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オークの娘さん  作者: yamainu
第1話 『オークの娘さん、城へ行く』
10/51

アオイ

 10、


 アオイ。

 苗字はホテイ。ホテイ・アオイ。

 彼女は、生まれた世界では魔術師のような立場だったそうだ。

 三十三年生きて、そして、死んだ。

 死んだ。


「お亡くなりに、って、ええ!?

 でも、今、生きていらっしゃいますよね?」

 チェターラは、思わず言った。

 アオイは、気だるげに肩をすくめた。

 透き通るような白い肌は、よく見ると内側に火が燃えているガラスのように、静かに不自然な熱と赤みを帯びていた。それは病の症状のようにも見えたが、しかし、本人は気にしている様子は無かった。

 ただ、気だるげ。

「でも、そうなのよ。

 私は確かに、元の世界で死んだ。

 その後に、この世界での記憶がつながってるの」

 まるで自分の体の実在を疑うように、心臓が動いているのを疑うように、アオイは自分の胸に手を当てた。

「私からしたら、死後の世界かとも思ったわ。

 でも、どうやら違うらしいと分かった。

 死んだ後、私はこの世界の召喚の儀式に呼ばれて、ここに来た」

 ローリエが言った。「わたしが知る範囲では、アオイさんより以前に召喚された方も、みな同じとのことでした。

 自分の世界でお亡くなりになった後に、わたしたちの世界に来たと。

 言葉を聞くことはできないですが、今一階にいる動物たちも、同じでしょうね」

 アオイは頷いた。


 それから、アオイはこの世界に来た直後のことを話した。

 まず魔術師の塔で召喚されて目を覚まし、最初にオークのアレック・ガルムを見て動転したこと。

 ローリエの補足によると、アレック・ガルムは召喚の儀式に立ち会うのが慣例のようだった。

「人間ならまだしも、他の動物が召喚されることも多いですから。

 アレック・ガルム様は、召喚された人や動物が暴れた場合に取り押さえる役目です。

 昔は兵士が何人も備えていないと危険だったそうですが、アレック・ガルム様がいれば、お一人で充分ですから♪」と、ローリエ。

 チェターラは、一階にいた大型動物を思い出して、それを平然と取り押さえた父親の姿を想像して、得意な気分になった。えっへん!

 あ、でも、ペンギンを捕まえるお父様の姿はコミカルかも。それはそれで楽しそうですけど。

「そうしてこの世界に来て、落ち着いた後は、ずっとこの館に住まわせてもらっているわ。

 この国では、そうやって別世界からの来訪者を手元に逗留させて、その話を聞いて、役立つ知識を集めていたのね」

 最初の頃は連日、書記官のような人がやってきて、アオイが知っていることを何でも根ほり葉ほり聞いては記録していったそうだ。

 その記録は全て書物にまとめられて、城の書庫に保管されている、とのこと。書庫にはそうやって、アオイより前に来た者も含めて来訪者の知識が本として残されているらしい。

「あなたのお父さんも、何度か話を聞きにいらしたわ。

 オークって知識欲が旺盛なのね。私が想像してたのと随分違ったわ。

 ……まあ、あなたのお父さんだけかもしれないけど。

 それから、魔術師のクレテックさんともよく話した。

 私が元の世界で研究していた知識は、彼が研究していることと重なることも多かったから。お互いに、刺激的な情報交換ができたと思う」


 ただ。

 その生活が長く続くわけではないということは、すぐ知らされたらしい。

「私が最初というわけではなくて、前例はたくさんあったから。

 召喚された者がどうなるのかは、教えてもらえた。それに、実際に見ることもできた。

 だいたい一年で、消えるのよ。

 比喩じゃなく、何も残さず。

 経過の症状は、睡眠時間の異常な増加。そして最後は、眠っている間に、消えるの。

 ……所詮、不完全な召喚の儀式で与えられた、借り物の命、ということなのでしょうね」

「その期限が、もうすぐ、というわけなのですね」

 アオイは頷いた。

 チェターラは、聞いた。

「その、怖くはないのですか?

 元の世界で一度死んで、そして、またここでも消えて……」

 アオイは首を振った。

「不思議と、私自身が消えることは、怖くはないの。

 私はもう、自分のことは考えない。

 そう決めたから。

 そろそろ消えそうだという自覚を感じながら、それを待ってるだけ。

 ……。

 ただ……」

「ただ、なんでしょうか?」

 アオイは、首を振った。

「いいえ、なんでもないわ」

 それから、窓の外の太陽を見た。

 太陽はかなり高く上って、正午が近いようだった。

「長話をしてしまったわね。

 引き留めて悪かったわ。

 そろそろ休ませてもらえるかしら」

「あ、お邪魔いたしました。

 お時間をいただいてありがとうございます」

 特に居座る理由もなかったので、チェターラとローリエは退出した。


 チェターラはローリエと一緒に一階に下り、動物たちの檻の前を通って、ペンギンに手を振ってみたりした後、館の外に出た。

「次は、魔術師の塔に行くのですか?」

「はい♪

 実は今日は、ちょうど召喚の儀式をする日です。

 この時間だと、そろそろ儀式を始める頃かと。

 見させてもらいましょう。あなたのお父様もいるはずです♪」

 そんな会話をしながら、魔術師の塔へと向かった。


 来訪者の館の二階。

 ぼんやりと窓の外を見て、魔術師の塔に向かうチェターラとローリエを眺めながら。

 ぽつり、ぽつりと、アオイは言った。

「……私はもう、自分のことは考えない。

 この体はまるで夢のよう。熱があっても、それも夢のよう。消えるだけの体だと、分かっている。

 でも」

 でも。

 でも。けれど。

「私は、元の世界に残してきたあの子のことを考える。

 息子のことを考える。

 元の世界で、私が死んだ後、あの子が不幸な死から逃れられなかったのなら。

 壊れた世界の中で、不幸な結末しか得られなかったのなら。

 もう一度、生きる時間を与えられないだろうか。

 あの子に、幸福な時間を与えられないだろうか。

 ……そればかりを、私は考える」


 一階にいる動物たち。

 アオイと同じ世界から召喚されたと思われる、動物たち。

 だがその中の、例えばジャイアントペンギンは、アオイがいた時代には既に絶滅していたはずだった。

 そこから考えれば、召喚される側の時間座標には、ずれがある。ある程度の集束性はあるようだが、それでも。

 ならば。

 少し未来に死ぬ人間を呼ぶことも、できるはずだ。


 ……。

 アオイは、ぼんやりと、目を閉じた。


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