試験の試験3
本日も三話掲載予定。
小影について案内された場所を回って、小影の家に帰ってきたフロシュエルは、初めて歩いた疲れに、思わずフハァと息を吐きだした。
ダイニングキッチンに通され椅子に腰かけると、はふぅとテーブルに寝そべる。さっそくだらしない天使だった。
小影の家はとても質素な家だった。
一応3LDKは揃っている小さな家である。
キッチンとダイニングルームの区切りは一応あるようだが、今は取り外されており、キッチンで湯を沸かして急須に入れる小影の後ろ姿がフロシュエルにも丸見えだった。
お尻を振りながら鼻歌交じりに緑茶を客用湯呑に注いでいる。
食卓の上には湯呑みと食べ残された食事が二人分。さらに皿と皿の間に紙切れが一枚。
小影はフロシュエルをハニエルの座っていた椅子に座らせ直すと対面の椅子である、先程までフロシュエルが座っていた椅子に座って紙を取り上げた。
「あらま、ハニエルの奴逃げたわね……」
「ほえ?」
小影の呟きに何のことかと聞き返すが、小影はにんまりと黒い笑みを浮かべただけで、別の話題をふってきた。一瞬の黒い笑みに怖気の走ったフロシュエルだが、次の瞬間にはただの笑顔の小影が居たので、今のは気のせいかな? と忘れることにした。
「さってと、明日からなんだけど、研修内容は簡単に言うと借金取りです」
「しゃっきん……はい?」
意味が分からなかった。聞いたことのない言葉に意味を考えていると、
「やることは簡単だよ。合計五人から私の貸したお金を返してもらうだけ。方法は問わないからあなたの滞在する二ヶ月だっけ? 全額現金で返してもらってね」
満面の笑みで食卓に残っていた湯呑を手に取りお茶を飲む。
湯呑を戻した時には仏様でも見せないくらいの幸福に満ちた顔だった。
冷めちゃってるけど美味しいと、幸せ少女は言葉を漏らす。
「今日見て回った道の通りに行けばいいわ。清水さんの家は無断侵入オッケイの許可とってあるし、あ、一応、地図を今の内に渡しとくね。寝るまでに復習しとくといいよ」
はぁ、と呟いてフロシュエルは小さな紙切れを受け取る。
「一件目は小出さん。二万貸してるわ」
つまり、その貸している二万円を返して貰ってくればいいらしい。
これってもしかして、簡単すぎる試験の試験なのでは?
フロシュエルは思わず首を捻る。
「で、二件目はバロックさん、アパート紅葉の左下の住居ね。この人からは五万返してもらって」
あ、そっか。私が迷路で失敗したから道を覚える練習をするんですね!
フロシュエルは閃いた! なんだか賢くなった気がした。
「三件目は井手口さん。夫の方だから、間違っても妻の方に借金の話はしないように。ここは二万円ね」
……ん? 今、ちょっと変なこと言われた気がしました。えっと、妻っていうと奥さんですよね? その人にお金返して貰うように言えばいいんですね! んれ? 妻に話しかけちゃだめなんでしたっけ? どっちだっけ?
フロシュエルは混乱した! なんだかよくわからなくなった。
「四件目は田辺さん……彼は公園で見かけるからそこに行けばいいわ。借金は五百円ね」
公園の場所どこでしたっけ? えっと確認を……って、はれ? 返して貰う金額は五百円ですか? この方だけ少ないですね。
あ、そっか。記憶力も試す試験なんですね! よし、書いて覚えておきましょう。人間の文字はこっちに来る前に習いましたしね。さっそくお披露目です!
といった具合にフロシュエルは地図に誰から何円返してもらうかを書き込んでいく。
「最後に、清水さん宅を越えた丘に立ってる洋館の野中さん。ここには必ず清水さんの家を通っていくこと。彼からは二十万返してもらうこと」
最後の野中さんだけ異常に高い金額だった。ゼロが一つ多くないですか? 等とフロシュエルが思うはずも無く。言われるままに『野中さんに二十万円返して貰う』と洋館が書かれた地図に書き込んでおく。
「方法は問わないけど、天使憲法だっけ? アレに抵触する行為は減点するから。この研修の点数いかんによっちゃ、私から天使長に掛け合って試験前に棄権にするよ。その場合は二次試験失格って方向で」
その言葉にフロシュエルは顔を青くする。
二次試験失格ということは、もう二度と試験が受けられなくなる。つまりそこで消滅ということだ。
それはさすがに酷過ぎる。
「ま、盗んだり、指定区域外の家への無断侵入とかしなきゃオッケイってなもんですよ。殺人とかしたらさすがに堕天するよ、そん時は天使試験棄権、ってか有無を言わさず失格ってことで」
一件返済してもらうごとに二十点の点数を与える。と小影は最後に付け加えた。
五つの家全てから返してもらってようやく百点。
簡単といえば簡単。難しいとは思えない試験だった。
予定合格点は八十点。
順当にいけば四人に返してもらえればそれでいいということだった。
天使としての技量を上げる特訓と聞いていただけに、肩すかしをくらったような気分になったフロシュエルは、はぁ……と頷くことしかできなかった。
ただお金を返してもらいに行くだけ。何のことは無い、一日あれば十分回れる。
そう、思っていた。
フロシュエルは、取り立ての大変さを未だ知らなかった。