十六日目3
「さって次は……」
小影の借金回収。それはフロシュエルの想像を超えていた。
悪魔だ。これは人間じゃない。この人は悪魔だった。
そう思えるほどに、小影は容赦なかった。
金が払えないという工場長には娘さんへのアルバイト先を紹介したり、臓器売買業者への連絡先を渡したり、次に来た時が最後通牒ですよ。と黒い笑みを浮かべる小影は隣で聞いていたフロシュエルですら顔を青くする真実味があった。この人は絶対やる人だ。
「ありゃー。これはダメだなぁ」
「え? 小影さんでも回収できない人ですか?」
「え? いやいや。フローシュに答え教えちゃうようなもんだなぁと」
「え?」
答え? と疑問に思ったフロシュエルに、頭を掻く小影は人物リストをひらひらしながら答える。
「次の人は家から出て来ない奴なのよね。つまり、小出さんと似たタイプなわけ。もちろん全部が全部一緒って訳じゃないけどね」
「そ、それは凄く見たいです。でも、さすがに出題者から答えを貰うのはダメですよね?」
「んー、じゃあちょっとそこで待っててくれる?」
「あ、はい」
「ヒントだけあげるね。これを使います」
と、小影が取り出したのは、携帯電話だった。
もはや答えを言っているようなモノである。
フロシュエルも流石にこれで気付かないはずもなかった。
対象の家に向かう小影の姿が見えなくなるのを見届け、フロシュエルは考える。
スマホは相手に電話を掛けるものである。
確かに、家から出ないだけであれば、電話は掛けられるかもしれない。
居留守まで使われたらどうしようもないが、電話を使えばあるいは……
相手に連絡する。その術すらも考え付いていなかったことに、今更ながら気付くフロシュエル。
目からウロコが落ちた気分だった。
電話を使う。そのことにすら考えがいっていなかったとは……
「はぁ、私、まだまだですね……」
待ちぼうけの電信柱にお尻をくっつけ溜息を吐く。
沢山の人からヒントは既に貰っている。多分、やる人がやれば、フロシュエル程の苦労無く全員から既に借金を返済して貰えているんだろう。
けん太だって、賢い選択肢があるはずだ。
たとえば散歩時間を狙って靴だけ持ちさるとか。当然ながらフロシュエルは選択する気は無い。
無いのだが、ちょっと考えるだけで無数の攻略法がでてくるのだ。
腕力を上げるだけでなく、むしろその必要すらない。小影は知略でも腕力でも攻略できる比較的簡単な家をフロシュエルに紹介してくれている。それが今回の事で理解できた。
最初の頃のフロシュエルであれば、組事務所に行く勇気もなければ狂信者たちの群れに一人飛び込む勇気もない。最悪自分までがマインドコントロールされるだけかもしれない。
こうして見ても、自分が回る回収相手は良心的なのだ。
恵まれてる事を理解しよう。もっと選択肢を広げよう。
「おっまたせー」
戻って来た小影は回収したお金を見せて来る。
無事に回収できたようだ。
次は隣の家だそうで、付いて行くことにした。
何の変哲もない家。そこが、喪に服していた。
まさかの葬式中である。
フロシュエルは思わず小影を見る。
「あの、まさか乗り込む気だったり?」
「ええ。ちゃんと台紙に書いてからだけどね。ほら、参列するわよ」
フロシュエル葬式初参加である。
天使なのに人間の葬式に参列するのはいいのだろうか?
どうでもいい事を思いながらふと小影に聞いてみる。
「あの、貸した相手が死んでしまっている場合はどうなりますか?」
「ん? そんなもん遺産受け取った奴から返して貰うに決まってるじゃない」
「それを受け取らなかったら?」
「いろいろ方法はあるけど、最悪はネクロフィリア辺りに遺体売ってその金を回収するくらいかなぁ」
「ちょぉ……っ」
「あはは。冗談。流石に私だってそこまではやったことないって」
カラカラ笑う小影は、もしも最悪の事が起こったら、それをやらない、という否定をすることはなかった。
フロシュエルはとんでもない人に天使試験の試験をされることになったんだと今更ながら再認識した。もしも天使試験に落ちた場合、例え消滅するとしても小影に金を借りていれば無理矢理毟り取られるかもしれない。
どんなことになるか想像すら付かないが、なぜか全身を悪寒が駆け廻った気がした。
ちなみに、葬式場に入ろうとした途端、親族らしい人に泣きながら参加しないでと訴えられた小影は、その親族から金を回収してホクホク顔で葬式場を後にしたのだが、小影の顔を見ただけで入場拒否されるくらいに小影がこの界隈で有名なのだということを、フロシュエルは再確認させられた。
魔王よりも小影を倒した方が世のため人のためになるんじゃないかな。なんて思ったのは小影には絶対に秘密である。




