オークと娘と納豆とくさや・二日目
1、
愛しい愛しい我が娘よ。
その浮かぬ顔はどうしたことか。
父には話せぬ悩み事か。
と、父親であるアレック・ガルムは思った。
目の前では。
娘のチェターラが上の空の顔で朝食の納豆に箸を突き立てて、ぐーるぐーる、ぐーるぐーる、と、緩慢なスピードでかき混ぜていた。
くさやが、焼き網の上に放置されて焦げ始めてきていた。
くさやを網からおろして娘の前の皿に移しながら、アレック・ガルムは言った。
「愛しい娘よ。何を悩む」
「……あ、いえ、お父様。なんでもございません。
ええ、なんでもございませんとも」
チェターラは食卓に意識を戻し、納豆を勢いよくガチャガチャとかき回した。だが、しばらくすると、かき回す動作がまた緩慢になってきた。
ぐーるぐーる、ぐーるぐーる。糸を引いて、ぬっちゃぬっちゃ……。
アレック・ガルムは肩をすくめ、言った。
「愛しい娘よ。そろそろ食事を済ませよ。
私はそろそろ城に向かわねばならぬ。
お前も、遅れてはならぬ」
チェターラは、ハッとして納豆をかき混ぜる手を止めた。
「お待ちくださいませ、お父様。
わたくしも一緒に行きます」
ニンニクとチーズで味付けした麦粥と、納豆と、くさやの朝食を礼儀正しく素早く食べ終えて、チェターラは出かける準備のために奥の自室に一度引っ込もうとした。
だが、その手前で立ち止まって、少し自分のにおいをかいで顔をしかめた後、水浴び場に向かった。しばらくして、どうやら体を軽く拭いて戻ってきた後、改めて自室に引っ込んで、かなりしばらくしてから、身だしなみを整えたドレス姿で出てきた。
しかし、どこか不安そうだった。アレック・ガルムからも無意識に少し距離を取っているようだった。
アレック・ガルムは気づき、言った。
「愛しい娘よ。
いつもの香水はつけないのか?」
「え? ええ、はい」
チェターラは、不安そうに、びくっとしてから言った。
「あの、わたくし、大丈夫でしょうか?
少々、におってしまってなど、おりませんでしょうか」
アレック・ガルムは、どう答えたものか一瞬迷った。
父親でありオークであるアレック・ガルムには、特に気にならない。もともとオークという種族は煩雑なにおいでも人間より平気だし、特にまだ朝食のにおいの強く残るこの部屋の中では、娘のにおいはむしろつつましいものであろうと思う。
客観的に判断するならば、よく嗅げば朝食のくさやのにおいが少し残っているではあろう。もっとも、それとて意識してかがれなければ、あまり鼻のきかない人間相手ならそうとやかく言われるほどではあるまい。
だが、そう言葉で告げたとて、娘の不安そうな顔は晴れなさそうだ。
そう思い、アレック・ガルムは言葉で言うのではなく、娘を引き寄せて抱き上げた。
「きゃっ」
「お前は堂々としているがいい。
お前は私の愛しい娘だ。そのにおいも愛する。
お前を嘲笑う者がいるならば、私がその者の嘲笑を止めよう」
「……お父様は、乱暴者のオークでございますね」
そう言いつつも、チェターラは安心した顔をした。ついでに、父親の髪に手を伸ばして、少し乱れていた部分を撫でつけて整えた。
それから。
アレック・ガルムがチェターラを地面に降ろすと、チェターラが外へのドアを開けた。
並んで家の外に出たところで、チェターラが、アレック・ガルムに話しかけてきた。
「あの、お父様」
「どうした、愛しい娘よ」
「お父様がお母様と出会ったときのこと、また聞かせていただけませんか?」




