魔術師の塔
11、
この土地での召喚の儀式の歴史を紐解くと。
最初は、自然現象の一つとして観測されていた。
最古の記録では五百年ほど前。先住民の時代から、この土地には、
『時おり、見慣れぬ生き物が現れる』
『その生き物は、種を残さず、一年ほどで消える』
という事象が観測されていた。
なお、その頃は、生き物の内訳は小動物や小さな昆虫がほとんどだった。
その後、現在の国を作る人々が本格的に入植し、人口増加とともに観測される回数も増えると、見慣れぬ生き物は森の中にある特定の地点から現れることが分かってきた。
あるとき、旅の魔術師が、その場所に塔を作って住み着いた。事象を観測し、計測し、研究するうちに、どうやらこの現象には月のエネルギーと別世界が関係しているらしいと推測した。
曰く。
この土地には月のエネルギーが溜まりやすく、そのエネルギーが時おり別世界への扉を開けるのだ、と。
それから、魔術師は考えた。
そのエネルギーは不安定で、量が多く溜まる前に励起発散されて別世界への扉を開けてしまっているようだ。そのせいで、扉は小さく、別世界から来る生き物もその扉を通れる大きさの、小動物や昆虫といった小さい生物がほとんどのようだ。
ならば。エネルギーをもっと安定して保持できる環境を整えれば、もっと大型の生物も別世界から呼べるのではないか?
魔術師は研究を続け、エネルギーを保持するための巨大な魔法陣をこの土地に敷いた。
そして、魔法陣に溜まったエネルギーを特定の時期に解放する召喚の儀式の手順を考案した。
その思惑は成功し、以後、ある程度の大きさの生き物のみを召喚できるようになった。
その大きさは、小柄な人間よりも大型の大きさ。
儀式のタイミングは月の周期で蓄積されるエネルギーに合わせ、一年に十二回、もしくは十三回。
当時の魔術師にできたのは『小柄な人間よりも大きい』という指定のみだったため、その範囲に含まれる生き物が無作為に召喚されることになったが、ともかく儀式手順は確立され、あるとき、人間が召喚された。
別世界の知識を持った人間。
その知識の中には戦争に役立つ武器の知識なども含まれていて、当時の王族も大いに興味を持った。王族は魔術師を囲い込み、以降、魔術師は王国の管理下で、別世界からの召喚の儀式を行うようになった。
今。
オークのアレック・ガルムは、愛しい娘は今頃何をしているだろうかと考えながら、魔術師の塔の一階にいた。
ちなみに厳密に言うと。
この塔には、アレック・ガルムが今いる一階だけしか階層がない。
二階にあたる高さより上には、明確な階層というものはない。
巨大な煙突のみの建物、というのを想像してもらえるといいかもしれない。
真上を見上げれば、円形の空が見えた。
円筒状の巨大な建物の内壁の縁には、螺旋状の通路がぐるぐると回って伸びていた。その内壁には書棚が数え切れないほどに並び、書物が何万何億冊と取り囲んで一階を見下ろしていた。
そして一階は、地面がむき出しの広場のようになっていた。
中規模の運動場のようでもあるが、人の背丈ほどもある岩が、環状に幾つも配置されていた。その環状列石を結ぶように、地面には色つきの砂で、複雑な模様の魔法陣が描かれていた。
その魔法陣は、月のエネルギーの蓄積そのままに、淡い光を放っているようにも見えた。