オークと娘と納豆とくさや
1、
愛しい愛しい我が娘よ。
父は、お前の育て方を間違えたやもしれぬ。
と、アレック・ガルムは思った。
目の前では。
可愛い娘が、くさやを焼きながら、親の仇のように納豆を箸で物凄い形相でかき混ぜ続けていた。ガチャガチャガチャ! 箸がお椀に当たる音が延々と続く。
普通にしていれば、娘は人間という種族の中でも格別に美人、のはずなのだが。
表情のせいで、近寄りがたいものがあった。
あと、アレック・ガルムは気にならないが、普通の人間なら、くさやと納豆のにおいに近づいただけでたじろぐと思われる。
「落ち着きなさい、愛しい娘よ。
お前はまだ若い。まだ十二歳だ。何事も、これからだ」
「ハっ!」
鼻で笑われた。
「お父様は当事者ではございませんからね!
ええ、ええ。
初恋の子と二番目の恋の子と三番目の子に連続でフラれるわたくしの気持ちなんか、お分かりにはなられないでしょうよ!」
ガチャガチャガチャ!
いつまで納豆を混ぜ続けるのか。
納豆は混ぜすぎて粘り気すらなくなっていたが、それでもまだ、かき混ぜ続けていた。
「愛しい娘よ。そろそろ食事を済ませよ。
私はそろそろ城に向かわねばならぬ。
今日は、お前もついて来るのであろう?」
くさやが焦げ始めたのを見るに見かね、火からおろして娘の前の皿の上に移しながら、アレック・ガルムはそう言った。
娘は、ハッとして納豆をかき混ぜる手を止めた。
「もちろんです、お父様。
しばしお待ちくださいませ。
食事を済ませます」
彼女は礼儀正しく「いただきます」と口にしてから、上品な食事作法で朝食を口に運んだ。
納豆と、くさやと、後はこれもにおいが強めの黒パン。
娘が食べ終えるのを見届けた後、アレック・ガルムは立ち上がり、家の出口に移動した。
「お待ちくださいませ、お父様!
わたくし、すぐに身なりを整えてまいります」
アレック・ガルムが待つと、娘は自室に急いで入り、かなり時間が経ってから、出てきた。髪を整え、薄く化粧をし、華やかなドレスを身にまとった娘は、親の贔屓目を抜かしても、美しかった。
美しかった。見た目は。とても。
まだ納豆とくさやのにおいが残る部屋で、娘はアレック・ガルムの傍に寄り、父親の身だしなみのチェックを始めた。
「お父様、寝癖が残っております」
「む」
娘は背伸びをして父親の髪に手を伸ばした。並の人間よりも背の高いアレック・ガルムの頭には背伸びだけでは全く届かなかったので、彼は片手で娘を抱き上げた。
人間よりも薄いが硬い髪の毛を、娘はせっせと整えた。
それから、最後に。
軽く鼻を近づけて、においをかいでから、言った。
「お父様、香水を忘れております」
「……何度も言うが、そのにおいはあまり好きではない」
「駄目です、お父様。我慢なさってください。お父様のにおいは、普通の人間よりもずっと強いのですから」
娘は常に持ち歩いているポーチから香水の瓶を取り出して、自分と父親に数滴垂らした。
アレック・ガルムは、やや顔をしかめた。
くさやと納豆のにおいがまだ残っている部屋を上書きするように、きつい花のにおいが満ちた。
「では行きましょう、お父様」
「うむ」