十三日目11
「あ、あれぇ……?」
「おお、イニアエスが赤子の手を捻るようだ」
フロシュエルが唖然とし、ロストが腹を抱えて笑いだす。
「現役堕天使が天使見習いに負けるとか。ワロスワロス」
「ぐぅ、くっ。い、今のは油断しただけです魔統王様。我が力はこの程度では……」
慌てて立ち上がるイニアエス。しかしダメージは深いようでよろめく。
フロシュエルは困った顔でロストに振り向くが、ロストは頑張れ。と言った顔で見守るのみだ。
ブエルも同じようで、好きにすればいい。と言った顔をする。
イニアエスはまだやる気らしい。
腰元を押さえながら翼をはためかす。
どうやら落下時に腰を痛めたようだ。
「ここから先は、本気だ天使見習いッダーヂエグザル!」
一直線に飛んできた魔法を飛び退いて避ける。
弾幕戦を避けていただけにこの程度は楽である。
しかし、イニアエスはイラつきながら再び単独で魔法を飛ばして来る。
ここでようやくフロシュエルはおかしい事に気付いた。
そもそも、今のフロシュエルにとって、仮想敵はテナーである。彼女の天使としての実力はあまりにも突出した力天使であったことなどフロシュエルは知らなかった。
だから、下級堕天使や中級堕天使がどれ程の強さか理解しきれていなかったのである。
「ホーリーアローホーミングスプレッド!」
曲射で放たれた光の矢がイニアエスへと向かう。
ギリギリで避けたイニアエスの背中に、再び無数の光の細矢が襲いかかる。
避ける暇すらなかったようでイニアエスの悲鳴が轟く。
「あらら、なんだか勝負にすらなってないね」
「変ですね。堕天使ってこんなものですか? テナーさんの話ではもっと強そうなイメージだったのですが?」
「ふーむ。ブエルくん、これ、どの程度当てたら良いと思う?」
「サマエルあたりなら負けるでしょうな。しかしそれ以下となると、はて、どの堕天使が適任か……あえてガープ殿やニスロク殿に頼むのもありかと」
「ウコバクだとちょっと難しいかな? ガギソンはどうかな?」
「頭脳戦なら圧勝でしょうが実力は……ダウシクスはどうです?」
「あ、ブエルは知らない? あいつテナーさんに殺されたよ。となると……うーん。あ、あいつがいるよ。召喚してやろう」
倒れたイニアエスを放置してロストが再召喚。出現したのは悪どい顔の堕天使だった。
「魔統王からの召喚と思い来てみれば。ほほぅ、天使見習いの戦闘訓練?」
男性型堕天使はフロシュエルを見て、次にイニアエスを見る。
「成る程、イニアエスを倒すくらいには強いと思った方がいいか。よかろう。我が名は堕天使ワル。36の軍団を従えし元能天使である」
フロシュエルはそのワルの言葉を、理解できなかったようで、ブエルに視線を向けて首を傾げる。
仕方無くブエルが日本語に訳して事なきを得たが、ワルの言葉はエジプト語だったため、フロシュエルには理解できなかったようだ。
「彼はワル。普段は背の高いヒトコブラクダの姿をしてるよ。現在・過去・未来を知る堕天使だ。生半可な攻撃は避けられるから気を付けると良い」
ワルは両手を開き空へと羽ばたく。
両手に紫色の光が集まり、三十程の線となってフロシュエルへと飛んできた。
先程のイニアエス等とは比べ物にならない魔法の嵐。
これはマズいとフロシュエルは即座に飛翔して脱出。リフレクトシールドで追って来た光の束を跳ね返す。
しかし、それら全てが跳ね返った途端に再びフロシュエルへと向かいだす。
「これは、誘導弾ですか!?」
自分が考えて使いだした魔法だけに、既に存在したことに驚きつつも堕天使の発想力に感心する。やはり魔法は使用者の数だけ多種多様なのだ。
初見の魔法は用心するに越したことは無い。
「ほぅ、なかなか素早い。判断力も申し分ないし、誘導弾を跳ね返す発想力、避け続ける機動力。これはかなりレベルの高い新人だ」
くっくと笑みを浮かべてワルは暗黒色の剣を作りだす。
魔法剣。これもフロシュエルが考えたはずのもの。既に彼は考案済み。
少し落胆しつつも、自分の実力を上げるいい機会と捉えて必死に攻撃を避ける。
背後からは無数の紫矢、前からはワルの暗黒剣。
「さぁ、どうする天使見習い!」
「奥の手、見せちゃいますッ」
右の手で紫矢にブラックホールを発動。左手でワルにホワイトホールを発動。
紫色の矢がブラックホールに吸い込まれ、変異したホワイトホールからワルに緑黄色の光の束が襲いかかる。
「なんだっ!?」
咄嗟に魔法障壁を張ったワルだが、魔法障壁を喰い破るようにして無数の光がワルを穿つ。
「ぐおぉっ!? これは、何が……」
「えええっ!? 魔法障壁破っちゃった!?」
「お前の技だろうがっ。クソっ。なんという技なのだ。この私が、こうも簡単に!?」
「ふむ。いいねいいね。堕天使にして我が駒に欲しくなるよフローシュ君」
「ロスト様、お戯れが過ぎませんか」
ロストがなにやら恐ろしい事を言っていたが、フロシュエルは聞かなかったことにした。




