エドガーと召喚の儀式
12、
魔法陣の外側に立って内側を眺めるアレック・ガルムの横には、二人の人間がいた。一人は、タバコをくわえた王子エドガー。もう一人は、三角帽子をかぶった背の低い痩せた白ひげの老人。
くわえタバコのエドガーが言った。
「オークのおっさん、今日は微妙に浮ついてんな。
そんなに娘のことが気になんのか?」
「当然だ」
「ちぇっ、言い切りやがった。嫌だねえ、親バカってのは」
すると、横にいた背の低い老人が言った。
「ヒッヒッ、王子殿も親になれば気持ちが分かりますよ。
そして、孫が生まれるとさらに分かります。
娘は可愛い。孫娘はさらに可愛い」
「そんな先のことなんか、考えたこともねえよ」
エドガーは、老人に対して小馬鹿にしたようにそう答えた。
老人は、あまり歯の残っていない口をひん曲げて、への字口にしつつ、肩をすくめた。
それから唐突に、エドガーは、老人に言った。
「なあ、クレテック爺さん。
魔法陣を改良する目算は、ついてんだろ?」
「む……」
老人、魔術師、クレテックは、口をつぐんだ。
彼は、召喚の儀式を管理する老人。
彼は、召喚の儀式を確立して王家に雇われた初代魔術師の、息子である魔術師。
エドガーは、言葉を続けた。
「あのアオイって女と話して、だいぶ研究が進んだって言ってたじゃねえか。
その研究を生かせば、今みてえな、一年そこらでいなくなっちまうような来訪者じゃなくて、ちゃんと残る形で呼べるかもしんねえんだろ?
そして、生き物だけじゃなくて、その周囲にある物も一緒に持ってこれるかもしんねえんだろ?」
「……。
……ヒッヒッ、そうなったら、わしの楽しみが一つ減ってしまいますなあ。
人間の若い女が召喚されないかと毎回楽しみにしておりますのに、おそらく、魔法陣を改良したら、服も一緒に召喚されてしまいますによって。
今までのような裸が、なかなか拝めんようになってしまいます」
冗談めかしてクレテックはそう言ったが、エドガーは冗談には乗らず、言った。
「爺さんのエロ趣味の話なんざ、どうでもいいんだ。
服が一緒に召喚されりゃ、今まで知識だけだった別世界の服が実品として手に入る。
服以外の物もあれば、それも。
それは、もっとこの国を発展させてくれるはずなんだ。
だろ?」
クレテックは、への字口になってしばらく口をつぐんでいた後、言った。
「……王の許可をもらっておりませぬで」
「ちぇっ、俺の許可じゃダメだってのか?」
「……」
「なあ、爺さん。
この召喚用の魔法陣を作ったのは、あんたの死んだ親父さんだ。
あんたはずっと、それを維持してきた。そりゃ、立派な仕事だとは思うぜ。
だが、それだけじゃねえか。維持だけ。
それで、いいのか?
俺なら、父親のしたことを越えたいと思うぜ」
「……」
「爺さん、俺は知ってるぜ。
あんたはずっと、魔法陣の研究を続けてきた。
あんたなら、間違いなく改良できるはずだ」
「……」
クレテックは、肩をすくめた。
「王子殿。
わしは、研究が好きなだけの爺ですで。
実地で試す機会が一生来なくとも、構わぬと決めておるのです」
エドガーはクレテックをしばらくにらんでいたが、やがて、こちらも肩をすくめた。
「まあいいさ。別に、今日どうこうしようって話じゃねえ。
だが、覚えとけよ、爺さん。
親父が引退して俺の時代になれば、もっと好き放題に研究と実験をさせてやる。そのときまで、生き延びときな」
それから、塔の出入り口の扉まで移動して、内側から鍵をかけた。
召喚の儀式の間は、そうして鍵をかけるのが決まりだった。
「さて、そろそろ儀式の時間だ。
爺さん、決まりきった、毎度変わらない、使い古した儀式を始めるとしようぜ」
ちょうど、そのすぐ後。数秒後。
出入り口の扉の反対側。外側で。
扉に鍵がかかっているのに気づいて、ローリエが言った。
「あら、ちょっと遅かったようです」
チェターラが言った。
「入れないのですか?
あ、でも、お父様が中にいるのですよね。
声をかければ開けてもらえるのでは……」
「いえ、もう召喚の儀式が始まっていて忙しいかもしれませんし、ここから入るのはよしましょう」
塔の外壁に沿って、離れた方向を指さした。
「そちらに別の出入り口があります。
そちらからなら、儀式が始まっていても入れるはずです♪」