十六日目6
「ふはー、疲れました」
小影の家に戻ってきたフロシュエルは縁側に座り込み、そのまま家内へと倒れ込む。
ぐた~っと伸びるフロシュエルの横に、小影が御盆を持って現れた。
御盆をフロシュエルの横に置いて、直ぐ横に彼女自身が座る。
「お疲れフローシュ」
小影は御盆に乗っていた急須から御茶を注いだ湯呑を手に取り、ゆっくりと口づけると、ずずっと一口。
「ふはぁ~」
この世の幸福を全て集めたような至福の笑みを零した。
「小影さん」
だらぁっと両手を万歳状態のフロシュエルが口を開く。
「なぁに?」
「私、天使に成れるんでしょうか?」
「天使になるだけなら、今でも充分可能だと思うわよ。今のフローシュ、多分力天使くらいの実力はあるはずだから」
なんでもないように告げる小影に、思わず耳を疑った。
自分はまだ、天使見習いでしかないはずだった。それが、力天使?
天使試験など普通に突破出来て当たり前の実力者だ。
天使、大天使などをすっ飛ばしての力天使だ。
今の自分の実力がそこまで高いと言われても納得など出来ない。
むしろ今でも試験に落ちるんじゃないかと不安しかないのだ。
「も、持ち上げなくてもいいんですよ小影さん。私、自分が役立たずなのわかってます。前の自分なら、根拠のない自信で絶対大丈夫、これならいける、きっと行けるって、思っちゃってました。でも、自分のへっぽこ具合、小影さん達の御蔭で理解できたんです」
「そうねー。フローシュへっぽこだったもんね。でも、この15日程で急成長してるよ。これからもフローシュは強くなる。根拠のない自信は持つべきじゃないけど、裏打ちされた自信はもっときなさい。自分の実力を正確に理解するのも実力のうちよ。敵を知り、己を知らば百戦危うからず、ってね」
ふはぁーっと御茶を嗜み至福の一時を謳歌する小影。
その視線の先に、ブエルが転がってきた。
どうやらコンビニから帰ってきてそのまま家に上がらず庭へとやって来たらしい。
「おお、二人とももう帰っていたか」
「あんた普通に遠慮なく帰って来たわね。魔王の自覚ってあるの?」
「愚問だな。自覚などせずとも周囲が我を魔王と認識するだけだ。我は自覚などする必要もない。ただ有るだけで恐れられる。それが魔王だからな」
「ほれフローシュ。これが魔王という実力を持った存在の自覚無き自信って奴よ。なんかムカツクっしょ。ムカツクけど実際に実力があるから扱き下ろせない」
「ブエルさんは自信家なのですねー」
既に眠気に支配されたフローシュは適当に返す。
もはや考える気力すらなかったようで、そのまま瞼が降りて来ていた。
「ありゃ、フローシュ寝ちゃったか」
「むぅ、天使見習いよ、我との魔力修練はどうなる!?」
「まぁ、一日位ゆっくり寝かしてやればいいわよ。今日はがんばったみたいだし」
「ほぅ、天使見習いがどう頑張ったのか聞かせて貰いたいな」
興味深そうに聞いて来たブエルにふふっと笑みを零す小影。
湯呑を置くと、庭へと出てきた。
「それもいいけどブエル。折角だからちょっち私の戦力強化に付き合ってくれる?」
「お前のか?」
「ルミナスナイトとしての闘いは慣れて来てんだけどさ、魔王相手に通用するかは未定なんだよね。つーわけで攻撃喰らって感想よろ」
「待て小影よ。それはつまり、我だけが貧乏くじを引いてないか?」
「はっはっは。何をおっしゃるブエルさん。そんなわけないじゃあ~りませんか」
笑み浮かべながら告げる小影が変身を始める。
現れたルミナスナイト、ルミナススプリングを相手に、仕方無いなとブエルもまた戦闘体勢に入る。
「結界は庭の中のみ、こちらも反撃させてもらう」
「おっけーおっけー。お互い死なない程度でやりましょか。集中集中、金、金、金、金……」
どす黒い赤とでも言えばいいのだろうか? 小影の拳回りに灯る怪しい光にブエルはたらりと冷や汗を流す。
「ま、待とうかルミナススプリング。その拳の赤黒い光、どう見ても神聖技ではなかろう」
「あはは。集中の際、愛とか神聖とか考える代わりに金って考えるとこうなるのよ。魔物倒せるから結果オーライ?」
「それは神聖技ではなく即死魔法だっ!? やめろ、そんなもの我に向けるなっ!!」
「魔王が即死する訳ないっしょ。さー我が一撃喰らってくれぃ」
「く、来るなァ――――っ!!」
ゆっくりとにじり寄る小影に転がり逃げ出すブエル。
二人による逃走劇が始まった。
そんな姦しい二人の側では、縁側で眠るフロシュエル。
両手を万歳したままの彼女は、頬が痒かったのから右腕を動かし頬を掻く。
すやすやと眠るフロシュエルは、仕事を終えて戻ってきたハニエルがあららと困り顔をする程に、アホ面晒して寝入っていた。




