森の中
8、
『四月十六日
チェタ森を進み、デイラ王国との戦の前線に向かう。
最短距離であることは間違いない。前線に少しでも早くたどり着くべきなのも確かだ。
だが、騎士を主力とする我が軍は、森での戦いは不得手だ。もし、この森にいる間に襲われれば、私たちは苦戦を強いられるだろう。
「いや、デイラ王国は、我らが出発したことなどまだ知らんはずだ。
もし知ったところで、ここはまだ我が国の勢力圏。森を越えた先で我らに従う小領主や豪族の支配地域を抜け、前線を離れてこちらを急襲するような余分な兵は持っていないだろう」
隊長は私の不安にそう答えた。確かに、デイラ王国の兵がこの森まで来ることは考えにくい。
だが、嫌な予感は消えない。
本来ならば、森で夜を過ごすような進軍は避けたかった。
この森を安全圏だと考えている隊長は、前線から遠い間は兵たちを極力休ませるべきだと判断している。そのため、今夜は最低限の見張りしか置いていない。
私は、その見張りの任を買って出た。
どうせ不安で眠りを妨げられるのだから、それは自らで振り払うべきだ。
そう思い、私は、』
……チェターラが体感時間で少し前に走り読みした母親の日記の『その日』の記述は、ここで終わっていた。その後の数日、日記は書かれていなかった。
今。
夜の森。野営地の端の焚き火の前で。
「貴様ら、何者だ!」
チェターラの前で手帳とペンを手にしていた女騎士は、瞬時に警戒態勢に移り、腰にさげた剣の柄に手を伸ばした。
え!? な、なんですか!?
チェターラは慌てて後ずさった。背中が誰かにぶつかって、驚いたが、それはローリエだった。すぐ横には、別世界から来た少年。少年も、この状況に驚いている顔をしていた。
どうやらチェターラだけではなく、来訪者の館で近くにいた三人がここにいるようだ。一人ではないと分かって、少しだが安心した。
「あの! わたくしたち、怪しい者ではございません!」
とにかくそう言いながら、チェターラは改めて目の前の女騎士に向き直った。
彼女は、軽装の鎧を着た、中背の女性だった。年齢は、二十になったかならないか、といったところ。
大きな目はツリ目気味で、表情は、今こちらを警戒しているということを別としても、険のある印象だった。
……。
なんとなくですけど、どこかで似た顔を見たことがあるような気が? と、チェターラは思った。
初対面であることは間違いないのですけれど、微妙に似た顔をわりとよく見たような。
そう思っていると、すぐ後ろからローリエの声がした。
「この人、チェターラちゃんをお姉さんにしたみたいな顔してますね♪」
……。
そうでしょうか。そう言われると、そんな気も?
でも、わたくしはこんなに怒りっぽそうな顔はしてないと思います。
と思っていると、
「怪しい者……だけど、デイラの兵ではなさそうね。
少なくともあなたは、普通の民間人に見える」
と、女騎士がチェターラを見て言った。
だが警戒は崩さず、いつでも剣を抜ける態勢のまま、少年に目を向けた。
「その手は動かすな。武器を出せば、こちらも斬る」
少年は、右手を服の内側に入れていた。言葉は分からないはずだが、状況は理解しているらしく、緊張した顔のまま、動かずにいた。
「こんな森の中で、何をしている?」と、女騎士。
「え? それは、その……」
わたくしたちも分からないのです。なぜ突然、こんな場所にいるのか。
それをどう説明しようかと思い、チェターラは目を泳がせていたが。
ふと、騎士の女性がまだ左手に持っていた手帳に気づいた。
「! その手帳!」
その装丁は、見覚えがあった。
というか、ついさっきまで自分が持っていたものとしか見えなかった。
母親の日記。大事なもの。
だから思わず、詰め寄った。
「それ、返してください!」
「は?」
「お母様の日記なのです!」
「……は? 何を言っている! 貴様、近づくな!」
女騎士が驚いて目を白黒しているところで、人が来る気配がした。見ると、女騎士の仲間らしい男の騎士がこちらに近づいてきていた。
彼が女騎士を呼ぶ声がした。
「リクア殿、どうしました?」




