十五日目1
「さぁて、今日こそどこか一つでもクリアしちゃいますからね!」
本日は修行をお休みして試験クリアを目指す事にした。
ただいま小出さん宅の家前である。
小出さんは引きこもり。家に入るとこの国の法律に抵触するためうかつに入ることは出来ない。
周囲を見回ってみるが家から彼を出す方法は見当たらない。
運良く家から外出している時間に出会えればいいのだろうが、流石に難しそうだ。
それこそ何日もここで張り込みをしなければならないだろう。
ではどうするか、何も考えに浮かんではいない。
やはり大声で呼びかけるべきだろうか?
それで出て来てくれればいいのだが、ヒキコモリな彼を出すのは難しいだろう。
しばらく家の前で首を捻って考えていたものの、やはり有効的な手段は見つからなかった。
ここは後回しにした方が良さそうだ。
何かしらの方法を考えておかねばならないだろう。
小出さんはひとまず放置して二件目、アパート紅葉の左下へとやってくる。ここのバロックさんは逃走するので追い付かないとお金を返して貰うことは出来ないだろう。
だが、今は身体強化を持っている。つまり、ただ追い付かない訳ではないのだ。
おそらく、一番最初にお金が返って来るのはここだろう。
「さぁ、行きますよ!」
気合いを入れてピンポンを押す。
扉を開けたバロックさんがフロシュエルを見た瞬間玄関を閉める。
ここからが勝負だ。
周囲を確認してアパートの屋根へと飛び移る。
裏の勝手口から飛び出したバロックさんが逃げ出す。
相変わらず走るのが速い人だ。
身体強化を行ったフロシュエルは屋根伝いに飛んでバロックさんを追いかける。
大通りに入る直前、地面に降りて羽を仕舞うと、バロックさん向けて走り出す。
服がバタバタと風に揺れる。それでもバロックさんとの距離は徐々に近づいて行く。
走る音に気付いたのだろう。バロックさんは後ろを振り返りフロシュエルを確認。必死の形相でさらに速度を上げた。
「速い。しかも、もう一キロは逃走してるのに速度がさらに上がってる」
そりゃあ追い付けないはずだ。フロシュエルは今までの自分を思い出し苦笑する。
バロックさんの実力はおそらく大会に出てトップクラスの走りを見せられるほどなのだろう。
身体強化したフロシュエルだからこそなんとか追い付いて行けているのだ。
徐々に迫るフロシュエルにさらに必死に逃げるバロックさん。だが、既に捉えた。
フロシュエルの方が今は足が速い。魔力はまだまだ余っている。
見失う心配はない。人通りが多いので人並みを掻きわけながら走らなければならないが、それも龍華の剣撃に比べればどう動くかの予測など楽な物でしかない。
もうすぐ届く。
嬉しさがこみ上げる。
思わず笑みを零しそうになる。
だが、だからこそ今までの経験から気を引き締める。
勝利目前、楽勝。そう思った時、自分がどれ程失敗して来たか。
龍華の攻撃がサクッと額に刺さったり、完全に投げ飛ばされて気を失ったり。
そう、勝利目前にこそ、イレギュラーに気を付けなければならないのである。
だから……目の前に居たバロックさんが急に車道に飛び出し車道を駆け抜けたからと自分も追ってはならないのだ。
ぎりぎり車がバロックさんの背後を通過する。
追っていたら確実にぶつかっていただろう。危ない道を逃走するモノだ。
車道を渡るのは危険だと遠回りして歩道を走る。
既にバロックさんの姿は見えない。
しかし、地図を書いたおかげで今居る場所は理解している。
逃走経路を頭に描く。ただ追い掛けると追い付かないが、別のルートなら……
通路を変更して全力で走る。
何度か角を折れ曲がった先でアパート紅葉の入り口に戻る。
入口にあった塀の裏に隠れて待つことしばし、独特の臭いと共にバロックさんが歩いて戻って来た。
「確保です」
「っ!?」
はち合わせるように目の前に飛び出す。
驚いた顔のバロックさんににこやかに言った。
「小影さんの代わりに借金を返して戴きに来ました。五万円、お返しください」
逃げようとしたバロックさん。しかし、観念したように溜息を吐いてズボンに手を突っ込むと財布を取り出しくしゃくしゃの五万円を取り出す。
「合格だ嬢ちゃん。よく、車道に飛び出して来なかったな。思わず走っちまったが追ってきてたらアウトだったぜ」
すがすがしく笑うとフロシュエルにお金を渡し、自宅へと戻っていった。
感動しそうになっていたフロシュエルだったが、車道に飛び出していたらと思うと素直に喜べなかった。
少しでも判断ミスをしていれば大怪我を負った上に減点対象になっていたのだ。修行を受けていない場合はおそらく数週間は怪我で動けないうえに減点されるという最悪の結果になっていただろう。危なかった。
「でも、ようやく、一つ目……」
手に残る五万円の感覚に、ようやく実感が込み上げる。
ついに、課題を一つ、フロシュエル自身の手でクリアしたのだ。
後からじわりとくる嬉しさで自然と涙が零れたのだった。




