喜さえ感じた。
だが。
走り寄る途中で、改めて気づいた。
周囲に満ちた、鼻につくにおい。
炎のにおい。
鉄のにおい。
血のにおい。
目の前で、若いアレック・ガルムが蛮刀を振るい、騎士が倒れた。血が飛び散った。
それを目にして、チェターラは立ち止まった。
心臓が、ばくばく言っていた。
もう十数歩ほどの距離に、若い父親の姿。
息が、苦しい。
……それは、わたくしが思わず無我夢中でここまで走ってきてしまったからでしょうか? 息を調えることを忘れてしまっていたから?
それとも。
恐怖のせい?
父親の姿。
緑褐色の巨大な体躯。その上を彩る返り血の赤。右手には棍棒。左手には蛮刀。
猪顔と目が合った。その目は、とても冷淡で。
愛情の欠片もなく。
……お父様に、こんな目で見られたことなんて、わたくしは、一度も、ございません、でした。
本当にここが過去の時代で、妻と知り合う前の若いアレック・ガルムだというのなら、その目は当然なのだろう。
チェターラのことなど知りはしないのだから。
まだ生まれていない娘のことなど、知るはずがないのだから。
チェターラに気づいたアレック・ガルムは、戦場に相応しくない少女の姿に訝しげな顔をしたあと、まだ残っていた周囲の騎士たちを冷静に始末した。
それから、のっそりと、冷淡な目のまま、近づいてきた。
チェターラは、立ちすくんだまま動けなかった。
気づけば、体が震えていた。
涙で視界がにじんでいた。
そのとき。
アレック・ガルムの目が、チェターラから少し逸れた。
……わたくしの後ろを見ている?
そう気づいた瞬間、後方から腕をつかまれた。走ってきたらしいやせた姿が、チェターラを引っ張って後ろにかばって代わりに前に出た。
「あっ……!?」
「△□×!」
レイヤ少年が、アレック・ガルムと対峙していた。
アレック・ガルムが、冷淡に少年を見ていた。無造作に、蛮刀を振り上げた。
その様子を、チェターラは恐怖の目で見つめた。
お父様に、勝てるわけなどありません。
きっと、レイヤ少年は殺されてしまうでしょう。
そんな……!
思わず、父に向かって叫んだ。
娘のことなど知るはずもない、娘が生まれる前の時代の若い父に。
異人族の言葉で。
「お、お父様! お待ちくださいませ!」
若いアレック・ガルムの目が、数瞬チェターラに向いた。不思議そうな色が見えたのは、チェターラが異人族の言葉を流暢に発したからでもあるし、突然にお父様と呼ばれたせいでもあるだろう。
アレック・ガルムの注意が逸れたのは数瞬の間だけで、アレック・ガルムの武器は構わず容赦なくレイヤ少年に向かった。
だが、その数瞬の間のせいで。
若いアレック・ガルムは少年の行動に気づくのがわずかに遅れた。
少年は、服の内側から何かを取り出していた。
それは。
この時代からすれば考えられない小ささと殺傷力を両立する銃器。
拳銃。
レイヤ少年は、若いアレック・ガルムに向かって拳銃の引き金を引いた。
銃弾が、オークの体に穴を穿った。




