オークとゴブリン
14、
一般的にオークの武器というと、棍棒か蛮刀がイメージされるようだ。
アレック・ガルムが携帯する武器も、その二つ。堅い棍棒と、硬い蛮刀。人間の二倍は胴回りがある腰の左右に、大振りなものを一つずつ。
アレック・ガルムは無造作に棍棒の柄を掴むと、襲ってきた相手の毒刃の軌道に叩きつけて真横に振るった。
ゴブリンが手に持っていたナイフは、堅いが刃物を弾き返すほど硬くはない棍棒に刃を埋める形になった。そのまま、棍棒の勢いに力任せに持って行かれた。持ち手がナイフを強く握ったままであれば、手首をやられるか、体勢を崩されただろう。
ゴブリンはナイフには固執せず、手を放した。
真後ろに跳躍し、距離を取った。
アレック・ガルムは、棍棒に刺さったナイフをちらっと見、それが毒らしき液体に濡れていることを確認した後、ゴブリンに改めて目を向けた。
「トラシ、お前か。確かに久しい」
「アア、戦ノ頃ヲ思イ出ス」
少し離れた高い位置から、チェターラの声。「あなた! わたくしのお父様に何をする気ですか!」
トラシという名のゴブリンは、アレック・ガルムから目を離さず新しいナイフを取り出して構えながら、声のした方向を顎で示して歯を見せて笑った。
「アノ娘ハ貴様ノ娘カ。
クク、大キクナッタナ」
「大きく、美しく育った。母親似の愛しい娘だ」
「オイ、ソノ面デ臆面モナク、ノロケルナ。
サテ、俺ノ望ミハ分カッテルヨナ?
貴様ト組ンデ人間ト戦ヲシテイタ頃カラ、俺ハ貴様ト戦ッテ心臓ヲ抉リ出シタイト思ッテイタ」
「ああ。それは既に聞いた」
「今ガ、ソノ時ダ!」
そう言うと、小柄なゴブリンは素早く巨漢のオークの間合いに飛び込んだ。その動きは、アレック・ガルムが棍棒を振るスピードよりも速かった。
アレック・ガルムはその場に踏みとどまらず、ナイフを避けて後退し、環状列石の一つを横にする位置に移動した。
ゴブリンのトラシは、少々やりにくそうに、チッと舌打ちした。
スピードではトラシに有利があったが、人の背丈ほどある石に場所を取られているせいで、スピードを生かすための空間が半減していた。結果、攻める方向が限られ、それでも攻めればその方向にはアレック・ガルムが振り回す棍棒が待ち受けていた。
トラシは攻めきれず、アレック・ガルムは冷静に対処しながらトラシの動きを観察し、数秒が過ぎた。
その間にも、魔法陣の線を走る黄色い炎は広がっていた。
それは、アレック・ガルムとトラシがいる場所の近く、トラシが書き換えた線にもそのまま走った。魔法陣の線は地面に染み込む特殊な染料で描かれていて、その上で二人が争っても線そのものが完全に消えてしまうことはないようだった。
高い位置の通路にいるチェターラは、はらはらしながら父親の戦いぶりを見ていたが、ふと思い立つと、周囲を見回し、背後にある内壁に並ぶ本棚のたくさんの本に目を向けた。
駆け寄ると、手当たり次第に数冊、手に取った。
近くにいたローリエが言った。
「チェターラちゃん、何をしてます?」
「お父様に加勢いたします! ええ、この本を投げつけてやります!」
「アレック・ガルム様が負けることはないと思いますよ? とてもお強いですから♪
あと、本を手荒に扱ったらクレテックさんが悲しむかと」
ローリエの言葉に構わず、本を持って手すりのところまで戻り、身を乗り出してゴブリンに向けて投げつけようとしたとき。
ちょうど、魔法陣の全部の線に、黄色い炎が行き渡った。
炎が、強く輝いた。
地面が揺れた。
「きゃあっ!?」
「!? チェターラちゃん、危ない!」
チェターラは、揺れのせいで大きくバランスを崩した。
近くにいたローリエが慌てて掴もうとしたが、間に合わず。
そのまま、手すりの反対側へ。
螺旋通路の踊り場から、下の、魔法陣の、上へ。